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第六章

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次の日の朝、目が覚めると、朝食後に書斎へ来るようにというルイスレーン様の伝言があった。

ニコラス先生の所へ通わない日は毎朝八時には起きていた。

夕べのことがあって気まずさはあったが、同じ家に住んで夫婦である限りはいつまでも避けて通れない。

ある意味呼び出してくれたことで問題を先送りしなくて済む。

それに、気にしているのは私だけで、本人はもしかしたら何とも思っていないかもしれない。

腰回りのゆったりとした薄い黄色のワンピースをチョイスし、髪は斜め横で軽く同じ色のリボンで結わえる。

書斎は勉強のために必要な書籍を借りたりして出入りしたことはあるが、旦那様の領域なので極力足を踏み入れないようにしていた。

「ルイスレーン様」

訪れると、うず高く積まれた書類の山に埋もれてルイスレーン様が座っていた。

遠征から戻ってすぐに仕事を始めて、この人には休みというものがないのだろうか。

一度声をかけるが、彼は書類仕事に没頭しているのかすぐに返事が返ってこない。

「ルイスレーン様」

続けて二度名を呼ぶと、彼はようやく気づいたのか、こちらを見た。

「そこに掛けて待っていてくれるか」
「私のことはお気になさらず……本を見ていてもよろしいですか?」

天井までの書棚にびっしり並んだ本の数々を眺めながら、いくつか手にとって中身を見ては戻す。
比較的今の私でも読める本は手の届く範囲にあり、上に行くほど本も分厚く難しそうなタイトルばかりになっていく。

「これが読みたいのか?」

タイトルが目についてどんな内容だろうと手を伸ばした本を、いつの間にか後ろに立っていたルイスレーン様が手を伸ばし書棚から取り出した。

「!」

振り向くとすぐ後ろに立っていて、今取った本のタイトルを確認している。

白いシャツの襟元のボタンをいくつか開けているので、喉から鎖骨がよく見える。

「これは国内の名所旧跡を紹介している。挿し絵もあって読みやすいのではないかな」

確かにさっきまで机に向かっていた。立ち上がる音も歩いてくる音も聞こえなかった。

侯爵家の使用人が忍者かくノ一かと思ったら、その主も忍者。主人だから頭領? いや、彼の様子ならコードネームは●●7か。

忍者スタイルやスタイリッシュなスーツに身を包んだ彼を想像して口元が緩む。

「どうした?」

「いえ………」

すぐ後ろに立たれたので、すすすと横に移動して距離を取る。

「すまない。驚かせてしまったようだ」

「ちょっとびっくりしましたけど大丈夫です。お仕事はもういいのですか?」

机の上のまだ山積みになった書類を見て訊ねる。

「急ぎの分は目を通した。あれは既に処理が終わった案件だ」

言いながら手に持った本を私に差し出す。あれだけの書類に目を通すだけでもすごく時間がかかるだろう。一体いつから仕事をしているのだろう。

「読みたかったのではないのか?」
「いえ、待っている間に見ていただけですから……それで、私に御用とは」

今さっき棚から抜いた本を差し出して訪ねられたので、軽く首を振った。

「夕べは……よく眠れたか?」

しばしの沈黙の後にようやく口にした言葉だった。

本を元の位置に戻して、同じ棚の本を眺めながら、私の答えを待っている。
その横顔を眺め、夕べ触れた唇に知らず知らず目が行って慌てて視線を反らした。

「はい……」

「そうか、それはよかった」

明らかにほっとしている。普通なら眠れないところだろうが、悲しいかな、疲れはてて夢も見ずに眠ってしまった。

「ルイスレーン様は……もしかしてこちらで?」

書類の山を見て訊ねると、「早くに目が覚めて……」とおっしゃった。
徹夜ではなかったらしいと聞いて少し安堵した。

「きちんと横になって休まれませんと、疲れが取れませんよ。体力に自信がおありなのかも知れませんが、無理はなさらないでください」

彼の体力がとれほどかわからないが、戻ったばかりでいきなり朝早くから働くなんて無茶だ。

「昨晩はすまなかった……泣かせるつもりではなかった」

私の顔色を見ながら話し始める。

「お気になさらないでください。事故だと思って忘れます」

今朝になって夕べのことを思いだし、後悔しているのなら、私もいつまでも引き摺らないで忘れるべきだと思った。

「いや、忘れられては困る」
「え?」

「あなたとの時間が楽しかったのは私も一緒だ。思いがけずあなたからも楽しかったと言う言葉が聞けて、有頂天になった」

「わ、わかりましたから」

ルイスレーン様と本棚に挟まれて私は身動きが取れなかった。
迫る彼の胸に手を突っぱね必死で距離を取ろうとしたが、掌に彼に鼓動が伝わり逆効果だと悟った。
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