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第七章
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ニコラス先生の所でお会いした陛下の話から、すごくみすぼらしい格好で現れたように聞いている。彼女が言う変な格好の令嬢とは、多分私で間違いない。
「変な格好?ああ、噂には聞いたわ。古くさいクローゼットの肥やしにもならないようなドレスを着た令嬢の話」
「私も聞きましたわ」
ディアナ様に追従して皆が私も私もと口々に話す。
「結局、誰にもダンスに誘ってもらえず、ずっと壁に立っていたわ。私は踊り過ぎて足が痛くなったというのに……暫く体も痛くて大変だったのよ」
ヴァネッサ嬢の周りにいる令嬢も大変でしたわねぇと囁く。
「思い出に残る素敵なデビュタントでしたのね。私でもそこまでではなかったわ」
同じく筆頭侯爵家の令嬢だったイヴァンジェリン妃のデビュタントも、きっと最高の装いの完璧なものだったのだろう。ヴァネッサ嬢だけでなく、周りにいる令嬢たちも、そしてここにいるご婦人方も、家門をかけてそれぞれ支度をして挑んだに違いない。
覚えていないとは言え、きっと私……クリスティアーヌのデビューはこの中の誰のものより悲惨なものだったと想像できる。
「あんな格好で参加しなくてはならないなら、私なら仮病を使っても参加しなかったわ。あら、もしかして、あれってあなただったのではなくて?」
初めて気づいたようにヴァネッサ嬢が言う。
「まあ、そうなんですか?」
ディアナ夫人がまさかと言った顔でこちらを見て、蔑みの籠った視線を向ける。他の皆も同じような表情だ。
「人にはそれぞれ事情というものがありますわ。デビュタントの宴に相応しい最低限の決まりはあっても、豪華にする必要はありませんもの。国が成人を迎えた子女を祝うためのものなのですから、参加していただくことが大事なのです」
イヴァンジェリン妃が助け船を出す。日本でも成人式はどこの自治体でも行われ、私の成人式の案内状にも「華美な服装はご遠慮ください」と記載されていた。実際は女性なら振り袖、男性ならビジネススーツが多かった。お金に余裕があれば両親や祖父母が購入していたが、レンタルも多い。晴れ着のレンタルをしていた会社が破綻したなどで当日着ることが出来なかった人もいるというトラブルもあったくらいだ。それでも一生に一度の機会にと皆が奮発する人もいれば、経済的事情でできない人もいたが、誰もそんなことで非難をしたり蔑んだりはしなかった。それは日本が経済的格差はあっても身分制度のない社会だったからだ。
でもここは違う。身分はきっちり分かれていて、貴族社会でも序列がある。自分たちの子どものデビュタントはそれぞれの家の威信をかけた行事なのだ。
「でもある意味、目立っていたみたいだから、案外それが狙いだったのでは?私にはとても真似はできませんけど」
ヴァネッサ嬢の意地悪な言い方に周りの令嬢方も、私もそこまではできないとクスクスと笑う。
チラリとイヴァンジェリン妃が私の顔を心配して覗き込む。
「ヴァネッサ、失礼よ。仮にも彼女は王族よ。そんな小細工などする必要がないでしょう。たとえボロを身に纏っていても、この瞳があれば、陛下もご温情をかけてくださるわ。リンドバルク卿も王族の一員になるなら他の条件は目を瞑っても受け入れられるでしょう」
この国の最高権力者にして統治者である陛下が関わっているということで、この急な結婚について彼女らなりに筋書きを予想したらしい。
そしてどんな人間であれ王族ということで陛下から目をかけてもらえ、ルイスレーン様という好条件の男性と結婚できたのだと彼女は言いたいのだ。
「それでは私たちがどんなに努力しても勝ち目はないわ。始めから負けているもの」
「ヴァネッサ、それでは彼女がまったくそれ以外魅力がないみたいに聞こえてしまうわ。彼女にも探せば他にいいところがある筈よ。殿方を魅了するようなものが……」
今度は色仕掛けで落としたようないわれようだった。
何人かの目が私の胸元に集まる。クリスティアーヌは確かに豊かだが、それをセックス・アピールのように見られたのだろう。
上司命令に逆らえなかったとルイスレーン様が思われているのも気に入らなかったが、それで彼女たちの溜飲が下がるなら、ここは私が我慢だ。
相手は筆頭侯爵夫人が二人と取り巻きのご婦人方が三人。
社交界に不慣れな小娘と向こうは私のことを思っているだろうが、中身は三十路近い。
しかも社長夫人として接待もこなしていたのだから、愛想笑いは慣れている。
「それにしても素敵な首飾りですこと……それはもしかしたらリンドバルク家のサファイアかしら」
私の首にかかる宝飾品を見てキャシディー様が言う。
「リンドバルク侯爵夫人を象徴してきた首飾りを夫婦で出席する初めての公式な夜会に付けてくるなんて素敵ね。卿も粋なことをなさるわ」
すかさずイヴァンジェリン妃がルイスレーン様の意図を読み取っておっしゃった。それを聞いて目の前の皆様の笑顔が固まる。ヴァネッサ嬢にいたっては持っている扇をぎゅっときつく握り、目をぎらつかせ口元が怒りでひきつっている。
