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第四章
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買ったばかりのクレープのひとつを差し出すとルーティアスさんは驚いた顔をした。
「いや、あなたに二つ買ったので、私は……」
「ここのは甘すぎなくておいしいんですよ。お金を出して食べないなんてもったいないです。私はいつも食べているので、もうひとつはトムへのお土産にもらいます。もしかして甘いもの……苦手でした?」
甘いものが苦手な男性は多い。好きだったとしてもトムのようにそれを表に出さない人もいる。
「……食べないこともありませんが……」
「だったらどうぞ」
「それでは……」
ルーティアスさんは恐る恐るクレープに手を伸ばしそれを口に入れた。
「どうですか?」
「……お、美味しい……です」
「でしょう?」
自分が作ったわけでもないのに、お気に入りの味を認めてもらって嬉しくて笑顔を見せた。
二口目を頬張ろうとしたルーティアスさんが、ぴたりと動きを止めた。
「どうしましたか?ルーティアスさん?」
「………す、すまない。ちょっと驚いた……その、こんなものがあるのかと……」
「……そこまでおっしゃらなくても……そんなに気に入ってくれたら今度は奥様とご一緒に来て下さい」
「お、おくさ……」
「最近結婚されたんですよね。この前も王都にはお仕事かなにかで来られていたのですか?」
「あ……そうだ。次は妻と……来よう……仕事……仕事はその、魔石の……採掘された魔石を運搬する仕事をしている」
「魔石のですか?そうしたら、戦争が終わったら嬉しいですね」
「そうだ……今は皇太子妃様のお陰で南からの採掘の方が安全で、そちらが主流だが今後は北からの採掘と運搬も再開される。安全が確保されればそれだけ運搬に掛かる費用が減り、価格ももう少し下がるだろう」
戦争が終わればそんなことにも影響があるのだとわかり、やはり終わって良かったと改めて思った。
「戦争が終わったら……砦に行っていた軍も引き上げてきますね」
「国境警備でいくらかは残るでしょうが、殆どは……あなたの旦那様も」
「そう……そうですよね」
「………何か心配ごとでも?もしかして、旦那様が何か?」
「いえ、そうではないんです。その……結婚してすぐに戦地へ行ってしまったので、まだきちんと一緒に暮らしたことがなくて……やっていけるか不安で……」
そうだ。戦争が終わって嬉しいのに、反面不安を感じている。
少なくとも夫に黙ってニコラス先生の所に通い続けられるかわからない。
これからも通い続けるためには夫に話さなくてはいけなくなる。
「ル、ルーティアスさんはどうですか?奥様とは……」
「私……私は……実は妻とは少し年齢が離れていて、守ってあげたい、幸せにしてあげたいとは思っていますが、何をしてあげればいいか……どう思いますか?」
他の夫婦はどうなのか知りたかったが、反対に相談されてしまった。
けれど年が離れていて新婚とは、ルーティアスさんと私は状況がよく似ていると思った。
「私なら……夫婦の時間も必要ですが、互いの時間も必要だと思います。旦那様がお仕事で出かけることになるなら、妻にだって自分の時間があってもいいかと」
「好きなことがあればさせてあげるということですか?」
「これまで他人だった二人がいきなり家族になって一緒に過ごすんですから、離れている時間も大事にしないと……」
「夫は外で仕事をして、妻は家を護る。それではダメということですか?」
「ダメとかではなく……それがいいと言う人もいると思います。ただ、夫婦の数だけ色々な形があってもいいかなと……こうあるべきと決めつけは良くないと思います」
「……なるほど。その夫婦なりの形を見つけると」
「偉そうなことを……すいません。ひとつの意見として聞いてください」
「どうしたらいいか訊いたのはわたしです。参考にさせてもらいます」
初めて会ったときは怖い感じだったが、二度目にこうやって話してみるととても話しやすい人だとわかった。
アイリッシュ・ハウンドのような出で立ちでクレープを頬張る姿はミスマッチだが、嫌な顔をせず付き合ってくれるのを見ると、優しい人だと思う。
「すいません。そろそろ時間が……」
いつの間にかクレープを食べ終えたルーティアスさんが申し訳なさそうに切り出した。
「今度は奥様と食べてくださいね」
「あなたも、旦那様と一緒に」
