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第七章
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彼らは私を知っているらしく、親しげに近づいてくる。
側まで来て私の横にイヴァンジェリン様がいることに気づき、一瞬驚いた表情を見せたがすぐに媚びへつらう態度を見せた。
「これは……第二皇子妃様」
「まさか、クリスティアーヌとご一緒とは……ご機嫌麗しく……」
彼らが誰だか僅かにイヴァンジェリン様を見ると、彼女は何かに気づいたらしく、彼らに挨拶を返す。
「こんばんは、モンドリオール子爵…奥様も」
目の前の二人がクリスティアーヌの叔父夫婦だとわかり目を見開いて驚いた。
今朝、書斎でルイスレーン様に見せていただいた子爵家の紋章を見た時以上の重苦しさを胸に感じる。
これは『クリスティアーヌ』の記憶。
確信があった。
今、この体を支配しているのは『愛理』だが、確実に『クリスティアーヌ』もここにいる。
その彼女が必死に訴えている。
彼らへの嫌悪と恐怖を
震える足を踏ん張り、お腹の前で手を組んでこの場を耐えなければと自分を鼓舞する。
「お、お久しぶりです。モンドリオール子爵」
無理矢理作った笑顔で挨拶する。
「おいおい、何だその他人行儀な言い方は、叔父と姪の間柄ではないか」
「そうですよ。今までずっと世話をしてきたのですから、永年の恩を身分が上になったからと言って蔑ろにするものではありませんよ。そうお思いになりません?イヴァンジェリン様」
本物か偽物かわからないような金髪の巻き毛に若作りの化粧。
明らかに贅を凝らした様相の義叔母が、私の胸のサファイアを見つめながらイヴァンジェリン様に話しかける。
社交界のしきたりには疎い私でもその行いが少々無礼なことだとわかる。
「本当に恩があるなら、そうですわね」
「そうでございましょう」
イヴァンジェリン様の答えは本当に恩を感じる程のことがあったなら、と言う意味に聞こえたが叔母にはそのように聞こえなかったようだ。
我が意を得たりと満面の笑顔を向ける。
叔父の方も気づいているのか第二皇子妃に愛想笑いを浮かべているのでわからない。
「ところでリンドバルク卿は?お姿が見えないが」
「オリヴァー殿下とご一緒に少し席を外しておりますの。すぐに戻ってまいりますわ」
私に代わってイヴァンジェリン様が答えて下さる。
「さようですか……」
「お話し中、申し訳ございません、イヴァンジェリン様」
そこへ侍従の一人が彼女に声をかける。
「あちらにオーレンス前大使がいらっしゃいまして、是非お話をと」
「まあ、大使が……体調が優れず早くに職を辞されていたのに……」
イヴァンジェリン様の視線の先に白髪の老人が立っていた。
「あら、でも……」
私を残して前大使のところへ向かうことをイヴァンジェリン様は躊躇われる。
「私のことはお気になさらず……」
本当は彼らと一人残されたくはなかった。だが、ここで引き留めるのは失礼なことだ。
「姪のことは大丈夫です」
叔父も察し、前に進み出て私の横に立つ。
叔父が立った側の半身に身の毛がよだった。
一体何だというのだろう。
心臓の音が妙に大きく聞こえる。
「では少しご挨拶に行ってくるわ」
こちらを振り返り気にされながらもイヴァンジェリン様は前大使の方へと歩いていった。
「少し人のいないところで話そう」
第二皇子妃に向けていた笑顔の仮面を剥ぎ取り、横から叔父がこちらを向いた。
「イリア、お前も席を外しなさい」
「でも………」
「いいから、向こうへ行け」
叔母にも凄みを見せ黙り込ませ、叔父は私を連れて大きな窓からテラスへと出た。
すでに体はパニックに支配されていて、冷や汗がわき出ている。
