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第八章

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日が傾きかけ、陛下との茶会はお開きになった。

帰り際、ルイスレーン様だけが陛下に引き留められて何やら短いやり取りをされていた。

話が聞こえない辺りで王宮庭園の花を眺めながら、さっき聞いた話に夕べ子爵から聞いた話との食い違いについて考えていた。

彼が子爵を継いだ時には、兄の投資の失敗で子爵家の内情は火の車状態であったという話だったが、借金をしたり問題を起こしていたのは彼の方だということだった。彼の後始末を兄がしていたというなら、問題は彼にあって亡くなった兄には何も問題はなかったということになる。でももしかしたら彼の問題とは別に、亡くなった人を悪く思いたくはないが、兄も同じような人物だったのだろうか。

「手紙を読む間、側にいた方がいいか?」

帰りの馬車で膝の上に陛下から頂いた木箱を抱えていた私に彼が訊いてきた。

「それとも一人で……」
「いえ、もし構わないなら側に居てください」
「そうか。遠慮などしないで、何でも望みを言って欲しい」

手紙を読む覚悟は出来ていたが、やはり不安はあったので彼の提案は嬉しかった。

「では夕食の後で……場所は書斎でいいか?それともサロンで?」
「サロンでお願いします」

堅苦しい書斎より和やかな雰囲気のサロンを選んだ。

帰宅して先に湯浴みを済ませ夕食用にドレスを着替える。ふっくらとした袖の白地に小さな花柄のついたワンピースを選んだ。
髪は半分を頭の中心で団子に束ね、残りは下ろしたままにする。

夕食が終わり一度部屋に戻って木箱を取ってサロンに行くと、既に待っていてくれたルイスレーン様の隣に腰かけた。

「私はここにいるから」

ルイスレーン様は隣に座り、黙って見守ってくれる。

私は木箱を開けて中の手紙を取り出した。

『偉大なる王国の支配者であり国民の父、ダリウス・ハイル・エリンバウア陛下

私はカロリーヌ・カディルフと申します。』

カディルフ?モンドリオールでなくカディルフを名乗るのは何故だろう。カディルフ伯爵家が王室の血筋だから、その方が陛下に通じると思ったからなのだろうか。

疑問に思いながら読み進める。

手紙は夫を亡くしてからの二人の暮らしぶりについて触れていた。

貴族の寡婦と遺児として慎ましく暮らしていると書いていて、特に窮状を訴えているようには書いていない。それよりもただ娘…クリスティアーヌの将来について母として何もしてやれないことへの不甲斐ない気持ちが記されていた。娘がどんな苦労をしていて、どれ程素晴らしいか、そんなことが書かれていた。


最後の手紙には自らの死期を悟り、自分がいなくなった後の娘の今後を心配していた。公私ともに多忙な陛下にすがることではないが、是非どなたか陛下が信頼を置ける方に私を託したい。その際には出来ればモンドリオール子爵に対し、娘が会わずにいられるよう防波堤となれる方を、とあった。

「読み終わったのか?」
「はい」
「それで、どうだった?」
「生活に困っていても、自分の境遇を悲観されることはせずクリスティアーヌの……娘の将来を母として思いやって心配されていたのだなと……彼女の夫……父はどのように亡くなったかご存じですか?」
「事故だったと聞いている。領地視察へ行く時に崖崩れがあって落石に巻き込まれたと」
「本当に、突然だったのですね」
「本当なら何日も発見されない人気のない道でのことだったそうだが、到着が遅いことを心配した弟が出迎えに出て、潰れた馬車を発見したと聞いている」
「叔父が……」

最後の別れとも知らず見送った夫の突然の訃報。息子ならまだ後見人を立てて家の存続もあっただろうが、娘では後も継げず幼い娘を抱えて夫を失った哀しみを乗り越えなければならなかった。その心痛はいかほどだっだろう。

「母は……病気だったのですか?」
「詳しい病名は分からないが、病が発覚してあっという間だったそうだ」

死ぬ間際に書かれた手紙と初めの頃の手紙の筆圧や震え具合が違うのはだからなのか。

「何か気がついたことは?」

何か思い出したのかとは訊かなかったのは、私にプレッシャーを与えないためなのだろう。

「カディルフを……名乗っていたのはなぜなのでしょう」

思い出したものはなかった。だが、思っていたほど辛くも感じなかった。

「王族の血筋なのはカディルフ伯爵家の方なので、陛下に伝わるようにわざとそう書いたのでしょうか」
「いや、そうではないと思う」

私の疑問をルイスレーン様が否定した。

「でも、離縁したわけでなく夫との死別なら、モンドリオールでは?」

「私とあなたが結婚した時、あなたの名前はモンドリオールではなくカディルフだった。母上は寡婦となった後、密かにカディルフの籍に戻っていた」
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