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第八章

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昼前にルイスレーン様が帰宅すると、ドレスではなく少しカジュアルな服装をするようにと言われた。

言われるままに診療所に行く際にいつも着ているシンプルなアイボリーのシャツに茶色い皮のベスト。それにベストより濃い茶色のスカートに着替えた。

着替えを終えて一階に降りると、白いシャツに黒の皮ズボンとブーツ、明るい茶色の太腿丈の袖無しチュニックを着たルイスレーン様が待っていた。
手には手首より少し短い黒の手袋をしている。

髪は夜会の時はキレイに纏めていたが、今は無造作に前髪を下ろしている。

「ドレス姿も美しいが、その姿も似合っている」

ドレスよりはこちらの方がしっくりくるが、どんな姿でも様になっているのはルイスレーン様の方だった。

背が高く無駄な贅肉のないどころか鍛えているため肩幅もしっかりしていて胸板も厚く、太腿やふくらはぎも、その逞しさを皮のズボンが覆っている。

「ルイスレーン様も素敵です……」

思わずぼうっとなってポロリと口を滑らせた。

私の誉め言葉にルイスレーン様の口元も綻ぶ。

「ダレク、あれを」

ダレクが丸い箱を持ってきて蓋を開け、ルイスレーン様が中のものを取り出す。

それはボンネット帽で横に幅の広い黄色いリボンが付いていた。

それを私の頭に乗せ、顎の少し横で結んでくれる。

「では行こうか」

自分もつば広の黒の帽子を被り、私の手を引いて玄関を出ると、そこには一頭の黒い馬が繋がれていた。

先に私を横座りに乗せると、自らも同じ馬に跨がる。

「しっかり掴まっていなさい」

「はい」

私の左手を掴んで自分の腰に回すと、手綱を握って「では、行ってくる」と皆に言って馬を動かした。

「どこへ……行かれるのでしょうか」

体がふれあい体温を感じる。見上げればすぐ間近にルイスレーン様の顔がある。

「まずは私たち共通の知人の所へ」

軽快に馬を歩かせながらルイスレーン様が話すとその振動が伝わってくる。

「共通の?」

二人共通の知人などいただろうかと小首を傾げる。

「もしかして……」

思い当たるのは一人しかいない。
答えを求めて見上げると、ルイスレーン様が頷く。

「フォルトナー先生には朝のうちに連絡しておいた。急なことで満足なもてなしはできないが喜んでご自宅に私たちを迎えてくれるとおっしゃった」

やっぱり先生だった。
かつてのルイスレーン様の家庭教師で、私にこの国のことや文字や色々なことを教えてくれた先生。

「先生の奥様にはお会いしたことはあるのですか?」

「昔、何度か。お二人の三人の子どもたちとも歳が近かったこともあり、長男のセオドアが二つ上で、よく一緒に勉強をした」

誰にでも子ども時代はあるのだろうが、小さい頃のルイスレーン様はどんな子どもだったのだろう。
今と違ってよく笑ったのだろうか。確かお父上が厳しかったと聞いた。

「私、奥様のレジーナさんが大好きなんです。理想のお母さんって感じで……あったかい人柄でお料理が上手くて………」

「理想の母……あなたはああいう人になりたいのか」

記憶にあるレジーナさんを思い出しているのだろう。何だか渋い顔をしている。

「いけませんか?」

「いけないとは言わないが……セオドアがいたずらをしたり、妹たちを泣かせるとよく彼のお尻を平手打ちしていた。食べ物の好き嫌いは絶対許してくれなくて、よく彼の妹も叱られていた」

「お尻ペンペンの刑……ですか」

想像してあのレジーナさんならあり得ると思った。

「おし………そんな言葉をどこで……」
「あ、いえ……今のは…聞かなかったことに……」

口に出していたとは気付かなかった。
小声でもこれだけ身を寄せあっていたら聴こえて当然だ。

「確かに愛情深い方ではあると思うが、あなたが私たちの子どもにそうしている姿が想像できないな」

「私たちの……」

ルイスレーン様が当たり前のように私たちの子どもだと言ったことに驚いた。
「私の」でも「あなたの」でもなく、二人の子ども。

「今はまだ考えられないだろうが……いずれは……だ。こればかりは天からの授かり物だし、そういうことになってもすぐに出来るとは限らないし……気負う必要はない」

『愛理』として一度結婚している記憶があるので、うぶな振りをするつもりもないが、子どもを授かるためには避けては通れない行為だ。
生き物なら子孫繁栄、繁殖のための行為だが、人はそこに気持ちが伴う。

彼は私の気持ちが整うまで待ってくれようとしているのか。
男性は好きではない女性でも性交渉ができる。
あの人もそうだった。
なのに私はそれに気付かず愛されていると思い込んでいた。

ルイスレーン様は私のことを妻として大事にはしてくれるし、嫌ってはいないようだ。
好意はもってくれているかも知れない。

でも人として好感を持っているのと女性として好いてくれているのとは違う。

いつの間にか彼に女性として求められたいと思っている自分の気持ちに気付き、伝わってくる彼の体温を意識せずにはいられなかった。
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