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第七章

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会場では次々と曲が奏でられているのが聞こえる。昨晩せっかく練習したのに、今日はもう踊るのは無理だな、と残念な気持ちを抱えながら彼に話し終える。

「すまない……私も側にいるべきだった…」

痛恨のミスだとばかりに彼は苦渋の表情を浮かべた。

「大事なご用件だったのでしょう?それにカレンデュラ侯爵夫人やマイセラ侯爵夫妻には助けていただきましたし、イヴァンジェリン様も私を擁護して側に居てくださいましたから……」
「いや、初めての夜会で、いくら大事な用があったからだとしても、知らない方ばかりの中にあなたを残していくべきではなかった。これは私の失態だ……あなたが私の妻と言うことで注目されることはわかっていたから、そのサファイアを身に付けさせ、あなたが正式なリンドバルク侯爵夫人だと主張したのだが……」

それが反って彼女たちを刺激したのだと彼は後悔している。

「どうかご自分を責めないでください。実害があったわけでありませんから」

むしろクリスティアーヌの叔父であるモンドリオール子爵との対面の方が問題だった。それに比べれば彼女たちとのやり取りなど今思い返せば滑稽でしかない。
経済界での付き合いも良く似たものだ。表面上は仲良くても自慢話や誰かの陰口が多くて、それに合わせての作り笑いがとても苦しかった。それは自分が『愛理』だから思えることだが、彼の中では私は記憶を失くしたクリスティアーヌだからそう思うのも仕方ない。

「マイセラ侯爵家とカレンデュラ侯爵家には私からも礼をしておく。これまで女性同伴でこういう場に来ることがなかった。注目はされるかと思ってはいたが、まさかここまでとは……しかもルクレンティオ侯爵夫人は何を思って私がルクレンティオ侯爵家の令嬢を妻に迎えるなどと思ったのか……正式な打診も何もなかったのに、何度か夜会で警備に就いている時に話しかけられたが、いつも仕事中だと挨拶以外話したこともない。誓って言うが、私はそんな令嬢と結婚するつもりなどなかった」

その場にいない侯爵夫人を呪い殺そうとでもするように、凄い眼力を放ち彼が眉間に皺を寄せる。

「それはきっと彼女もルイスレーン様がお好きだったのですわ。彼女もあなたとの結婚を夢見ていたようですし……」

どちらかと言えば、夫としての彼の見映えを気にしていたのかも知れない。マイセラ侯爵もご婦人方の心をときめかす程に十分素敵な男性だったし、カレンデュラ侯爵も殿下方も整った顔立ちだった。陛下も今でも十分素敵なのだから、若い頃はさぞかしと思える。
人が多過ぎてとても全員の顔をチェックすることは出来ないかったが、他にも素敵な殿方はいただろう。ルイスレーン様は確実に顔だけでもトップの部類に入る。そこに身分も加わり、背も高くてとなればさぞかし理想の旦那様と言える。つれないのも実はいいと思う女性もいるたろう。

「夢見るのは勝手だが、あなたを数人で取り囲んであれこれ言うのは間違っている。筆頭侯爵家の品位が疑われることだ。文句があるなら私に言えばいいものを」

それが出来ないから彼がいないのを見て近付いたのだろう。それは彼もわかっているが、自分が側にいれば防げたことだから余計に悔しいのだろう。

「もう済んだことですから」

あの人は私が何を言われても、自分に関係ないことだとわかれば何もしてくれなかった。
今目の前で私のために怒ってくれているのを見て、気持ちは救われた。

「あなたはもっと私に怒っていい」

そう言われてもどう怒ったらいいのかわからない。彼女たちが命令に従って私と結婚したのだとルイスレーン様のことを言った時は腹立たしく思ったが、クリスティアーヌが王族の瞳を持っていて、父母もすでにいなくて、子爵の出だと言うことは事実だから、そのことを言われたからと言っても怒るところがない。

ルイスレーン様にしてもわざと私を放っておいたわけではないのだから、そう言うと、ルイスレーン様は、困った顔をした。怒らないからと困った顔をされても、私が困ってしまう。

「わかった……この埋め合わせは必ずする。他には?何もなかったか?」

そう訊ねられて、モンドリオール子爵とのことを話すべきか躊躇った。しかし、いずれ話さなければならないなら、隠す方がおかしい。

「実は……モンドリオール子爵に会いました」

国内の貴族がこぞって参加する夜会で、会う可能性は十分あったが、それを聞いて彼の口許が引き結ばれた。
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