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第八章
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リンドバルク家の家宝であるサファイアを身につけた彼女は美しかった。
彼女が身につけてくれるだけで、宝石は何倍にも輝く。
気になるのか馬車の中で胸に輝く首飾りを触っているのを見ていると、宝石にすら嫉妬を覚える自分がいた。
二人で参加する初めての正式な夜会。
彼女にあのサファイアを身につけさせたのは、それを身につけた彼女を見たかったからだけではない。
リンドバルク家が侯爵となった際に下賜されたあのサファイアは、筆頭侯爵家の五家に伝わる他の宝飾品同様、知っているものは知っている有名な品だった。
あれを身に付けるということは侯爵家の当主の妻である証。
当主である自分が認めていることを周りに主張する意味もあった。
そして彼女に自分が望んで妻にしたのだと真摯な気持ちを伝える。
親の身分が低いとか淑女教育を受けていないとか、そんなことで彼女を蔑もうとする者から彼女自身の身を護るためにも、心に刻んでおいて欲しかった。
王宮に着き馬車を降りると忽ち周囲を取り囲まれた。
簡単に挨拶を交わしあっているうちに彼女と離ればなれになった。
どこにいるのか見渡し、カレンデュラ侯爵夫人と向き合っているのが見えた。
彼女の腰を抱き寄せ、自分の妻であることを主張すると、初めて独占欲のような気持ちがあることに気づいた。この美しい人が私の妻。大切に護りたいと思う人。
カレンデュラ夫妻の後に続いて階段を降りる私達を、先に到着していた大勢の人たちが注目する。
オリヴァー殿下の副官として戦争から戻ってきた自分に対して注目されるのは仕方がない。
男たちの視線が彼女に注がれることに苛立ちを覚えている自分がいる。
彼女が素晴らしい女性であることを自慢したいと思う気持ちと、人目に晒したくない……主に男たちの視線から隠したいと思う矛盾した気持ちがあった。
階段を降りきるとまたもや取り囲まれたが、今度は引き離されないように彼女を更に引き寄せた。
私の意図がわかっているのか、彼女も黙って寄り添ってくれる。
皇太子たち四人を相手に彼女は臆すること無くきちんと挨拶をする。
記憶喪失前、自分が知っていた彼女がこんなにそつなく社交をこなせるとは思っていなかった。
これは天性のものか、それとも勉強の成果か。
いずれにしても、殿下方が彼女に対して好意を抱いてくれたなら嬉しい。
私が彼女を見出だしたわけではないが、彼女に出会えたこと、妻にできたことは奇跡とも言える。
これで彼女とダンスを踊れば(足は何度踏まれてもいい。今夜彼女と踊るのは自分だけ)今夜は完璧な夜になる。
そう思っていたのに…………
「カメイラ国前王派の残党?愛娼まがいの側室の弟だと」
「大公はすべて処理したと言っていたのでは?」
「それが、その者は自分の背格好に似た男を替え玉にしていたようで、現在のところ行方はわかっておりません」
「それでその男はどういう人物なのだ」
夜会の始まり、オリヴァー殿下に至急お目通りをと、新生カメイラ国王から使者が送られてきた。
あの砦で大公たちの伝言を携えてきた彼は、此度もまた使者としてこうやって王宮までやって来た。
前回はこちらのとっては朗報。此度は悪い知らせだった。
「自分側の旗色が悪くなったらすかさず替え玉を仕立て上げ、身内を見捨てて逃げる辺り、用意周到で非情な男なのだろう」
陛下が眉根を寄せながらそう言うと、使者ーサルエルは大きく頷いた。
「今回の件……戦争を姉を通じて持ちかけたのも、そのアレックス・バーレーンが大きく関わっているのかも知れませんね」
私が言うと苦い顔をしながらまたもやサルエルが頷いた。
「大公様たちもそう読んでおります」
「表立っては動かず裏で糸をひいていたのか」
「はい、それゆえに首謀者とは見なされず、こちらも一族郎党処罰の対象にと捕縛に向かうのが遅れました」
口惜しそうにサルエルが拳を握りしめる。
「それで、そのアレックス・バーレーンが我が国に密かに入り込んだ可能性が高い。そういうことですね」
更に使者に向かって問いかけると、彼はゆっくりと頷いた。
「どうしてそう思うのだ?」
オリヴァー殿下が訊いた。
「第一に、カメイラではすでに彼が潜伏する場所はありません。少しでも今回の件に関わった者は全員処刑、収監されましたから。第二にベルトラン砦から少し離れた国境付近でそれらしい人物を見かけたと……山に入っていた猟師が猟師小屋で誰かが数日滞在していた様子があると通告してきました」
「ただ逃げたわけではないとしたら、こちらで彼を手引きした者があるやもしれませんね」
「ルイスレーン……いや、リンドバルク卿、我が国に内通者がいるということか」
「あくまで可能性のひとつです。闇雲に逃げただけならいずれは逃亡に疲れてどこかで失態を犯すかもしれませんが、自分は陰で糸を引き、姉や父、国王を動かしていた男が、考えもなしにこちら側へ逃げ込んでくるのかと……」