侯爵で軍の幹部にいるルイスレーン様がルーティアスさんのように人目も気にせず街中に立ってクレープを食べている姿は想像できなかったが、そうですね。とルーティアスさんに答え、私たちは別れた。
「いや、あなたに二つ買ったので、私は……」
「ここのは甘すぎなくておいしいんですよ。お金を出して食べないなんてもったいないです。私はいつも食べているので、もうひとつはトムへのお土産にもらいます。もしかして甘いもの……苦手でした?」
甘いものが苦手な男性は多い。好きだったとしてもトムのようにそれを表に出さない人もいる。
「……食べないこともありませんが……」
「だったらどうぞ」
「それでは……」
ルーティアスさんは恐る恐るクレープに手を伸ばしそれを口に入れた。
「どうですか?」
「……お、美味しい……です」
「でしょう?」
自分が作ったわけでもないのに、お気に入りの味を認めてもらって嬉しくて笑顔を見せた。
二口目を頬張ろうとしたルーティアスさんが、ぴたりと動きを止めた。
「どうしましたか?ルーティアスさん?」
「………す、すまない。ちょっと驚いた……その、こんなものがあるのかと……」
「……そこまでおっしゃらなくても……そんなに気に入ってくれたら今度は奥様とご一緒に来て下さい」
「お、おくさ……」
「最近結婚されたんですよね。この前も王都にはお仕事かなにかで来られていたのですか?」
「あ……そうだ。次は妻と……来よう……仕事……仕事はその、魔石の……採掘された魔石を運搬する仕事をしている」
「魔石のですか?そうしたら、戦争が終わったら嬉しいですね」
「そうだ……今は皇太子妃様のお陰で南からの採掘の方が安全で、そちらが主流だが今後は北からの採掘と運搬も再開される。安全が確保されればそれだけ運搬に掛かる費用が減り、価格ももう少し下がるだろう」
戦争が終わればそんなことにも影響があるのだとわかり、やはり終わって良かったと改めて思った。
「戦争が終わったら……砦に行っていた軍も引き上げてきますね」
「国境警備でいくらかは残るでしょうが、殆どは……あなたの旦那様も」
「そう……そうですよね」
「………何か心配ごとでも?もしかして、旦那様が何か?」
「いえ、そうではないんです。その……結婚してすぐに戦地へ行ってしまったので、まだきちんと一緒に暮らしたことがなくて……やっていけるか不安で……」
そうだ。戦争が終わって嬉しいのに、反面不安を感じている。
少なくとも夫に黙ってニコラス先生の所に通い続けられるかわからない。
これからも通い続けるためには夫に話さなくてはいけなくなる。
「ル、ルーティアスさんはどうですか?奥様とは……」
「私……私は……実は妻とは少し年齢が離れていて、守ってあげたい、幸せにしてあげたいとは思っていますが、何をしてあげればいいか……どう思いますか?」
他の夫婦はどうなのか知りたかったが、反対に相談されてしまった。
けれど年が離れていて新婚とは、ルーティアスさんと私は状況がよく似ていると思った。
「私なら……夫婦の時間も必要ですが、互いの時間も必要だと思います。旦那様がお仕事で出かけることになるなら、妻にだって自分の時間があってもいいかと」
「好きなことがあればさせてあげるということですか?」
「これまで他人だった二人がいきなり家族になって一緒に過ごすんですから、離れている時間も大事にしないと……」
「夫は外で仕事をして、妻は家を護る。それではダメということですか?」
「ダメとかではなく……それがいいと言う人もいると思います。ただ、夫婦の数だけ色々な形があってもいいかなと……こうあるべきと決めつけは良くないと思います」
「……なるほど。その夫婦なりの形を見つけると」
「偉そうなことを……すいません。ひとつの意見として聞いてください」
「どうしたらいいか訊いたのはわたしです。参考にさせてもらいます」
初めて会ったときは怖い感じだったが、二度目にこうやって話してみるととても話しやすい人だとわかった。
アイリッシュ・ハウンドのような出で立ちでクレープを頬張る姿はミスマッチだが、嫌な顔をせず付き合ってくれるのを見ると、優しい人だと思う。
「すいません。そろそろ時間が……」
いつの間にかクレープを食べ終えたルーティアスさんが申し訳なさそうに切り出した。
「今度は奥様と食べてくださいね」
「あなたも、旦那様と一緒に」
侯爵で軍の幹部にいるルイスレーン様がルーティアスさんのように人目も気にせず街中に立ってクレープを食べている姿は想像できなかったが、そうですね。とルーティアスさんに答え、私たちは別れた。
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