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第八章

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叔父であるモンドリオール子爵と会うことを禁じたのは陛下。そしてそれが母の願いだった。

けれどそれだけで陛下が動くだろうか。ルイスレーン様も評判がどうとか仰っていた。

込み上げてきた感情が落ち着くまで二人は待ってくれた。二人は当たり障りのない各地の情勢や今年の作物の出来などの話をして時間を潰してくれた。その間、ルイスレーン様はずっと私の手を握ってくれていた。

「申し訳ございませんでした。何故か急に胸が苦しくなって……」

自分に起こった現象について上手く説明出来ず、気を遣わせてしまったことを謝った。

「気にするな。記憶がなくても無意識に思いが込み上げるものなのだな。人というのは不思議だ」
「本当に……もう大丈夫か?」
「はい。手紙は……戻ってから読ませて頂いてもよろしいでしょうか」
「好きなようにしなさい。先ほども言ったが、辛いことも書かれている」
「わかっております……それでも、辛い過去を抱えて生きている人もおります。私だけがそこから逃げるわけにはいきません」

普通なら忘れているだろう「愛理」という人間の記憶を抱えながら、「クリスティアーヌ」の過去と向き合うことに不安はあったが、亡くなった「クリスティアーヌ」の母の残した思いを知らないまま生きていくのは、何だか彼女に申し訳ない気もした。

顔を上げて陛下の顔を真っ直ぐ見てそう言うと、陛下もルイスレーン様も驚いた顔をした。

「か弱いだけの娘だと思っていたが……なかなか芯の強いところがあるのだな。もう少しそなたが幼ければ、余が後見人になってもいいと思っていたのだが、血縁とは言え、あまりそなたに肩入れ過ぎると、無用な争いに巻き込まねかねないとも考えた。余に近い存在になると、そなたを手駒にと考える輩も現れるかもと危惧しておった。既にそなたには夫がいる。一人で抱え込まず、彼を頼ることだ。そなたと卿ならいい夫婦になろう」

ちらりとルイスレーン様を見ると、握ったままの手をぎゅっと握って彼が頷いた。

「でもそれだけではないのですよね。いくら彼女の思いがあったとしても、いくら何代か前に王室の姫が駆け落ち婚された家の子孫だとしても、殆ど会ったことも言葉を交わしたこともない者の遺言だけで、陛下が決断されるのは何か違う気がします。ルイスレーン様が陛下の提案に賛同されたのは、他に理由があるからではないのですか?」

再び二人が驚いて互いに視線を交わす。その様子に自分が言ったことが正しいのだと確信する。

「私が話します」

ルイスレーン様が陛下に許しを頂いて口火を切る。

「彼は兄が子爵の頃からその素行に問題があった。領地の管理を任されていたのだが、良くない連中と付き合いもあると噂があった。お金のことで揉め事も起こしていて、その度に兄に泣きつき、何とかしてもらっていたようだ。兄が亡くなり思いがけず爵位を継ぐことになっても彼の生活は変わるどころか酷くなったと聞いている。奥方も身分ではなく持参金で選んだともっぱらの噂だ。それも焼け石に水。真っ当な金貸しではもう彼にお金を貸す者はいないとも聞く」

そんな状態なら姪をお金で売ろうと考えてもおかしくない。改めて考えても、危機一髪だったと思う。

「お金のためにかなり悪どいことにも加担していると聞く。それでも貴族だからな、彼の事情を知らない者には十分通用するはずだ。仲間もそれを理由に彼を利用していると言える」

「だから無闇に関わらないことだ。そなたと彼が身内だという事実を知らない者はいない。そうでなくとも口さがなく言うものはいるが、関係を断絶しているとなればいくらかでも防げるというものだ」

「夕べのことに関しては、事前に伝えていなかった私が悪かった。あのようにあなたに接触してくると予測できた筈なのに……」
「いや、たとえ姪であっても普通なら子爵が侯爵夫人に正式に紹介もないままに声を掛けるなどあってはならないことだ。場合によっては不敬罪になる。誰もが知っている仕来たりを無視したのだから向こうが悪い」

身分が低い者が高い者に先に声を掛けてはいけないとか、貴族社会には貴族社会のルールがある。不敬罪を問うのはどうかとも思うが、国王陛下が仰ると洒落にならない。

「一ヶ月以内に会わせろと言っていたのだったな。それではぎりぎりまで会うのを伸ばすことにしよう。向こうが礼を欠くならこちらもそれに倣おう。色々と準備もあるから」

ルイスレーン様の仰る準備とは何か分からなかったが、彼の要求を退ける何か策があるのかも知れない。
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