「こんばんは、イヴァンジェリン様、皆様」
「あら、カレンデゥラ侯爵夫人、お義姉様」
そこへ新たな人物が現れた。
「変な格好?ああ、噂には聞いたわ。古くさいクローゼットの肥やしにもならないようなドレスを着た令嬢の話」
「私も聞きましたわ」
ディアナ様に追従して皆が私も私もと口々に話す。
「結局、誰にもダンスに誘ってもらえず、ずっと壁に立っていたわ。私は踊り過ぎて足が痛くなったというのに……暫く体も痛くて大変だったのよ」
ヴァネッサ嬢の周りにいる令嬢も大変でしたわねぇと囁く。
「思い出に残る素敵なデビュタントでしたのね。私でもそこまでではなかったわ」
同じく筆頭侯爵家の令嬢だったイヴァンジェリン妃のデビュタントも、きっと最高の装いの完璧なものだったのだろう。ヴァネッサ嬢だけでなく、周りにいる令嬢たちも、そしてここにいるご婦人方も、家門をかけてそれぞれ支度をして挑んだに違いない。
覚えていないとは言え、きっと私……クリスティアーヌのデビューはこの中の誰のものより悲惨なものだったと想像できる。
「あんな格好で参加しなくてはならないなら、私なら仮病を使っても参加しなかったわ。あら、もしかして、あれってあなただったのではなくて?」
初めて気づいたようにヴァネッサ嬢が言う。
「まあ、そうなんですか?」
ディアナ夫人がまさかと言った顔でこちらを見て、蔑みの籠った視線を向ける。他の皆も同じような表情だ。
「人にはそれぞれ事情というものがありますわ。デビュタントの宴に相応しい最低限の決まりはあっても、豪華にする必要はありませんもの。国が成人を迎えた子女を祝うためのものなのですから、参加していただくことが大事なのです」
イヴァンジェリン妃が助け船を出す。日本でも成人式はどこの自治体でも行われ、私の成人式の案内状にも「華美な服装はご遠慮ください」と記載されていた。実際は女性なら振り袖、男性ならビジネススーツが多かった。お金に余裕があれば両親や祖父母が購入していたが、レンタルも多い。晴れ着のレンタルをしていた会社が破綻したなどで当日着ることが出来なかった人もいるというトラブルもあったくらいだ。それでも一生に一度の機会にと皆が奮発する人もいれば、経済的事情でできない人もいたが、誰もそんなことで非難をしたり蔑んだりはしなかった。それは日本が経済的格差はあっても身分制度のない社会だったからだ。
でもここは違う。身分はきっちり分かれていて、貴族社会でも序列がある。自分たちの子どものデビュタントはそれぞれの家の威信をかけた行事なのだ。
「でもある意味、目立っていたみたいだから、案外それが狙いだったのでは?私にはとても真似はできませんけど」
ヴァネッサ嬢の意地悪な言い方に周りの令嬢方も、私もそこまではできないとクスクスと笑う。
チラリとイヴァンジェリン妃が私の顔を心配して覗き込む。
「ヴァネッサ、失礼よ。仮にも彼女は王族よ。そんな小細工などする必要がないでしょう。たとえボロを身に纏っていても、この瞳があれば、陛下もご温情をかけてくださるわ。リンドバルク卿も王族の一員になるなら他の条件は目を瞑っても受け入れられるでしょう」
この国の最高権力者にして統治者である陛下が関わっているということで、この急な結婚について彼女らなりに筋書きを予想したらしい。
そしてどんな人間であれ王族ということで陛下から目をかけてもらえ、ルイスレーン様という好条件の男性と結婚できたのだと彼女は言いたいのだ。
「それでは私たちがどんなに努力しても勝ち目はないわ。始めから負けているもの」
「ヴァネッサ、それでは彼女がまったくそれ以外魅力がないみたいに聞こえてしまうわ。彼女にも探せば他にいいところがある筈よ。殿方を魅了するようなものが……」
今度は色仕掛けで落としたようないわれようだった。
何人かの目が私の胸元に集まる。クリスティアーヌは確かに豊かだが、それをセックス・アピールのように見られたのだろう。
上司命令に逆らえなかったとルイスレーン様が思われているのも気に入らなかったが、それで彼女たちの溜飲が下がるなら、ここは私が我慢だ。
相手は筆頭侯爵夫人が二人と取り巻きのご婦人方が三人。
社交界に不慣れな小娘と向こうは私のことを思っているだろうが、中身は三十路近い。
しかも社長夫人として接待もこなしていたのだから、愛想笑いは慣れている。
「それにしても素敵な首飾りですこと……それはもしかしたらリンドバルク家のサファイアかしら」
私の首にかかる宝飾品を見てキャシディー様が言う。
「リンドバルク侯爵夫人を象徴してきた首飾りを夫婦で出席する初めての公式な夜会に付けてくるなんて素敵ね。卿も粋なことをなさるわ」
すかさずイヴァンジェリン妃がルイスレーン様の意図を読み取っておっしゃった。それを聞いて目の前の皆様の笑顔が固まる。ヴァネッサ嬢にいたっては持っている扇をぎゅっときつく握り、目をぎらつかせ口元が怒りでひきつっている。
「こんばんは、イヴァンジェリン様、皆様」
「あら、カレンデゥラ侯爵夫人、お義姉様」
そこへ新たな人物が現れた。
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