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第八章

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最初山の頂にかかっていた太陽が次第に高度を下げていくと、建物が作る影が長くなって行く。
同じ太陽なのに、夕日が赤く見えるの太陽が高い位置にある時と低い位置にある時で、人の目が捉えられる色の波長が異なるからだと聞いたことがある。

そんな科学的な理屈は、目の前の光景の美しさの前では飛んでしまった。

王宮の白い壁や教会の尖塔が赤く染まり、家々の屋根のそれぞれの色と赤が混じり、違う色に変わっていく。

建物のガラスも光を反射しキラキラと輝く。
カメラがあったら間違いなくシャッターを押していただろう。
その美しさはインスタ映え間違いない。

「綺麗……」

ため息とともに呟く。

「とても綺麗ですね」
「ああ、綺麗だ」

仰ぎ見ると彼は景色ではなく私の方を見ている。

「あの……」

太陽の光のせいなのか、彼の瞳は青が更に濃くなり紺に近く、黄色の部分もオレンジのように赤みが増している。

「気に入ってくれてよかった」

私から視線を反らし街に目を向ける。

「そう言えば……先生のお宅で言っていたことは真実か?砂糖が女性を幸せにするという話だ」
「は、はい……学者ではないので難しいことはわかりませんが」

唐突に砂糖の話を持ち出され戸惑う。

「それは男でも当てはまるのか?」

「さ、さあ……私が知っているのは男女の体質や役割に関係があるみたいです。男性は甘味より苦味などを好むみたいですね。子どもを産んで育てる女性と外に戦いに行く男性といった役割が関係しているみたいです。生存競争の必要が失くなり、平和が続くと甘いものを好む男性が増えるみたいです」

「つまり、男は戦って家族を護り、女は子を産み育てるという役割で好みの味覚が違うということか」

「あくまで受け売りですが……」

「そんなことどこで聞いた?フォルトナー先生か?それともベイル医師?」

「えっ!?」

「記憶を失くしていたのではないのか?それに、もし違ったとしてもあなたがなぜそんなことを知っている?私の知る限り、あなたがそんなことを知識として習得する環境にはなかったはずだ」

確信をついた質問に私は言葉を失った。

まずい………『愛理』として知っている言葉でつい語ってしまった。
『クリスティアーヌ』は満足な教育など受けていない。
小中高校、大学と教育を受けていた『愛理』なら知っていることも『クリスティアーヌ』が……ましてやこの世界の人が考えてもいなかった科学的な話をしたとあっては彼が不審に思うのも無理はない。

フォルトナー先生から教えてもらったと言う?でもじゃあなぜ先生がわざわざ私にそんなことを教えたのか、変に思うかもしれない。

「マリアンナにあなたの記憶喪失の一件について、どんな荒唐無稽だと思う話を聞いたとしても、受け入れて欲しいと言われた。どんな話なのか想像もつかないが、ほんの僅かしかあなたのことを知らなかったとしても、前のあなたと今のあなたはまるで別人だと思う。見た目は間違いなくクリスティアーヌなのに……」

彼が混乱しているのがわかる。
ダレクやマリアンナ、フォルトナー先生にはあっさりと打ち明けたのに、私が問題を先送りにした。

王宮での夜会や陛下のお茶会で忙しかったからとか、それは言い訳にしかならない。

「今夜………邸に戻ったらお話しします」

「わかった。そろそろもどろう。じきに暗くなる」

ブランケットなどを片付け、再び二人で馬に乗る。

それから邸に戻るまで二人黙ったままだった。

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