【本編完結】政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
132 / 266
第十章

5

しおりを挟む
自分の腕を掴んでいる人物の顔を見て、ここがどこかぼんやりと思い出す。

「大丈夫か?」

「……えっと……本当に……ルイスレーン様……?」

まださっきまで見ていた夢の中にいるようで、どっちが現実かわからなくなっている。

「そうだ……」

ルイスレーン様が枕元の灯りを点けると、弱々しい光に彼の姿が浮かび上がった。
良く見れば彼も自分もまだ裸だ。何があったのか思い出して彼を見るのが恥ずかしくて視線を反らす。
ふと彼の左肩にくっきりと歯形が付いているのを見つけた。

「ルイスレーン様…これ、私ですよね……」
「あ、ああ……気にするな」

歯形に触れる私の手を掴み、掌に口づけを落とす。

「噛めと言ったのは私だ。破瓜の痛みは男には分からないからな。あなたと同じ痛みを感じたくて……あなたの顎の力で噛まれても、痛くも痒くもないくらいだが」

確かに血が出た痕はあるが、もう血は止まっている。良く見れば固い筋肉に覆われた彼の体には他にも細かい傷があって、私の噛み痕なんてまだ小さいくらいだ。

「……あの、今は何時頃ですか?」

まだ彼のものを受け入れた感触が足の間にあって、違和感にもぞもぞと足を擦り合わせながら窓を振り返ると、まだ外は真っ暗だった。

「夜中の三時くらいかな?」
「私……眠ってしまって……」
「大丈夫だ。私も少し仮眠を取ったところだ。夢でも見ていたのか?」

急に恥ずかしくなって彼の顔を直視できない私の頬に手を当てて、心配そうに顔を覗き込まれる。低い声で囁く彼の声が耳に心地いい。抱き合った後でこんな風に寄り添って余韻に浸ることなど以前ではなかった。

「ルイスレーン様………もしかして体を……」
「寝ている間に軽く拭いただけだ」
「す、すいません……そんなことまでさせてしまって……」
「何を謝る。……これは男の勤めだ。あちらでは違ったのか?」
「さ、さあ……少なくとも、後はいつも私が……」

そう言うと、ルイスレーン様が不愉快だと言わんばかりに顔をしかめる。

「男女の交わりについて、特に女性が初めての時は、かなり痛みを伴うものだとわかっている。一方的に男だけが悦楽のために強いるのは間違いだ。それが男らしさだと勘違いする者がいるのは残念だが」

私が知識不足なのか、常識が違うのか、夫に事後に世話をしてもらうのは当たり前のようだ。
申し訳なさそうにする私を不思議そうな顔をして見る。ここではこれが当たり前なのだと気づいた。

「それより何かうなされていたようだが、夢でも見ていたのか?」

気遣わしげに肩を撫でて訊ねられ、ぼんやりとした頭でさっき見ていた夢を思い出した。

「あの……もしかして…ルイスレーン様とクリスティアーヌは結婚式の前に会っていたりしましたか?」
「何か……思い出したのか?」

ルイスレーン様が驚いて訊ねる。

「今すぐ話辛いなら無理に話さなくていい。落ち着いて…水でも飲むか?」

「いいえ……はい……いいえ……」

考えが纏まらず、水を飲みたいのかどうかもわからない。

「やっぱり……いりません」

最終的に水はいらないと言うと、ルイスレーン様が眉を持ち上げて、本当に?と訊いてくる。

「私の夢でも見たのか?」

「……夢か現実にあったことなのかわからないけど……王宮の夜会で…多分……デビューの夜会で、ルイスレーン様と会っていたような気がするんです」

私が言うとルイスレーン様がはっと息を飲んだのがわかった。

「デビューの夜会……思い出した?」

私が思い出したのがデビューの日のことだと聞いて、ルイスレーン様の顔が何故か曇った。何かよくないことでもあったのだろうか。

「会っていたんですか?」
「確かに、会った……と言うよりは、見かけたという程度だ。そうか……あの日のことを……」
「私、何か失態をしでかしたんですか?」

ルイスレーン様は思い出さない方が良かったような口ぶりだ。想像がまったくつかないが、とんでもないことをしたのだろうか。

「あなたが心配しているようなことは何もない」

私の不安をその言葉が打ち消した。なら、何故彼の目が気の毒なものを見るように私を見ているのだろう。

「あなたに取って、いいデビューだったとは言えない。ならいっそ思い出さない方がよかったかもと思うかもしれない」
「それは衣裳のことですか?」

誰もがあこがれるデビューの夜会。そこにサイズの異なるドレスを着て来れば、嫌でも注目を集めてしまう。

私が訊ねると、ルイスレーン様の肩から力が抜けたのがわかった。

「……くすんだ緑のブカブカのドレス………でしたよね」
「……思い出したのか」

着ていた衣裳のことを伝えると、ルイスレーン様が諦めにも似たため息を吐いた。

私が思い出したことを話し終わると、黙って聞いていたルイスレーン様が小さくため息を吐いた。

「確かに今聞いた話の一部は、私の記憶と一致している」

夢でも妄想でもなく、それが本当にあったことだとルイスレーン様が認めた。

「あなたには辛い経験だったな」
「辛い?」
「デビューの夜会が、女性に取ってどれ程大事なものか私でも知っている。ほぼ毎年警備に当たっているからな。期待に胸を膨らませて着飾る彼女たちを見てきた。そんな中で、クリスティアーヌのデビューは、成功しているとは思えない」
「私があの日のことを思い出して、落ち込むと思いましたか?」
「違うのか?」

ルイスレーン様が暗い表情を見せたのは、私のことを心配してくれたからなのだと知って驚いた。
しおりを挟む
感想 139

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...