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第十一章

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今日もニコラス先生の所へ行って繰り返し見る悪夢について相談した。

「うん、まあ……若いからか、思ったよりは治りが早いな」

腕の痣も見せると、満足そうに言った。

「それは悪夢ではなく、失くした記憶が戻ってきているのだな。嫌な記憶だから悪夢に思える。自分でもわかっているんだろう?」

先生に真っ正面から言われて頷くしかなかった。

「順番はバラバラなんです。小さい頃だったり、母と二人で住んでいた頃だったり……」
「まあ、殆どの人間は辛いことがあって忘れたくても、簡単には忘れられず、その辛い経験とともに生きていくものだ。だが、あまりに辛い経験は時に心を壊す。しいては体の調子にも影響する。もし耐えられなくなるなら壊れる前に誰かに打ち明けることだ」

体だけでなく心の痛みについて語る先生の言葉に、そこまで理解していることに驚く。
目に見える体の傷と違い、なかなかわかりにくいものだ。

「私でも話を聞かないわけはないが、こういうのは身近な人に理解してもらわなければな。念のため、睡眠導入剤も渡そう。いよいよ辛い時はひと包みずつ飲みなさい。一日一包だから決して飲みすぎないように。それはそうと、この前のニールセン殿と言ったかな、彼から思った以上に寄付を頂いてな」

「まあ、そうなんですね。良かった」

「それでな、今後これをどう役立てていくか意見を聞きたい」
「私でいいんですか?調子がいいことを言っていたのに結局途中で手を引いてしまったのに……」
「最初から侯爵夫人にそこまで頼むつもりもなかった。あ、悪い意味にとらないでもらいたい、能力がどうとかいう話でないからな。クリスティアーヌ殿のことは個人的に認めているから」
「わかっています。そうですね。少し考えてみていいですか?」
「慌てない。じっくり考えてくれ」

ニコラス先生に頼られて、沈んでいた気持ちが少し上向きになった。

その夜もいつものように夕食を済ませ、寝る前にニコラス先生からもらったお茶を飲んだ。

最初は普通に煎れていたが、それでも夢は見る。内容をはっきり覚えている時もあれば、そうでない時もあった。

悪夢ークリスティアーヌの記憶ーに苛まれ、何度も何度も目を覚ますので、次第に睡眠時間は削られていく。

今日もらった薬を飲むべきだろうか。ひと包みをサイドテーブルに置くが、悩んだ末もう少し様子を見てからにしようと決めた。

デビュタントの後、陛下が私たちの実状を知り使者を差し向けてくれた。聞くところによると叔父のモンドリオール子爵を呼び出し、私たちの境遇について糾弾してくれたということだった。
叔父は国王陛下の使者とともに私たちを訪れ、何故こんなことになったのかを話してくれた。

「すまん、私が至らなかったばかりに苦労をさせた」

いくら亡くなった兄の家族とは言え、あまり世話を焼きすぎると妻が嫉妬するので、使用人にお金を渡して様子を見に行かせていたが、その使用人がそのお金を着服していたというのだ。

私がデビューする支度金もその使用人が掠め取り、結果、今回のことになったという。私はいつも私たちの所に食べ物や何かを差し入れてくれたおじさん……カールさんの顔を思い出す。枯れ木のように細い体つきで、肌の色つやも良くなかったが、とても優しくいつもこれだけしか持ってこれなくてすまないと、申し訳なさそうにしていた。とても叔父の言うようなことをしていたとは思えなかった。隣に立つ母もそうなのか、何か暗い顔をしている。でも私がそう思っていただけで、私の人を見る目がなかっただけとも取れる。人は見かけによらないのかも知れない。

「やつは悪事がばれたと知るやどこぞに姿をくらませた。身寄りもなく、どこに行ったか誰も知らない。人をやって探してはいるが、見つけられるかどうか……今まで掠め取っていた分を隠し持っていてそれを元手にどこかでやり直そうとしているのかもしれない。とにかく、これからはきちんと私が管理して面倒を見る」

「モンドリオール卿の監督不行き届きは明らかですが、過去の出来事を今さら取り返すことはできません。私も時折様子を見に参りますし、これからきちんとなさるなら、陛下も今回は不問にするとおっしゃっています」
「もちろんでございます。カロリーヌ義姉ねえさん、クリスティアーヌ、それで許してくれないだろうか」

陛下からのお使者、ゼフィスさんの隣で叔父は不気味なまでに低姿勢でこちらの顔色を見る。

そんな彼の様子を見て母は表情を曇らせている。

「陛下がそのようにご恩情をおかけくださるなら……私どもに異論はございません」

「では、モンドリオール卿には申し上げた通りの援助を二人にこれからも行うように。それと令嬢には然るべき結婚相手が見つかるよう手配をすること。この取り決めを怠らないよう、私どもも定期的に様子を見に参ります」
「もちろんです。今度からは人任せにせず、私自ら足を運びましょう」

その言葉を聞いて納得したのか、使者の方は陛下に報告しておきますと言って帰っていった。
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