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第六章
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ルイスレーン様のエスコートで音楽室に入ると、そこはうっすらとした灯りが灯されていた。
「音楽はないのでこれで我慢してください」
ピアノの上にメトロノームを置いて、それで調子を取るみたいだ。
「何だか暗くないですか?」
「物にぶつからない程度には明るい。少し暗い方が目の力に頼らずダンスに集中できる」
そう言われればそんなものかと思ってしまう。
「さあ、こちらへ。ここに左手を置いて。右手はこの手の上に」
真ん中に立ち自分の右肩を叩いてから左手を差し出す。
おずおずと近付いて言われた位置に手を置くと、右腕で腰を押されて体が密着する。
「慣れないだろうが、私たちは夫婦だ。そんなに離れていては不自然に思われる」
驚いて顔を見上げると、ルイスレーン様の顔が目の前にあった。
「もう少し楽にして……始めても?」
楽にしろと言われてもどう楽にすればいいのかわからない。
無言のままこっくりと頷く。
「三拍子で始めてくれ」
彼がそう言うと、ダレクがメトロノームを動かした
「私に合わせて」
優しく囁かれ、彼の動きについていこうとステップを踏む。
「す、すいません」
数歩で足を踏んでしまい、謝って下を向いて足元を見る。
「謝らなくていい。それより上を向いて……難しければ私の胸の辺りを見ていればいい」
顔を見ると緊張するので、言われるままに真っ直ぐに首を立てて襟元のスカーフを見つめる。
これで顔は見なくて緊張が和らぐかと思ったが、握られた手の感触や背中に回された腕の力強さ、上半身に触れる筋肉質の体。意識するところが多過ぎてダンスどころではない。
最初は緊張のあまり何度か足を踏んだが、無駄のない彼の動きに合わせているうちに、足を踏む回数は減っていった。
二曲目の時は殆ど足を踏むことなく踊り、三曲目では一度も踏まなかった。
「随分上達したが、明日は私以外の人とは踊らない方がいい」
最後のあいさつでお辞儀が終わるとルイスレーン様が呟いた。
「……そうですよね」
情けなくて涙目で見上げる。
軽く息が上がり肩で息をする私に比べルイスレーン様はまるで変化がなさそうだ。
「あなたが悪いと言っていない。私なら多分上手くリードできるが、他の人とはどうかわからないからだ」
彼の言うことももっともだ。初めての人とダンスを踊っても足を踏まない自信はない。
彼だからこそ、うまくリードしてくれたのだ。
決して私が上達したわけではない。
「疲れたのではないか?」
「ルイスレーン様こそ」
ことあるごとに私を気遣ってくれる優しさに返って居心地の悪さを感じてしまうのは甘えかたを知らないからかも知れない。
「明日も長い一日になる。もうこれくらいにしておこう」
動いていたメトロノームを止めにルイスレーン様が動く。
ピアノの前にいたダレクがまたもやいつの間にかいなくなっていた。
今まで気づかなかったが、ここの使用人はダレクを始め忍者かなにかではないかと疑ってしまう。
ルイスレーン様が私に向かって肘を曲げた腕を差し出す。そこに手を掛けると扉に向かって歩きだした。
彼にエスコートされることが嫌ではない自分がいて、細かいことは気にしないことに決めた。
これが侯爵家の習わしなのかも知れない。
音楽室を出るとすぐ前の廊下にダレクたちが待ち構えていた。
「今夜はもう休むことにする」
「畏まりました」
ダレクが目配せすると何人かが片付けのために入れ替わりで音楽室に入っていった。
そのままエスコートされて階段を上がりそれぞれの部屋の前にたどり着いた。
ワインとダンスで頬が火照っているのがわかる。
私より遥かにたくさんの量を飲んでいたルイスレーン様は大丈夫なのかと顔を見上げる。
「……どうした?」
「いえ、今日はお疲れのところお付き合いいただきありがとうございました。その………とても楽しかったです」
腕から手を離し、スカートの横を掴んで軽く会釈する。
「礼には及ばない……私も……楽しかった」
「本当ですか?」
思わぬ言葉に嬉しくて顔あげて目を合わせる。
「私……一人で勝手におしゃべりして煩かったのではないかと…それに、ダンスでも足を踏んでばかりで……足の大きさが倍になっているのではと」
「あなたの体重など……羽が触れたようにしか感じなかった」
「それは……大袈裟です。私はそれほど軽くありません」
「大袈裟ではない……とにかく…今夜は楽しかった」
もう一度楽しかったという言葉を聞いて、泣きそうになった。
「…………なぜ泣く?」
浮かんだ涙を見てルイスレーン様の顔が強張るのがわかった。
女の涙など、好きな女性のものなら効果があるが、何とも思っていない相手には迷惑なだけだろう。
「も、申し訳ありません……悲しいわけでは……」
悲しくて泣いているのではないと言いたかったのだが、アルコールとダンスで分泌されたアドレナリンのせいか、興奮して涙を止めることができない。
「謝るなと言っている」
「申し訳……」
「それ以上謝るな。それ以上言うなら……」
「……言うなら?」
少し躊躇った後にルイスレーン様が二人の間にあった距離を大きな一歩で詰めてきた。
何をするつもりかと思った瞬間、彼の手が私の肩と頭の後ろに回り、彼の顔が近づいてきた。