頭だけが『愛理』として恐怖に打ち勝とうと叔父との会話に立ち向かう覚悟を決めていた。
「何のごようでしょう」
「何のとは、ご挨拶だな。結婚してから一度も連絡を寄越さなかったのはどういうことだ」
他人に聞かれないようにすぐ側に寄り小声で話しかける。
「え……」
『愛理』として目覚めるそより前から連絡を取っていないことに驚いた。私はもちろん彼のことを知らないので、彼と連絡を取ることをしなかったが、考えればおかしいことに気づいた。今朝の書斎でのルイスレーン様との会話から何となく叔父とクリスティアーヌの関係は上手くいっていないのだなとは思っていた。
「すいません……色々あったもので」
「まったく…いきなり侯爵と結婚だと……まったくこちらの都合も考えて欲しい……まさか侯爵家に嫁ぐとは……」
ぶつぶつと叔父は独り言を呟いている。漏れ聞こえてくる言葉から想像すると、私は叔父が知らないうちに侯爵と結婚することが決まったようだ。
「…………その、叔父様もお元気でしたか?」
彼との思い出などまったくないので、何を話せばいいのかわからない。
それより吐き気と悪寒が襲ってきて早く話を終わらせたかった。
叔父を目の前にすると何故こんな気分になるのか。
値踏みするような目で見てきたディアナ夫人やキャシディー夫人を前にする方が随分ましに思えてくる。
「元気だったかだと?何を悠長な。元気なわけがないだろう……お前もあの女の娘だな……その頭は飾りか」
『あの女』とは、クリスティアーヌの母親のことを言っているのだろうか。
叔父の瞳には蔑みが、口調には嘲りがあった。
「お前の母親は本当に気がきかない女だった。まあ、見かけはかなり良かったが、それだけで何もできなかった。別の意味で色々役にはたってくれたがな」
少しでも彼から離れようと後ろに下がるが、テラスの手すりでそれ以上下がることができない。
会場を背にして立ちテラスの方を向いている叔父の背後から灯りが差し、影になった顔が更に不気味に見えた。
側まで来て私の横にイヴァンジェリン様がいることに気づき、一瞬驚いた表情を見せたがすぐに媚びへつらう態度を見せた。
「これは……第二皇子妃様」
「まさか、クリスティアーヌとご一緒とは……ご機嫌麗しく……」
彼らが誰だか僅かにイヴァンジェリン様を見ると、彼女は何かに気づいたらしく、彼らに挨拶を返す。
「こんばんは、モンドリオール子爵…奥様も」
目の前の二人がクリスティアーヌの叔父夫婦だとわかり目を見開いて驚いた。
今朝、書斎でルイスレーン様に見せていただいた子爵家の紋章を見た時以上の重苦しさを胸に感じる。
これは『クリスティアーヌ』の記憶。
確信があった。
今、この体を支配しているのは『愛理』だが、確実に『クリスティアーヌ』もここにいる。
その彼女が必死に訴えている。
彼らへの嫌悪と恐怖を
震える足を踏ん張り、お腹の前で手を組んでこの場を耐えなければと自分を鼓舞する。
「お、お久しぶりです。モンドリオール子爵」
無理矢理作った笑顔で挨拶する。
「おいおい、何だその他人行儀な言い方は、叔父と姪の間柄ではないか」
「そうですよ。今までずっと世話をしてきたのですから、永年の恩を身分が上になったからと言って蔑ろにするものではありませんよ。そうお思いになりません?イヴァンジェリン様」
本物か偽物かわからないような金髪の巻き毛に若作りの化粧。
明らかに贅を凝らした様相の義叔母が、私の胸のサファイアを見つめながらイヴァンジェリン様に話しかける。
社交界のしきたりには疎い私でもその行いが少々無礼なことだとわかる。
「本当に恩があるなら、そうですわね」
「そうでございましょう」
イヴァンジェリン様の答えは本当に恩を感じる程のことがあったなら、と言う意味に聞こえたが叔母にはそのように聞こえなかったようだ。
