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第六章

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なぜそう感じたのかわからない。
胸の奥がちくりと痛み、言い知れない恐怖が沸き上がる。

モンドリオール子爵家の紋章など『愛理』は知らない。

ならこれは『クリスティアーヌ』の記憶?

「どうした?」

横からルイスレーン様が私の顔を覗き込む。

「何か思い出したのか?」

「いえ……そう言うわけでは」

胸を押さえ微かに首を振る。

「何かを思い出したわけではないのだな」
「すいません……」
「責めているわけではない。あなたの生家のことを知れば何か思い出すかとも思ったが……余計なことをした」

胸の疼きは沸き起こった時と同じようにすぐに消えた。

モンドリオール子爵家の家紋が目に入った途端、胸が恐怖で震えた。

何だったのだろう。

「具合が悪いならもう止めておくか?今日無理に覚えなくても……」
「いえ続けてください。私のためにやっていただいているのですよね。それなら尚更……ルイスレーン様のご迷惑でなければ」
「迷惑とは思っていない。あなたがそう言うなら続けよう」

再びモンドリオール子爵のページに視線を移す。
やっぱり何か嫌な気持ちになったが、さっき見た程の衝撃はない。

「あなたは殆ど社交界に顔を出していなかったみたいだから、他の方々の顔は知らなくても誰も不審に思わないし、初めましてで通るが、叔父君であるモンドリオール子爵はそういうわけにいかない。あなたは彼のことも忘れているのだろう?」

忘れたというよりは知らないと言った方が正しいが、黙って頷いた。
ふと、疑問に思ったことを彼に訊ねた。

「叔父は、私たちの結婚式には参列したのでしょうか」

「参列はしていない。侯爵家と子爵家では付き合いも違ってくるからだ。あなたも私も両親はいないし兄弟もいない。参列者は我が家の使用人と陛下が遣わした見届け人、それからあなたの父親役の私の部下。後は神父様だけで我が家の礼拝堂で行った」

「叔父は納得しておりましたか?」

姪の結婚式に参列したかったのではないかと思い訊ねた。
叔父とクリスティアーヌがどれくらい仲が良かったのかわからないが、彼の兄が亡くなって、その遺族である妻子の面倒をずっと見てくれていた人である。ルイスレーン様は少し間を空けてから「いいや」と言った。

何か私に隠している様子だったが、話さないと言うことは聞かせたくないことなのかも知れない。
ルイスレーン様と結婚する前の『クリスティアーヌ』の暮らしぶりがけっして楽ではなかったと訊いているので、やはりあまり良い関係とは言えないのかもしれない。

「私は叔父とはあまりうまくいっていなかったのですね」

クリスティアーヌの唯一の肉親と言っていい叔父と疎遠だったと聞いても、彼女の父母のことすら知らないので、寂しさも感じない。

「あなたの口から何か聞いたわけではない。だが、あなたやあなたの母君の生活ぶりを聞くと、決して良好な関係とは言えなかったと思う。実際、あなたたちの生活を維持するためのお金を使用人が遣い込んでいたらしく、そのことを子爵は気づかなかった。頻繁に様子を見に行っていればすぐにわかった筈だ」

予想はしていたが、やっぱりそうなんだと思っただけで、やはり現実感はない。

「ちょうどあなたの父君が亡くなった頃、陛下も王妃様を亡くされ、すぐにあなたたち親子のことに気づいてあげられなかったと、陛下も後悔されている。過去のことはどうしようもないが、私の側にいる限りは不自由はさせない。やりたいことがあるなら、何でも言って欲しい。できるだけのことはしよう」

クリスティアーヌの父の死と王妃様の亡くなった時期が重なっていたことはニコラス先生のところで直接陛下から聞いて知っていた。
一介の子爵の死と王妃の死。どちらも人の命には変わりないが、注目を浴びるのは王妃の死の方だろう。
しかも陛下には伴侶である女性のことだ。
他のことに気が回らなくても仕方ない。

それよりも今のルイスレーン様の言葉を聞いて、あのことを話すチャンスだと思った。
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