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第八章
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狭く暗い所に閉じ込められた夢を見た。
はっと目が覚めて辺りを見渡すと、本当に暗くて狭い所にいた。
「……ここは?」
何か布のようなものに取り囲まれて、体を動かす。
伸ばした腕に固いものが当たり押しきると少しの力で動いた。
上半身から転がり出て、床に腕をついて見渡すと、そこは自分の部屋のクローゼットだった。
薄暗い部屋の様子から、夜はまだ明けていない。
急いでクローゼットから飛び出て深呼吸する。
クチャクチャになったクローゼットの中を整えて寝台に戻ってシーツを触ると、ひんやりと冷たい。
クローゼットに入っていたのはついさっきではないということだ。
こんなことは初めてだった。
一体自分に何が起こったのか。
その日はもう眠ることが出来ず朝を迎えた。
いつもの時間にマディソンが起こしに来る。
「旦那様は、もう起きているの?」
水差しから顔を洗うための水を注ぐマディソンに訊ねる。
「はい。朝早く起きられて、今はもう朝食を摂られて書斎にいらっしゃいます。一段落したら奥さまにお越しになるようにとのことです」
昨夜はいつ部屋に戻ったのだろう。少なくとも私が寝付いた後だろう。
それなのに、もう朝から仕事をしているのか。
「今日は国王陛下のお茶会ですね」
そうだった。
昼には再び王宮へ向かわなければならない。
「クリスティアーヌ様……腕」
「あ、ああ……そうね」
言われて見ると昨日は赤かったところが思った通り青黒くなっている。
「どこでこんな………」
「人に酔って途中でテラスに出たの。明るいところから急に暗い所に出たからよくわからなくて、よろけて壁にぶつかったの」
放っておけば治るから、くれぐれも他の人には言わないでと言った。
「わかりました。痣が消えるまでは私だけでお世話します」
「ありがとう、マディソン」
お茶会の前にもう一度着替えるつもりで、シンプルなドレスに着替えた。
朝食を摂ってから、厨房に向かう。
今日のお茶会の手土産に手作りの何かをと考えていた。
手作りなんて貧相かなとは思ったが、診療所でお会いした陛下の様子なら喜んでもらえるのではないか。
陛下の好みがわからないし、ルイスレーン様も一緒に食べるなら甘さは控えめがいい。
色々考えてパウンドケーキを焼くことにした。
中身はドライフルーツを使い、少しラム酒をきかせ大人風に仕上げる。
いくつかまとめて焼いて一番綺麗な焼き色のものを選んだ。
それとは別にナッツを混ぜたビスコッティも焼く。型なしで天板に広げて焼くだけなのでよく作っていた。
一度焼いた生地を切ってまた焼く。二度焼くのがビスコッティだ。
パウンドケーキは出掛けるまで冷ましておき、後でラッピングすることにした。
「今日もおいしそうに焼き上がりましたね」
ダレクが厨房に入ってきて、厨房に広がる香りに感想を述べる。
「みんなの分もあるから後で食べてね。ビスコッティもあるから」
「それは楽しみです。そろそろ旦那様にお茶をお持ちになられますか?ビスコッティもそのつもりでお作りになられたのですよね」
「そのつもりなのだけど、食べていただけるかしら」
「もちろんです、奥さまがお作りになられたとお聞きになれば、たとえ砂糖の塊でもお食べになりますよ。実は旦那様は昨夜はお部屋でお休みになられず、書斎で仮眠を取られたのです。朝もお茶を飲まれただけで、いくら鍛えられているとは言え、心配しております」
「どうしてそんな……戦地から戻られたばかりだと言うのに……」
半年以上の不在の間に彼の侯爵としての仕事がかなり滞っていたのはわかる。ダレクからそういった管理をするのは主が不在の間は家令である彼の仕事で、領地は領地で別の者がいると聞いていた。どうしても支持を仰がなければならないことは手紙でやり取りし、そうして処理したことを確認しているらしい。
「ですから、奥様からも根を詰めすぎないようにおっしゃってください。休憩も必要ですし」
「わかったわ」
