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第六章

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リックがイチゴのタルトを私の前に置いた。

一人分に切り分け生クリームとミントが添えられている。

「美味しい!」

ひと口頬張って目を閉じてそう呟く。

「そんなに美味しいか?」

「はい。生のイチゴの甘酸っぱいのとカスタードクリームの甘さが絶妙で。タルト生地のサクサク感もちょうどいいです。ここの料理は何でも美味しいですが」

「そうか……厨房の者に取っては最高の褒め言葉だな」

「こんなに美味しいのに甘いものがお嫌いなんて勿体ないです。男の方は甘いものがお嫌いな方が多いですね。お酒を召し上がるからでしょうか。中には美味しそうに召し上がる方もいますけど」

トムやルーティアスさんは甘いものを喜んで食べていた。

「好き嫌いはするなと教えられた。嫌いと言うよりは、食べる必要性を感じない。生きるためなら普通に食事を食べていれば事足りる。もちろん味や見た目は大事だから腕のいい料理人は必要だが」

無駄なものは削ぎ落とす。それがルイスレーン様の生き方なんだろうか。美味しいものを楽しまれることはできるのに、何だか味気無いと思うのは私の勝手な思い込みだろうか。

「だからと言ってあなたが遠慮する必要はない。料理長も私が食べないからせっかくの腕を奮う機会がなくて残念がっていた。彼も喜んでいるだろう」

「それが本当なら、役に立てて嬉しいです」

生クリームを少し付けて再び口に運ぶ。

「そんなに美味しいか」

顔に出ていたのだろう。私の方を見てルイスレーン様が訪ねる。

「はい」

三口目フォークに取り口に入れようとした時、横から手が伸びフォークを持った私の手首を掴むと、顔を近付けてきたルイスレーン様が自分の方に私の手を向け、パクリと私が食べようとしたタルトを口に入れた。

「あの………ルイスレーン様………」

「……まあ、思ったほど甘くない」

呆然とする私の手首を掴んだまま口に入れたタルトの感想を呟く。
な、なんてことをしてくれるんだ、この人は!
そんな恋人同士みたいな……私たちは夫婦だけど……普通の夫婦とは違うし。
魚のようにパクパクと口を閉じたり開けたりしている私に首を傾げて、ルイスレーン様が訪ねる。

「どうした?あなたの分を食べて怒っているのか?あなたがあまりに美味しそうに食べるから興味がわいた。もうひとつ頼むか?」

「いえ……大丈夫です。その……人目もありますし、こんなこと」

「人目?誰もいないが」

「え!」

言われて周りを見渡すと広い部屋に二人だけになっていた。
リックたちが側に控えていた筈なのに、いつの間にか消えている。
ルイスレーン様は気づいていたみたいだが、音もなくいなくなるなんて、優秀過ぎる。

「本当にお代わりはいいのか?」
「はい。ひとつで大丈夫です」

びっくりしてすっかり食欲は失せていた。
手を放してくれたので残りのタルトを慌てて食べきったが、ドキドキし過ぎて味わうどころではなかった。

「ところで……」

そんな私の様子を眺めながらワインを飲み干したルイスレーン様が話しかけてきた。

「ひ、ひゃい!」

返事をする声が裏返った。
それを見てルイスレーン様の口角が微かに上がる。
完全に面白がっている。

「習い事の中にダンスもあったみたいだが、腕前の方はどうだ?」
「だ……ダンスですか……」
「明日の王宮での宴ではダンスもある。夫婦になって初めての公式な宴への出席になる。当然私たちは夫婦なのだから、二人で踊ることになるが」

それを聞いて頭の中が真っ白になった。

もちろんダンスの授業は受けた。受けたが、全てのステップを覚えているわけではない。

「良ければ少し踊ってみるのはどうだ?」

返答に詰まる私を見て自信がないのがわかったのか彼が提案してきた。

「今から……ですか。でも、お疲れでは……」

ダンスということはさっきみたいに密着することになると怖じ気づく。
今日帰還したばかりなのに疲れているのでは、とも思った。

「砦からここまでかなりゆっくりの行軍だったので、それほど疲れてはいない。それより、私もあまり夜会に慣れていないので、できれば練習しておきたいと思っていた」

そんな風に言われると断る理由が失くなった。

「少しなら……でも、まだまだお墨付きは頂いていないので、足を踏むかも……」
「そのための練習だから」

足を踏まれるのを嫌がってやっぱり止めるとならないかと言ってみたが、無駄だった。

「音楽室の用意を」

「畏まりました」

ルイスレーン様が立ち上がって声を出すと、すかさずダレクが奥から現れた。

こんなにすぐ声が届くところで控えていたのかと驚く。
いつの間にか姿を消していたリックたち。すぐに現れたダレク。
壁に耳あり障子に目あり……そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
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