上 下
100 / 266
第八章

7

しおりを挟む
それから暫くは三人でお茶とお菓子を楽しんだ。

終始穏やかにニコニコと気さくに話をする陛下が、クリスティアーヌと叔父との接触を禁じたのは何故なのか。それが気になって訊ねる機会を伺う。

「何か私に訊きたいことがあるのではないか?」

時折訊ねたそうにしている私に気付き、陛下が水を向けた。

「実は夕べ、彼女がモンドリオール子爵から私に会わせろと要求されたそうなのです。私が彼女と結婚する際に、彼との接触を絶つことを陛下から伝えられたと話しました」
「そうか……モンドリオール卿がな……」
「こちらから無理に会いたいと思う人ではありませんが、接触を禁じるということが陛下の条件だとしても、彼に伝わっていないので、それはこちら側の一方的な決定と言うことだと思うのですが、違いますか?」

叔父には私との接触を禁じられる心当たりがないと思っているのは昨夜の様子を見てわかった。

「そうだな……それがそなたの母の望みだった…と言えば納得するか?ああ、まだ母親のことは思い出していないのかな」

「母の?」

叔父に腕を掴まれた時に一瞬脳裏に浮かんだ女性の顔。自分に良く似た明るい茶色の髪の線の細い女性だった。

「彼女が亡くなる直前、余に手紙を寄越した。自分に何かあったら娘を頼むと……余に届くかどうかわからないのに……手紙を見たのがゲイルでなければ破棄されるところだった。自分の死期を悟っているような手紙だった」

一国の王に一個人が手紙を届けることは難しくはない。フォルトナー先生の授業で聞いたことを思い出す。国の施策として王が国民の声を直接聴くための私書箱制度がある。国の各部署から上がってくる提言者は役人が選別したものであり、彼らにとって不都合な報告は握りつぶされることもある。国民が各部署を通さずに自分たちの困り事を訴えるための私書箱制度だ。

「手紙を選別し余に報告するのは護衛騎士たちの仕事だ。その全てを読みきるのは大変だが、どこに不正や汚職が蔓延っているかわからないからな。ただし、誰それとの結婚を認めてくれとか、是非自分の所を出入り業者にして欲しいとか、隣の家との境界問題を仲裁して欲しいなど個人的な内容のものは全て対処しきれないので、余の所にまで回ってこない。ゲイルが彼女の名前を知らなければ分からなかった」
「そのような手紙が……存じませんでした」
「リンドバルク卿にも話していなかったからな。クリスティアーヌが訊ねてくるまで言わないつもりだった。すまないが、例の箱を持ってきてくれ」
「かしこまりました」

陛下が侍従に何かを持ってくるように命じた。
彼が小さな宝石箱を持って私の目の前に置いた。

「これは?」
「中にそなたの母からの手紙と、彼女の形見が入っている。そなたのものだ」

美しい彫刻の入った木箱で手の平より少し大きめだった。

蓋を開けると上に手紙の束が、そしてその下にいくつかの指輪とブローチが入っていた。

「実は最後に届いた手紙の文面から察するに、それまでも何度か送られていたようで、捨てずに取っておいた物の中からそれだけ探した。一番古いもので五年前。それより前は処分されていて見当たらなかった。すまない。もっと早く気がついていれば……」
「陛下はデビュタントに出席したクリスティアーヌのことを知って二人のことを思い出したのではないのですか?そのようにうかがっておりましたが……」
「その情報も間違ってはいない。クリスティアーヌのデビュタントでの様子を聞いて二人の様子を気に掛けたのも本当だ。その後一度は二人の生活も改善されたと聞いた。時折様子を見に人をやっていたしな。その手紙はデビュタントの前が最も多く、最後に届いた手紙が一通。手紙にもっと早く気付いていれば、そなたのデビュタントももう少し何とかしてやれたのだが……その指輪とブローチはその最後の一通とともに届けられていた。手紙でなく小包なのでゲイルも目を引いたのだろう」

流麗な美しい文字が書かれた封筒を見ても、それがクリスティアーヌの母、カロリーヌの手により書かれたものかどうか私にはわからない。でもなぜかそれを見て涙が込み上げて来そうになって、ぐっと唇を噛んで堪えた。

「手紙は陛下に届けられたものですが、いただいてもよろしいのですか?」

込み上げる涙を堪えて言葉が出せない私の代わりにルイスレーン様が訊ねた。

「余は既に目を通しているし、少なからずそなたら母娘おやこの暮らしぶりが書かれている。記憶を思い出す助けになるかもしれないからな。読んで楽しいものではないが……指輪は結婚指輪でブローチはそなたの父が最後に母に贈ったものだそうだ。それ以外の宝飾品は処分したり子爵邸から持ち出せなかったものもあるそうだ」

プラチナの土台に大小のエメラルドが散りばめられた指輪が二つ。ブローチはたくさんの小さなガーネットを嵌め込み、星形に形作ってあった。


しおりを挟む
感想 139

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

高級娼婦×騎士

歌龍吟伶
恋愛
娼婦と騎士の、体から始まるお話。 全3話の短編です。 全話に性的な表現、性描写あり。 他所で知人限定公開していましたが、サービス終了との事でこちらに移しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...