「……!」
何をされるのかと思って身構えると、額に軽く彼の唇が触れた。
「音楽はないのでこれで我慢してください」
ピアノの上にメトロノームを置いて、それで調子を取るみたいだ。
「何だか暗くないですか?」
「物にぶつからない程度には明るい。少し暗い方が目の力に頼らずダンスに集中できる」
そう言われればそんなものかと思ってしまう。
「さあ、こちらへ。ここに左手を置いて。右手はこの手の上に」
真ん中に立ち自分の右肩を叩いてから左手を差し出す。
おずおずと近付いて言われた位置に手を置くと、右腕で腰を押されて体が密着する。
「慣れないだろうが、私たちは夫婦だ。そんなに離れていては不自然に思われる」
驚いて顔を見上げると、ルイスレーン様の顔が目の前にあった。
「もう少し楽にして……始めても?」
楽にしろと言われてもどう楽にすればいいのかわからない。
無言のままこっくりと頷く。
「三拍子で始めてくれ」
彼がそう言うと、ダレクがメトロノームを動かした
「私に合わせて」
優しく囁かれ、彼の動きについていこうとステップを踏む。
「す、すいません」
数歩で足を踏んでしまい、謝って下を向いて足元を見る。
「謝らなくていい。それより上を向いて……難しければ私の胸の辺りを見ていればいい」
顔を見ると緊張するので、言われるままに真っ直ぐに首を立てて襟元のスカーフを見つめる。
これで顔は見なくて緊張が和らぐかと思ったが、握られた手の感触や背中に回された腕の力強さ、上半身に触れる筋肉質の体。意識するところが多過ぎてダンスどころではない。
最初は緊張のあまり何度か足を踏んだが、無駄のない彼の動きに合わせているうちに、足を踏む回数は減っていった。
二曲目の時は殆ど足を踏むことなく踊り、三曲目では一度も踏まなかった。
「随分上達したが、明日は私以外の人とは踊らない方がいい」
最後のあいさつでお辞儀が終わるとルイスレーン様が呟いた。
「……そうですよね」
情けなくて涙目で見上げる。
軽く息が上がり肩で息をする私に比べルイスレーン様はまるで変化がなさそうだ。
「あなたが悪いと言っていない。私なら多分上手くリードできるが、他の人とはどうかわからないからだ」
彼の言うことももっともだ。初めての人とダンスを踊っても足を踏まない自信はない。
彼だからこそ、うまくリードしてくれたのだ。
決して私が上達したわけではない。
「疲れたのではないか?」
「ルイスレーン様こそ」
ことあるごとに私を気遣ってくれる優しさに返って居心地の悪さを感じてしまうのは甘えかたを知らないからかも知れない。
「明日も長い一日になる。もうこれくらいにしておこう」
動いていたメトロノームを止めにルイスレーン様が動く。
ピアノの前にいたダレクがまたもやいつの間にかいなくなっていた。
今まで気づかなかったが、ここの使用人はダレクを始め忍者かなにかではないかと疑ってしまう。
ルイスレーン様が私に向かって肘を曲げた腕を差し出す。そこに手を掛けると扉に向かって歩きだした。
彼にエスコートされることが嫌ではない自分がいて、細かいことは気にしないことに決めた。
これが侯爵家の習わしなのかも知れない。
音楽室を出るとすぐ前の廊下にダレクたちが待ち構えていた。
「今夜はもう休むことにする」
「畏まりました」
ダレクが目配せすると何人かが片付けのために入れ替わりで音楽室に入っていった。
そのままエスコートされて階段を上がりそれぞれの部屋の前にたどり着いた。
ワインとダンスで頬が火照っているのがわかる。
私より遥かにたくさんの量を飲んでいたルイスレーン様は大丈夫なのかと顔を見上げる。
「……どうした?」
「いえ、今日はお疲れのところお付き合いいただきありがとうございました。その………とても楽しかったです」
腕から手を離し、スカートの横を掴んで軽く会釈する。
「礼には及ばない……私も……楽しかった」
「本当ですか?」
思わぬ言葉に嬉しくて顔あげて目を合わせる。
「私……一人で勝手におしゃべりして煩かったのではないかと…それに、ダンスでも足を踏んでばかりで……足の大きさが倍になっているのではと」
「あなたの体重など……羽が触れたようにしか感じなかった」
「それは……大袈裟です。私はそれほど軽くありません」
「大袈裟ではない……とにかく…今夜は楽しかった」
もう一度楽しかったという言葉を聞いて、泣きそうになった。
「…………なぜ泣く?」
浮かんだ涙を見てルイスレーン様の顔が強張るのがわかった。
女の涙など、好きな女性のものなら効果があるが、何とも思っていない相手には迷惑なだけだろう。
「も、申し訳ありません……悲しいわけでは……」
悲しくて泣いているのではないと言いたかったのだが、アルコールとダンスで分泌されたアドレナリンのせいか、興奮して涙を止めることができない。
「謝るなと言っている」
「申し訳……」
「それ以上謝るな。それ以上言うなら……」
「……言うなら?」
少し躊躇った後にルイスレーン様が二人の間にあった距離を大きな一歩で詰めてきた。
何をするつもりかと思った瞬間、彼の手が私の肩と頭の後ろに回り、彼の顔が近づいてきた。
「……!」
何をされるのかと思って身構えると、額に軽く彼の唇が触れた。
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