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第七章
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階段を降りきると、忽ち大勢の人に取り囲まれた。
馬車止まりでのことがあって、今度は私が人々に押されてはぐれてしまわないよう、ルイスレーン様がしっかりと私を引き寄せてくれる。
決して無理矢理ではなく添えられる彼の腕の強さに、あなたは私の側にいていいのだと言ってもらえているようで、それが私の気持ちに安堵をもたらす。
「戦勝おめでとう」
「ご無事のご帰還何よりですな」
「あちらはどうでしたか?」
「長い間、大変でしたね」
口々に労を労う言葉が飛び交い、「ありがとうございます」「私だけの功績ではありません」と受け答えしている。
「戦争には勝ちましたが、もっと早くに終結していたら、救えた命もあったかと思うと無念でなりません」
戦争は多くの命を犠牲にする。戦争のない時代の日本に生まれ育った『愛理』からすれば現実味のないことだが、ルイスレーン様にとっては生々しい現実だ。
貴族の中には軍に属して戦地へ行った方もいるが、今この場にいる方々は殆どが実際に自分が戦う必要がない人達ばかりだ。
そんな彼らの戦勝を喜ぶ言葉と、彼に向けられる称賛の声は、もしかしたらルイスレーン様には辛いものなのかもしれない。
思わず彼の腕に添える手に力を込める。
「それはそうと、驚きました。ご結婚されていたのですね」
「こちらが奥方ですか」
「その瞳は………どちらのご令嬢でしたか」
「あまり夜会でお見かけしたことがなかったですね」
「このような可憐な方をどこで見つけられたのですか」
「なかなかご成婚されなかったのは、彼女のような方を待っていたのですね」
ルイスレーン様に話しかけていた方々が、今度は私に注目する。
あまりに皆が注目するので何だか居たたまれなくなる。
「そうです。彼女に出会えたことは私にとって何よりの幸運。彼女はあまり社交に慣れておりません。失礼の程はご容赦を」
ルイスレーン様がそう言って私の手を取り手の甲に唇を寄せる。
手袋をしていてもその温かさが伝わる。
新婚らしいと言えばそうだが、周囲囲んでいる人達が一瞬言葉を失った。
「いやはや、初々しい。卿のそのような姿を拝見できるとは……」
「戦争で卿も永く花嫁と離れていらっしゃったようだから、無理もない」
その時、ダンダンと床を叩く音が響いた。
「国王陛下、皇太子殿下、第二皇子殿下、並びにお妃様方のご入場です」
その言葉を聞いて、さっと人々が動き壇上に向かって整列をして頭を下げた。
カツカツとした数人の足音が聞こえて、やがて足音が止まる。
「皆のもの、今夜はよく集まってくれた。面をあげよ」
朗々と国王陛下の声が響き、それを合図に全員が顔を上げた。
「永く続いていたカメイラとの戦が終結した。多くの兵士が犠牲になった。まずは彼らの祖国へ捧げた忠誠に感謝し、冥福を祈って黙祷を捧げる」
陛下がそう言うと、陛下たちの登場を告げた侍従が声を張り上げた。
「黙祷!」
男性は胸に拳を当て、女性は両手を胸の前で組んで黙祷を捧げる。
イライザさんと訪問した遺族の方々の顔が思い浮かぶ。
また彼女たちのように夫や子ども、父親を亡くした人が増え、彼らにあった筈の未来が奪われたことに心が痛む。
もしかしたらその中にルイスレーン様も加わっていたかもしれないと思い、ちらりと目を開けて彼の顔を見ると、何だか泣いているように見えて、慌てて顔を下に向け、下ろしている手にそっと触れると、驚いて彼がこちらを見た。
亡くなった兵士たちを思い悲しむ彼が誇らしかった。亡くなった方たちを甦らすことは誰にもできない。
彼が亡くなった人達を思いそれを悼むなら、私はそんな彼に寄り添うだけしかできない。