「リンドバルク卿の意見も一理ある。大公や新王もそう思うから知らせてきたのだろう」
陛下が言うと、サルエルも大いに頷いた。
彼女が身につけてくれるだけで、宝石は何倍にも輝く。
気になるのか馬車の中で胸に輝く首飾りを触っているのを見ていると、宝石にすら嫉妬を覚える自分がいた。
二人で参加する初めての正式な夜会。
彼女にあのサファイアを身につけさせたのは、それを身につけた彼女を見たかったからだけではない。
リンドバルク家が侯爵となった際に下賜されたあのサファイアは、筆頭侯爵家の五家に伝わる他の宝飾品同様、知っているものは知っている有名な品だった。
あれを身に付けるということは侯爵家の当主の妻である証。
当主である自分が認めていることを周りに主張する意味もあった。
そして彼女に自分が望んで妻にしたのだと真摯な気持ちを伝える。
親の身分が低いとか淑女教育を受けていないとか、そんなことで彼女を蔑もうとする者から彼女自身の身を護るためにも、心に刻んでおいて欲しかった。
王宮に着き馬車を降りると忽ち周囲を取り囲まれた。
簡単に挨拶を交わしあっているうちに彼女と離ればなれになった。
どこにいるのか見渡し、カレンデュラ侯爵夫人と向き合っているのが見えた。
彼女の腰を抱き寄せ、自分の妻であることを主張すると、初めて独占欲のような気持ちがあることに気づいた。この美しい人が私の妻。大切に護りたいと思う人。
カレンデュラ夫妻の後に続いて階段を降りる私達を、先に到着していた大勢の人たちが注目する。
オリヴァー殿下の副官として戦争から戻ってきた自分に対して注目されるのは仕方がない。
男たちの視線が彼女に注がれることに苛立ちを覚えている自分がいる。
彼女が素晴らしい女性であることを自慢したいと思う気持ちと、人目に晒したくない……主に男たちの視線から隠したいと思う矛盾した気持ちがあった。
階段を降りきるとまたもや取り囲まれたが、今度は引き離されないように彼女を更に引き寄せた。
私の意図がわかっているのか、彼女も黙って寄り添ってくれる。
皇太子たち四人を相手に彼女は臆すること無くきちんと挨拶をする。
記憶喪失前、自分が知っていた彼女がこんなにそつなく社交をこなせるとは思っていなかった。
これは天性のものか、それとも勉強の成果か。
いずれにしても、殿下方が彼女に対して好意を抱いてくれたなら嬉しい。
私が彼女を見出だしたわけではないが、彼女に出会えたこと、妻にできたことは奇跡とも言える。
これで彼女とダンスを踊れば(足は何度踏まれてもいい。今夜彼女と踊るのは自分だけ)今夜は完璧な夜になる。
そう思っていたのに…………
「カメイラ国前王派の残党?愛娼まがいの側室の弟だと」
「大公はすべて処理したと言っていたのでは?」
「それが、その者は自分の背格好に似た男を替え玉にしていたようで、現在のところ行方はわかっておりません」
「それでその男はどういう人物なのだ」
夜会の始まり、オリヴァー殿下に至急お目通りをと、新生カメイラ国王から使者が送られてきた。
あの砦で大公たちの伝言を携えてきた彼は、此度もまた使者としてこうやって王宮までやって来た。
前回はこちらのとっては朗報。此度は悪い知らせだった。
「自分側の旗色が悪くなったらすかさず替え玉を仕立て上げ、身内を見捨てて逃げる辺り、用意周到で非情な男なのだろう」
陛下が眉根を寄せながらそう言うと、使者ーサルエルは大きく頷いた。
「今回の件……戦争を姉を通じて持ちかけたのも、そのアレックス・バーレーンが大きく関わっているのかも知れませんね」
私が言うと苦い顔をしながらまたもやサルエルが頷いた。
「大公様たちもそう読んでおります」
「表立っては動かず裏で糸をひいていたのか」
「はい、それゆえに首謀者とは見なされず、こちらも一族郎党処罰の対象にと捕縛に向かうのが遅れました」
口惜しそうにサルエルが拳を握りしめる。
「それで、そのアレックス・バーレーンが我が国に密かに入り込んだ可能性が高い。そういうことですね」
更に使者に向かって問いかけると、彼はゆっくりと頷いた。
「どうしてそう思うのだ?」
オリヴァー殿下が訊いた。
「第一に、カメイラではすでに彼が潜伏する場所はありません。少しでも今回の件に関わった者は全員処刑、収監されましたから。第二にベルトラン砦から少し離れた国境付近でそれらしい人物を見かけたと……山に入っていた猟師が猟師小屋で誰かが数日滞在していた様子があると通告してきました」
「ただ逃げたわけではないとしたら、こちらで彼を手引きした者があるやもしれませんね」
「ルイスレーン……いや、リンドバルク卿、我が国に内通者がいるということか」
「あくまで可能性のひとつです。闇雲に逃げただけならいずれは逃亡に疲れてどこかで失態を犯すかもしれませんが、自分は陰で糸を引き、姉や父、国王を動かしていた男が、考えもなしにこちら側へ逃げ込んでくるのかと……」
「リンドバルク卿の意見も一理ある。大公や新王もそう思うから知らせてきたのだろう」
陛下が言うと、サルエルも大いに頷いた。
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