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第九章

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夜会の夜。カメイラ国の残党の話を聞いて、取りあえずは国境付近からそれらしき人物を見かけなかったか調査にあたることとなった。

「正規軍を動かすことは得策ではないだろう。せっかく戦争が終わったと思っている所に水を差すことになる」

陛下の言葉に一同が頷く。

「まずは国境付近に人をやり、足取りを追いましょう」

「そうだな。早速手配しよう。」

「それから、サルエル……そのバーレーンの詳しい人相書きを」
「はい。すでにこちらに」

サルエルがそう言って一枚の紙を取り出す。

「すぐにこれを複写して皆に配れ。国境付近だけでなく、王都内にもな。ただし、国民には知られてはならない。戦争が終わって間もないところに残党がうろうろしているとわかれば、不安を煽ることになるからな」
「ご命令のとおりに」

陛下が仰り、侍従がサルエルから人相書きを受けとる。

「それから身辺の警護を固めなさい。王宮の警護はもちろんだが、此度の戦争に参加した軍の高官たちも彼の標的になりうる」

陛下がこちらを見る。

「近しい人物も」

クリスティアーヌのことを仰っているのだとわかった。標的に私が含まれる可能性は十二分にある。だが、私個人をどうすることも出来ないとわかれば、家族を狙ってくる場合も想定しなければならない。


広場に戻るとすでにダンスが始まっていた。
ファーストダンスを踊ることが出来なかった。
もしかしたら既に誰かに誘われて躍りの輪に入っているのではと辺りを見渡すが、踊る集団の中に彼女の姿はなく、ほっとする反面どこにいるのかと不安になった。
躍っている人々の中に彼女はいなかった。ようやく窓の側にいる彼女を見つけ駆け寄れば、彼女は一人だった。

何かあったとかと彼女に訊ねれば、筆頭侯爵家の奥方たちに取り囲まれたと聞き、彼女から離れた自分を呪った。

しかもルクレンティオ侯爵家の令嬢と私の婚姻?夜会で幾度か見かけたこともあり、仕事中だと何度言ってもすり寄ってきたことを思い出す。
その令嬢とは何の話もなかったことを伝えたが、納得してくれただろうか。

しかも続けてモンドリオール子爵まで接触してきてたと言う。
彼女を家に迎えいれてから、彼女とモンドリオール子爵家との接触を断絶していた。それが陛下からの条件でもあった。自分とて実の兄の遺族である二人を放置していた子爵に思うところがなかったわけでもないし、彼女との話が持ち上がる前から裏社会から聞こえてきた彼の評判もあまりいいものではなかったのもある。

ギャンブル狂の夫に派手好きな妻。兄が子爵だった頃は子爵家の領地管理を任されていたが、怠け者で賭け事好きな彼は何度も兄に尻拭いをしてもらっていたと聞いた。
豪商の平民の娘を嫁に貰って内情は一時上向きになったようだが、それも焼け石に水。次々と怪しい儲け話に首を突っ込んでは失敗し、詐欺紛いのこともしていると聞く。

表立ってはまだ体裁を保っているが、彼に金を貸す真っ当な金貸しはいないと言われている。

戦争がなければもっと彼について調べて何とかすることもできたが、今出来ることは彼女を叔父から遠ざけることだけだ。しかも彼女は記憶を失くして更に無防備になっている。それでも彼女にとっては唯一の血縁。あまり悪し様に言ってはと今朝も特に彼の評判について語らなかったが、これだけの人数で侯爵夫人の彼女に、いくら叔父でも子爵の彼は迂闊には近づかないだろう思っていたが、接触してくる可能性は十分にあったのにと、自分の落ち度を悔やまないわけにはいかなかった。

邸に戻って、なかなか寝付けず書斎で仕事をしながは仮眠を取って夜を明かした。

彼女がお茶の用意をして書斎を訪れたことに嬉しい驚きを覚えた。

彼女からいい匂いが漂ってくる。

思わず髪に触れ匂いに酔いしれる。

彼女が恥ずかしそうにするので最後に胸いっぱいに香りを吸い込み髪から手を離した。

出来るなら彼女の髪を根元から掬い上げ、そしてそこに顔を埋めて香りと手触りを堪能したかった。

お茶と一緒に彼女が持ってきた食べ物は見るのも聞くのも初めてのものだった。
しかも彼女が自ら焼いたという。

それも今日が初めてではないらしい。
使用人たちにも何度か振舞い、好評だと言う。
特に男性に。

それを聞いて何故か胸がざわつく。
自分以外の男を喜ばせてどうするんだ。
しかも口にすると意外に美味しい。

彼女に他意はないことはわかる。逆にそれが無防備で危なっかしく思う。
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