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第六章

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「お願いがあります」

改まって隣に座る彼の方に向き直る。

「何だ?」

突然居ずまいを正して向き直った私に、彼も少し緊張した様子で訪ね返す。

「この前、お手紙で王宮のお茶会でルイスレーン様の部下のアッシェハルク様の奥様とお会いしたと書きました」
「覚えている。確かイザベラという名前だったか」
「はい。彼女はお仲間の何人かと夫や息子を戦争で亡くした遺族を訪問して色々相談に乗ったり支援をしたりされています」
「その話はアッシェハルクからも聞いたことがある。兵士たちにとっても、もし自分に何かあった時に気に掛けてくれる人達がいると知れば心強い」
「そうなのです。そのお話を伺い、私もお手伝いをと申し出ました」
「あなたが?」

意外なことを聞かされて彼も驚いて訪ね返す。

「記憶を失くして頼りない私が人助けなどとお思いでしょうが……」

「そんなことはない。純粋に驚いているだけだ。あなたがそういうことに興味を持つとは思わなかった。誤解しないで欲しい。良い意味で言っている」

「わかっています。貴族の妻らしからぬことだと。実際にこの活動を行っているのは平民の方々ばかりです。イザベラさんも金銭的支援が貰えればとお話を持ちかけただけのようですし」

「具体的にはどんなことを?」

「訪問して暮らしぶりで困ったことがないか訊いて回ります。単にお話をして終わりの時もありますが……お菓子を作って持っていくこともあります」

「自分で作るのですか?」

「簡単なものですが……厨房の皆さんにもお手伝いいただきます。それで……あの、これからもその活動に加わりたいのです。だめでしょうか?」

「どうやって訪問しているのですか?」

「イザベラさんのところまで誰かに送ってもらい、そこからは主に歩いて回ります。帰りもイザベラさんのところまで迎えに来てもらって………」

「一人で?」

「いえ、いつも誰かと二人で…効率が悪いので一人で回ると言ったのですが、さすがに皆さんも侯爵夫人を一人ではと……」

「当然です。本当なら徒歩もどうかと……必要なら侯爵家の馬車を使っても」

「そんなことをしたら皆さん縮み上がってしまいます。ただでさえ私がルイスレーン様の妻だと聞くと皆さん恐縮して打ち解けてくださらないのに………」

「しかし、女二人で王都中を歩くのですよね。仮にもあなたは貴族の奥方だ。活動は素晴らしいし手助けしたいと思う気持ちは認めるが……」

活動については好意的に受け取ってくれたようだが、まさかそんなところで異議を唱えられるとは思っていなかった。
これでは診療所でのことも何と言われるかわからない。

「お願いとはそれだけですか?」

「いえ……」

「他にも?」

諸手を上げて賛成してもらえると思っていたイザベラさんたちの活動への参加についての話がうまく行かず、出鼻を挫かれた気持ちになったが、少なくとも頭ごなしには怒られてはいない。
小出しにするよりはと覚悟を決めてもうひとつの件についても切り出した。

「実は……これも以前お手紙で書きましたが、フォルトナー先生のお友達のニコラス・ベイル氏が診療所を開いたことについてですが」

「先生からの紹介で記憶喪失のことも相談したのだったな。それから支援をしたいとも書いていたが」

私が手紙に書いたことを覚えていてくれたことに驚いた。
前の夫は簡単なメールの文章すら既読スルーすることもあった。

小さく感動していると、話の続きを待っているルイスレーン様に気付いて慌てて話を続ける。

「はい。その支援というのはお金のことだけではありません」

「……と言うと?」

「ニコラス先生は診療所に通う者たちの子どもを預かる施設を作られ、そこで子どもたちの世話をする人材を求められていました」

そこで一度言葉を切りルイスレーン様の様子を窺う。私の話に耳を傾けてくれる方だとわかっているが、その表情から私の話に興味を持ってくれているのかはわからない。

「それで私が……私がそのお手伝いをしています」

膝の上に置いたままの彼の手がピクリと動いた。

「つまり、あなたがその人達の子どもの世話をしていると」

何故かさっきよりは驚きが小さいように思うが、少々のことでは動じないだけかもしれない。

しんとした沈黙が流れた。


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