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第八章
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それから暫くは三人でお茶とお菓子を楽しんだ。
終始穏やかにニコニコと気さくに話をする陛下が、クリスティアーヌと叔父との接触を禁じたのは何故なのか。それが気になって訊ねる機会を伺う。
「何か私に訊きたいことがあるのではないか?」
時折訊ねたそうにしている私に気付き、陛下が水を向けた。
「実は夕べ、彼女がモンドリオール子爵から私に会わせろと要求されたそうなのです。私が彼女と結婚する際に、彼との接触を絶つことを陛下から伝えられたと話しました」
「そうか……モンドリオール卿がな……」
「こちらから無理に会いたいと思う人ではありませんが、接触を禁じるということが陛下の条件だとしても、彼に伝わっていないので、それはこちら側の一方的な決定と言うことだと思うのですが、違いますか?」
叔父には私との接触を禁じられる心当たりがないと思っているのは昨夜の様子を見てわかった。
「そうだな……それがそなたの母の望みだった…と言えば納得するか?ああ、まだ母親のことは思い出していないのかな」
「母の?」
叔父に腕を掴まれた時に一瞬脳裏に浮かんだ女性の顔。自分に良く似た明るい茶色の髪の線の細い女性だった。
「彼女が亡くなる直前、余に手紙を寄越した。自分に何かあったら娘を頼むと……余に届くかどうかわからないのに……手紙を見たのがゲイルでなければ破棄されるところだった。自分の死期を悟っているような手紙だった」
一国の王に一個人が手紙を届けることは難しくはない。フォルトナー先生の授業で聞いたことを思い出す。国の施策として王が国民の声を直接聴くための私書箱制度がある。国の各部署から上がってくる提言者は役人が選別したものであり、彼らにとって不都合な報告は握りつぶされることもある。国民が各部署を通さずに自分たちの困り事を訴えるための私書箱制度だ。
「手紙を選別し余に報告するのは護衛騎士たちの仕事だ。その全てを読みきるのは大変だが、どこに不正や汚職が蔓延っているかわからないからな。ただし、誰それとの結婚を認めてくれとか、是非自分の所を出入り業者にして欲しいとか、隣の家との境界問題を仲裁して欲しいなど個人的な内容のものは全て対処しきれないので、余の所にまで回ってこない。ゲイルが彼女の名前を知らなければ分からなかった」
「そのような手紙が……存じませんでした」
「リンドバルク卿にも話していなかったからな。クリスティアーヌが訊ねてくるまで言わないつもりだった。すまないが、例の箱を持ってきてくれ」
「かしこまりました」
陛下が侍従に何かを持ってくるように命じた。
彼が小さな宝石箱を持って私の目の前に置いた。
「これは?」
「中にそなたの母からの手紙と、彼女の形見が入っている。そなたのものだ」
美しい彫刻の入った木箱で手の平より少し大きめだった。
蓋を開けると上に手紙の束が、そしてその下にいくつかの指輪とブローチが入っていた。
「実は最後に届いた手紙の文面から察するに、それまでも何度か送られていたようで、捨てずに取っておいた物の中からそれだけ探した。一番古いもので五年前。それより前は処分されていて見当たらなかった。すまない。もっと早く気がついていれば……」
「陛下はデビュタントに出席したクリスティアーヌのことを知って二人のことを思い出したのではないのですか?そのようにうかがっておりましたが……」
「その情報も間違ってはいない。クリスティアーヌのデビュタントでの様子を聞いて二人の様子を気に掛けたのも本当だ。その後一度は二人の生活も改善されたと聞いた。時折様子を見に人をやっていたしな。その手紙はデビュタントの前が最も多く、最後に届いた手紙が一通。手紙にもっと早く気付いていれば、そなたのデビュタントももう少し何とかしてやれたのだが……その指輪とブローチはその最後の一通とともに届けられていた。手紙でなく小包なのでゲイルも目を引いたのだろう」
流麗な美しい文字が書かれた封筒を見ても、それがクリスティアーヌの母、カロリーヌの手により書かれたものかどうか私にはわからない。でもなぜかそれを見て涙が込み上げて来そうになって、ぐっと唇を噛んで堪えた。
「手紙は陛下に届けられたものですが、いただいてもよろしいのですか?」
込み上げる涙を堪えて言葉が出せない私の代わりにルイスレーン様が訊ねた。
「余は既に目を通しているし、少なからずそなたら母娘の暮らしぶりが書かれている。記憶を思い出す助けになるかもしれないからな。読んで楽しいものではないが……指輪は結婚指輪でブローチはそなたの父が最後に母に贈ったものだそうだ。それ以外の宝飾品は処分したり子爵邸から持ち出せなかったものもあるそうだ」