我が意を得たりと満面の笑顔を向ける。
叔父の方も気づいているのか第二皇子妃に愛想笑いを浮かべているのでわからない。
「ところでリンドバルク卿は?お姿が見えないが」
「オリヴァー殿下とご一緒に少し席を外しておりますの。すぐに戻ってまいりますわ」
私に代わってイヴァンジェリン様が答えて下さる。
「さようですか……」
「お話し中、申し訳ございません、イヴァンジェリン様」
そこへ侍従の一人が彼女に声をかける。
「あちらにオーレンス前大使がいらっしゃいまして、是非お話をと」
「まあ、大使が……体調が優れず早くに職を辞されていたのに……」
イヴァンジェリン様の視線の先に白髪の老人が立っていた。
「あら、でも……」
私を残して前大使のところへ向かうことをイヴァンジェリン様は躊躇われる。
「私のことはお気になさらず……」
本当は彼らと一人残されたくはなかった。だが、ここで引き留めるのは失礼なことだ。
「姪のことは大丈夫です」
叔父も察し、前に進み出て私の横に立つ。
叔父が立った側の半身に身の毛がよだった。
一体何だというのだろう。
心臓の音が妙に大きく聞こえる。
「では少しご挨拶に行ってくるわ」
こちらを振り返り気にされながらもイヴァンジェリン様は前大使の方へと歩いていった。
「少し人のいないところで話そう」
第二皇子妃に向けていた笑顔の仮面を剥ぎ取り、横から叔父がこちらを向いた。
「イリア、お前も席を外しなさい」
「でも………」
「いいから、向こうへ行け」
叔母にも凄みを見せ黙り込ませ、叔父は私を連れて大きな窓からテラスへと出た。
すでに体はパニックに支配されていて、冷や汗がわき出ている。
頭だけが『愛理』として恐怖に打ち勝とうと叔父との会話に立ち向かう覚悟を決めていた。
「何のごようでしょう」
「何のとは、ご挨拶だな。結婚してから一度も連絡を寄越さなかったのはどういうことだ」
他人に聞かれないようにすぐ側に寄り小声で話しかける。
「え……」
『愛理』として目覚めるそより前から連絡を取っていないことに驚いた。私はもちろん彼のことを知らないので、彼と連絡を取ることをしなかったが、考えればおかしいことに気づいた。今朝の書斎でのルイスレーン様との会話から何となく叔父とクリスティアーヌの関係は上手くいっていないのだなとは思っていた。
「すいません……色々あったもので」
「まったく…いきなり侯爵と結婚だと……まったくこちらの都合も考えて欲しい……まさか侯爵家に嫁ぐとは……」
ぶつぶつと叔父は独り言を呟いている。漏れ聞こえてくる言葉から想像すると、私は叔父が知らないうちに侯爵と結婚することが決まったようだ。
「…………その、叔父様もお元気でしたか?」
彼との思い出などまったくないので、何を話せばいいのかわからない。
それより吐き気と悪寒が襲ってきて早く話を終わらせたかった。
叔父を目の前にすると何故こんな気分になるのか。
値踏みするような目で見てきたディアナ夫人やキャシディー夫人を前にする方が随分ましに思えてくる。
「元気だったかだと?何を悠長な。元気なわけがないだろう……お前もあの女の娘だな……その頭は飾りか」
『あの女』とは、クリスティアーヌの母親のことを言っているのだろうか。
叔父の瞳には蔑みが、口調には嘲りがあった。
「お前の母親は本当に気がきかない女だった。まあ、見かけはかなり良かったが、それだけで何もできなかった。別の意味で色々役にはたってくれたがな」
少しでも彼から離れようと後ろに下がるが、テラスの手すりでそれ以上下がることができない。
会場を背にして立ちテラスの方を向いている叔父の背後から灯りが差し、影になった顔が更に不気味に見えた。
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