私の忠告を聞き入れてくれるかどうかわからないが、焼いたビスコッティとお茶を持って書斎に向かった。
はっと目が覚めて辺りを見渡すと、本当に暗くて狭い所にいた。
「……ここは?」
何か布のようなものに取り囲まれて、体を動かす。
伸ばした腕に固いものが当たり押しきると少しの力で動いた。
上半身から転がり出て、床に腕をついて見渡すと、そこは自分の部屋のクローゼットだった。
薄暗い部屋の様子から、夜はまだ明けていない。
急いでクローゼットから飛び出て深呼吸する。
クチャクチャになったクローゼットの中を整えて寝台に戻ってシーツを触ると、ひんやりと冷たい。
クローゼットに入っていたのはついさっきではないということだ。
こんなことは初めてだった。
一体自分に何が起こったのか。
その日はもう眠ることが出来ず朝を迎えた。
いつもの時間にマディソンが起こしに来る。
「旦那様は、もう起きているの?」
水差しから顔を洗うための水を注ぐマディソンに訊ねる。
「はい。朝早く起きられて、今はもう朝食を摂られて書斎にいらっしゃいます。一段落したら奥さまにお越しになるようにとのことです」
昨夜はいつ部屋に戻ったのだろう。少なくとも私が寝付いた後だろう。
それなのに、もう朝から仕事をしているのか。
「今日は国王陛下のお茶会ですね」
そうだった。
昼には再び王宮へ向かわなければならない。
「クリスティアーヌ様……腕」
「あ、ああ……そうね」
言われて見ると昨日は赤かったところが思った通り青黒くなっている。
「どこでこんな………」
「人に酔って途中でテラスに出たの。明るいところから急に暗い所に出たからよくわからなくて、よろけて壁にぶつかったの」
放っておけば治るから、くれぐれも他の人には言わないでと言った。
「わかりました。痣が消えるまでは私だけでお世話します」
「ありがとう、マディソン」
お茶会の前にもう一度着替えるつもりで、シンプルなドレスに着替えた。
朝食を摂ってから、厨房に向かう。
今日のお茶会の手土産に手作りの何かをと考えていた。
手作りなんて貧相かなとは思ったが、診療所でお会いした陛下の様子なら喜んでもらえるのではないか。
陛下の好みがわからないし、ルイスレーン様も一緒に食べるなら甘さは控えめがいい。
色々考えてパウンドケーキを焼くことにした。
中身はドライフルーツを使い、少しラム酒をきかせ大人風に仕上げる。
いくつかまとめて焼いて一番綺麗な焼き色のものを選んだ。
それとは別にナッツを混ぜたビスコッティも焼く。型なしで天板に広げて焼くだけなのでよく作っていた。
一度焼いた生地を切ってまた焼く。二度焼くのがビスコッティだ。
パウンドケーキは出掛けるまで冷ましておき、後でラッピングすることにした。
「今日もおいしそうに焼き上がりましたね」
ダレクが厨房に入ってきて、厨房に広がる香りに感想を述べる。
「みんなの分もあるから後で食べてね。ビスコッティもあるから」
「それは楽しみです。そろそろ旦那様にお茶をお持ちになられますか?ビスコッティもそのつもりでお作りになられたのですよね」
「そのつもりなのだけど、食べていただけるかしら」
「もちろんです、奥さまがお作りになられたとお聞きになれば、たとえ砂糖の塊でもお食べになりますよ。実は旦那様は昨夜はお部屋でお休みになられず、書斎で仮眠を取られたのです。朝もお茶を飲まれただけで、いくら鍛えられているとは言え、心配しております」
「どうしてそんな……戦地から戻られたばかりだと言うのに……」
半年以上の不在の間に彼の侯爵としての仕事がかなり滞っていたのはわかる。ダレクからそういった管理をするのは主が不在の間は家令である彼の仕事で、領地は領地で別の者がいると聞いていた。どうしても支持を仰がなければならないことは手紙でやり取りし、そうして処理したことを確認しているらしい。
「ですから、奥様からも根を詰めすぎないようにおっしゃってください。休憩も必要ですし」
「わかったわ」
私の忠告を聞き入れてくれるかどうかわからないが、焼いたビスコッティとお茶を持って書斎に向かった。
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