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第八章

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ルイスレーン様は私の倍は軽く食べ、デザートは断った。

私は最初の大きなミートパイと野菜のオーブン焼き、それとパンをいくつか食べてお腹が膨れたが、まだ甘いものは入るだろうとデザートを勧められた。

「女性はお腹がいっぱいと言いながら、甘いものは食べられるのだな」

「あら侯爵様、今頃お気づきになられたのですか?お仕事ばかりで女性がどういう生き物なのかご存じないのではありませんか」

「そんなことは…………いや、レジーナ殿の言うとおりかも……」

一度否定しかけなぜか私の方を見て肯定する。

「甘いものに入っている砂糖が幸せな気分にさせてくれるんです。好きなものを目の前にするとお腹に余裕が生まれて食べられるようになるんです」

本当はドーパミンやら何らかの脳内伝達物質がどうとか聞いたことがあるが、難しいことはわからない。

「少しくらい嫌なことがあってもキレイなものを見たり美味しいものを食べると幸せになりませんか?」

「わかるわ、その話。私もこの人に腹が立つとついつい甘いものに手が出てしまって。お陰でこんな体型になってしまったわ」
「おいおい、それでは君を太らせたのは私のせいか?」
「そうとも言いますわね」
「これはまいった。君が太ったのも夫の私のせいになるとは………」
「だから責任をとってどんな私でも受け入れてくださいね」

レジーナさんがそう言って机の上に置いた先生の腕をぽんぽんと叩いて甘えたように言う。

「わかっているさ……君だから私のような偏屈な学問バカとつきあってこられたんだから。感謝している」

先生もそんなレジーナさんの手にもう一方の手を重ねて労るように撫でる。

目の前の熟年夫婦の仲睦まじい姿に温まれない気になって、隣のルイスレーン様に視線を向けると、彼も目を見開いて二人を見つめていた。

私たちもあんな風になれるだろうか。

私がクリスティアーヌでないと打ち明けた時、彼はその事実をどう受け止めるだろうか。

彼が知らなかった私のことを知る人たちに嫉妬を抱いたことに、純粋に嬉しいと思っている。もし彼に真実を伝え、それを受け入れられなかったらと思うと身が縮む。前世の記憶が甦った時は、ただこの結婚から逃れることだけを考えていた。夫である人物がどんな人であれ、自立出来ればいい。そう思っていた。でも今はもう少し彼のことを知り側に居たいと思い始めている自分がいる。目の前のフォルトナー先生とレジーナさんのように互いを労り合い、軽口を言い合うような夫婦になりたいと思い始めている。

彼のことをまだ敬称でしか呼べない現状では、道のりは遠いとは思うが。

食事が終わると時刻は四時になっていた。

まだ行くところがあるとルイスレーン様がおっしゃったので、先生のお宅をおいとますることになった。

帰り際、ルイスレーン様が馬の様子を見てくるのでここで待つようにと言われたので、先生と二人きりで玄関先で待つことになった。

「まだ何も詳しいことは話していないのだろう?」

こくりと頷く私に先生は心配そうな顔を見せた。
レジーナさんはルイスレーン様が戻ってきたときは見送るから教えて欲しいと言って、今は台所で片付けをしている。
手伝いを申し出たが、これもやんわりと断られた。

「彼の目は節穴ではない。すでに前のクリスティアーヌと何か違うと気づいているのかもしれない。彼女について私も詳しいことは何もわからないが、さっきの彼の様子を見ると早く真実を伝えた方がいいと私は思う」
「でも、簡単には信じてはくれないと思います」
「それは彼自身が決めることだ。私やダレクたちも信じたのだから彼が信じないという保証はない。君も彼を信じることだ。それより、何か『クリスティアーヌ』としては変化はあったのか?」

「それが……王宮の夜会で『クリスティアーヌ』の叔父に会いました」
「子爵に?それで?」
「完全ではないのですが、多分『クリスティアーヌ』の過去の記憶だと思うのですが、子爵に会った時、いくつか頭に浮かんだのです」
「『クリスティアーヌ』としての記憶が?それは………ニコラスにはまだ話していないのだな」

先生は驚いて考え込んだ後で訊ねた。

「はい。一昨日のことでしたし、ルイスレーン様にも今のところ診療所へ行くことを了承いただいていませんし」

「そうだな。私の方からニコラスには話しておこう。もし可能なら一度訊ねてはどうだ?診察目的なら彼も何も言わないだろう」

「わかりました……」

ちょうどその時ルイスレーン様がやってくるのが見えた。

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