この先『愛理』が消えて『クリスティアーヌ』と入れ替わることがあっても、彼を恐れず側に寄り添って欲しいと思う。
黙祷の終了とともに静寂が破られる。
「それでは戦争終結の宴を始める。まずは今回軍を率いた総大将であり我が息子、オリヴァーに新たな勲章を授ける」
国王の言葉を聞いて広場にいた皆が歓声をあげ拍手する。
「オリヴァーはこちらへ」
国王の側に台座に乗せた勲章を持った侍従が近付き、壇上に居た殿下が陛下の前でひざまずく。
「エリンバウア第七十代国王、ダリウス・ハイル・エリンバウアの名において、ここに今回の総大将であるオリヴァー・ドゥミエ・エリンバウアに功労勲章を授ける」
「謹んでお受けいたします」
台座から勲章を取り上げた陛下の前で、殿下が立ち上がり、その胸に勲章を取り付けて貰う。
それが終わると殿下がこちらを振り向き、広場にいる皆に向かって片手を上げると、再び拍手喝采が沸き起こった。
「この勲章は私一人に与えられたものではない。犠牲となって命を落とした同胞や、同士諸君の尽力の賜物である。カメイラのクーデターにより体制が変わり戦争が終わったが、二度と争いが起こらないよう今後も陛下や皇太子殿下とともに尽力する所存だ」
殿下の宣言に三度歓声が上がる。
陛下に再び礼をして元の位置に戻る際に、殿下がこちらに視線を向けたように思った。
ルイスレーン様は背が高いので、群衆の中にいても目立つのだろう。
殿下が元の場所に辿り着き陛下が侍従に目配せすると、それと同時にグラスを乗せたお盆を持った給仕の者たちが一斉に入ってきて皆に配り出した。
大勢の人々の合間を、あっという間に彼らは歩いてものの五分程度でグラスを配り終えた。
「皆にグラスは行き渡ったか?」
陛下が一同を見渡し確認する。
「では、ささやかながらの祝宴を楽しんでくれ」
「陛下並びに王室の皆様に幸あらんことを!エリンバウアに栄光を!」
誰かが叫んで皆が口々に「乾杯!」と叫んでグラスを傾け、宴が始まった。
馬車止まりでのことがあって、今度は私が人々に押されてはぐれてしまわないよう、ルイスレーン様がしっかりと私を引き寄せてくれる。
決して無理矢理ではなく添えられる彼の腕の強さに、あなたは私の側にいていいのだと言ってもらえているようで、それが私の気持ちに安堵をもたらす。
「戦勝おめでとう」
「ご無事のご帰還何よりですな」
「あちらはどうでしたか?」
「長い間、大変でしたね」
口々に労を労う言葉が飛び交い、「ありがとうございます」「私だけの功績ではありません」と受け答えしている。
「戦争には勝ちましたが、もっと早くに終結していたら、救えた命もあったかと思うと無念でなりません」
戦争は多くの命を犠牲にする。戦争のない時代の日本に生まれ育った『愛理』からすれば現実味のないことだが、ルイスレーン様にとっては生々しい現実だ。
貴族の中には軍に属して戦地へ行った方もいるが、今この場にいる方々は殆どが実際に自分が戦う必要がない人達ばかりだ。
そんな彼らの戦勝を喜ぶ言葉と、彼に向けられる称賛の声は、もしかしたらルイスレーン様には辛いものなのかもしれない。
思わず彼の腕に添える手に力を込める。
「それはそうと、驚きました。ご結婚されていたのですね」
「こちらが奥方ですか」
「その瞳は………どちらのご令嬢でしたか」
「あまり夜会でお見かけしたことがなかったですね」
「このような可憐な方をどこで見つけられたのですか」
「なかなかご成婚されなかったのは、彼女のような方を待っていたのですね」
ルイスレーン様に話しかけていた方々が、今度は私に注目する。
あまりに皆が注目するので何だか居たたまれなくなる。
「そうです。彼女に出会えたことは私にとって何よりの幸運。彼女はあまり社交に慣れておりません。失礼の程はご容赦を」