プラチナの土台に大小のエメラルドが散りばめられた指輪が二つ。ブローチはたくさんの小さなガーネットを嵌め込み、星形に形作ってあった。
終始穏やかにニコニコと気さくに話をする陛下が、クリスティアーヌと叔父との接触を禁じたのは何故なのか。それが気になって訊ねる機会を伺う。
「何か私に訊きたいことがあるのではないか?」
時折訊ねたそうにしている私に気付き、陛下が水を向けた。
「実は夕べ、彼女がモンドリオール子爵から私に会わせろと要求されたそうなのです。私が彼女と結婚する際に、彼との接触を絶つことを陛下から伝えられたと話しました」
「そうか……モンドリオール卿がな……」
「こちらから無理に会いたいと思う人ではありませんが、接触を禁じるということが陛下の条件だとしても、彼に伝わっていないので、それはこちら側の一方的な決定と言うことだと思うのですが、違いますか?」
叔父には私との接触を禁じられる心当たりがないと思っているのは昨夜の様子を見てわかった。
「そうだな……それがそなたの母の望みだった…と言えば納得するか?ああ、まだ母親のことは思い出していないのかな」
「母の?」
叔父に腕を掴まれた時に一瞬脳裏に浮かんだ女性の顔。自分に良く似た明るい茶色の髪の線の細い女性だった。
「彼女が亡くなる直前、余に手紙を寄越した。自分に何かあったら娘を頼むと……余に届くかどうかわからないのに……手紙を見たのがゲイルでなければ破棄されるところだった。自分の死期を悟っているような手紙だった」
一国の王に一個人が手紙を届けることは難しくはない。フォルトナー先生の授業で聞いたことを思い出す。国の施策として王が国民の声を直接聴くための私書箱制度がある。国の各部署から上がってくる提言者は役人が選別したものであり、彼らにとって不都合な報告は握りつぶされることもある。国民が各部署を通さずに自分たちの困り事を訴えるための私書箱制度だ。
「手紙を選別し余に報告するのは護衛騎士たちの仕事だ。その全てを読みきるのは大変だが、どこに不正や汚職が蔓延っているかわからないからな。ただし、誰それとの結婚を認めてくれとか、是非自分の所を出入り業者にして欲しいとか、隣の家との境界問題を仲裁して欲しいなど個人的な内容のものは全て対処しきれないので、余の所にまで回ってこない。ゲイルが彼女の名前を知らなければ分からなかった」
「そのような手紙が……存じませんでした」
「リンドバルク卿にも話していなかったからな。クリスティアーヌが訊ねてくるまで言わないつもりだった。すまないが、例の箱を持ってきてくれ」
「かしこまりました」
陛下が侍従に何かを持ってくるように命じた。
彼が小さな宝石箱を持って私の目の前に置いた。
「これは?」
「中にそなたの母からの手紙と、彼女の形見が入っている。そなたのものだ」
美しい彫刻の入った木箱で手の平より少し大きめだった。
蓋を開けると上に手紙の束が、そしてその下にいくつかの指輪とブローチが入っていた。
「実は最後に届いた手紙の文面から察するに、それまでも何度か送られていたようで、捨てずに取っておいた物の中からそれだけ探した。一番古いもので五年前。それより前は処分されていて見当たらなかった。すまない。もっと早く気がついていれば……」
「陛下はデビュタントに出席したクリスティアーヌのことを知って二人のことを思い出したのではないのですか?そのようにうかがっておりましたが……」
「その情報も間違ってはいない。クリスティアーヌのデビュタントでの様子を聞いて二人の様子を気に掛けたのも本当だ。その後一度は二人の生活も改善されたと聞いた。時折様子を見に人をやっていたしな。その手紙はデビュタントの前が最も多く、最後に届いた手紙が一通。手紙にもっと早く気付いていれば、そなたのデビュタントももう少し何とかしてやれたのだが……その指輪とブローチはその最後の一通とともに届けられていた。手紙でなく小包なのでゲイルも目を引いたのだろう」
流麗な美しい文字が書かれた封筒を見ても、それがクリスティアーヌの母、カロリーヌの手により書かれたものかどうか私にはわからない。でもなぜかそれを見て涙が込み上げて来そうになって、ぐっと唇を噛んで堪えた。
「手紙は陛下に届けられたものですが、いただいてもよろしいのですか?」
込み上げる涙を堪えて言葉が出せない私の代わりにルイスレーン様が訊ねた。
「余は既に目を通しているし、少なからずそなたら母娘の暮らしぶりが書かれている。記憶を思い出す助けになるかもしれないからな。読んで楽しいものではないが……指輪は結婚指輪でブローチはそなたの父が最後に母に贈ったものだそうだ。それ以外の宝飾品は処分したり子爵邸から持ち出せなかったものもあるそうだ」
プラチナの土台に大小のエメラルドが散りばめられた指輪が二つ。ブローチはたくさんの小さなガーネットを嵌め込み、星形に形作ってあった。
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