ルイスレーン様がそう言って私の手を取り手の甲に唇を寄せる。
手袋をしていてもその温かさが伝わる。
新婚らしいと言えばそうだが、周囲囲んでいる人達が一瞬言葉を失った。
「いやはや、初々しい。卿のそのような姿を拝見できるとは……」
「戦争で卿も永く花嫁と離れていらっしゃったようだから、無理もない」
その時、ダンダンと床を叩く音が響いた。
「国王陛下、皇太子殿下、第二皇子殿下、並びにお妃様方のご入場です」
その言葉を聞いて、さっと人々が動き壇上に向かって整列をして頭を下げた。
カツカツとした数人の足音が聞こえて、やがて足音が止まる。
「皆のもの、今夜はよく集まってくれた。面をあげよ」
朗々と国王陛下の声が響き、それを合図に全員が顔を上げた。
「永く続いていたカメイラとの戦が終結した。多くの兵士が犠牲になった。まずは彼らの祖国へ捧げた忠誠に感謝し、冥福を祈って黙祷を捧げる」
陛下がそう言うと、陛下たちの登場を告げた侍従が声を張り上げた。
「黙祷!」
男性は胸に拳を当て、女性は両手を胸の前で組んで黙祷を捧げる。
イライザさんと訪問した遺族の方々の顔が思い浮かぶ。
また彼女たちのように夫や子ども、父親を亡くした人が増え、彼らにあった筈の未来が奪われたことに心が痛む。
もしかしたらその中にルイスレーン様も加わっていたかもしれないと思い、ちらりと目を開けて彼の顔を見ると、何だか泣いているように見えて、慌てて顔を下に向け、下ろしている手にそっと触れると、驚いて彼がこちらを見た。
亡くなった兵士たちを思い悲しむ彼が誇らしかった。亡くなった方たちを甦らすことは誰にもできない。
彼が亡くなった人達を思いそれを悼むなら、私はそんな彼に寄り添うだけしかできない。
この先『愛理』が消えて『クリスティアーヌ』と入れ替わることがあっても、彼を恐れず側に寄り添って欲しいと思う。
黙祷の終了とともに静寂が破られる。
「それでは戦争終結の宴を始める。まずは今回軍を率いた総大将であり我が息子、オリヴァーに新たな勲章を授ける」
国王の言葉を聞いて広場にいた皆が歓声をあげ拍手する。
「オリヴァーはこちらへ」
国王の側に台座に乗せた勲章を持った侍従が近付き、壇上に居た殿下が陛下の前でひざまずく。
「エリンバウア第七十代国王、ダリウス・ハイル・エリンバウアの名において、ここに今回の総大将であるオリヴァー・ドゥミエ・エリンバウアに功労勲章を授ける」
「謹んでお受けいたします」
台座から勲章を取り上げた陛下の前で、殿下が立ち上がり、その胸に勲章を取り付けて貰う。
それが終わると殿下がこちらを振り向き、広場にいる皆に向かって片手を上げると、再び拍手喝采が沸き起こった。
「この勲章は私一人に与えられたものではない。犠牲となって命を落とした同胞や、同士諸君の尽力の賜物である。カメイラのクーデターにより体制が変わり戦争が終わったが、二度と争いが起こらないよう今後も陛下や皇太子殿下とともに尽力する所存だ」
殿下の宣言に三度歓声が上がる。
陛下に再び礼をして元の位置に戻る際に、殿下がこちらに視線を向けたように思った。
ルイスレーン様は背が高いので、群衆の中にいても目立つのだろう。
殿下が元の場所に辿り着き陛下が侍従に目配せすると、それと同時にグラスを乗せたお盆を持った給仕の者たちが一斉に入ってきて皆に配り出した。
大勢の人々の合間を、あっという間に彼らは歩いてものの五分程度でグラスを配り終えた。
「皆にグラスは行き渡ったか?」
陛下が一同を見渡し確認する。
「では、ささやかながらの祝宴を楽しんでくれ」
「陛下並びに王室の皆様に幸あらんことを!エリンバウアに栄光を!」
誰かが叫んで皆が口々に「乾杯!」と叫んでグラスを傾け、宴が始まった。
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