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第四章

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肩より少し長いアッシュグレーの髪を首の後ろでひとつにまとめ、頬から顎にかけてうっすらと髭を生やしている。
年のころは先生くらいだろうか。蜂蜜のような瞳で私を見つめる眼差しは優しい。
白いシャツに仕立てのいいビロードの紺のジャケットを羽織り、組んだ足は白いズボンと黒革のブーツに包まれている。
イケオジとはこういう人を言うのだろうか。

私をクリスティアーヌと呼ぶのはここでは先生だけだ。
他の人はクリッシーと呼ぶ。
彼は私が誰か知っているようだ。

「はじめまして、ハイル様」

「娘、無礼が過ぎるぞ」

それまで黙っていた後ろに立っている男性が、私の挨拶を聞いて怒りも顕に呟いた。

「ゲイル……構わん」

短い茶髪の彼は同じ色の瞳を私に向けて睨み付けているが、ハイル氏に言われて押し黙った。

「あの……私、何か失礼なことを?」

「気になさらず……少し忠義に熱いだけだ。それにしても、本当に記憶を失っているみたいだ」
「すいません……以前にお会いしたことがあったのですね。失礼をいたしました」

失った記憶のどこかで顔を合わせたことがあるのだとわかり謝った。
でも、彼も私に向かって「はじめまして」と言った。

「こちらこそ、試すようなことをしてしまった。年を取ると変な悪知恵だけがついてしまう」
「本当に……悪趣味ですね。陛下」

ニコラス先生が隣で呟く。

陛下?

「へ、陛下?」

「すまない。自己紹介が途中で。私はダリウス・ハイル・エリンバルア。今はこの国の国王をやっている。後ろは私の護衛でゲイル・マクミランだ。仕事熱心で強面だが、優秀だよ」

にこやかに陛下が笑う。

私は座っていた椅子から滑り降りて地面にベタンと正座し、額を床に擦り付けた。

「も、申し訳ございません!国王陛下とは知らず、大変失礼いたしました。ク……クリスティアーヌ・リンドバルクです」

国王なんてこの国のトップにこんなところで会うと思わなかったので、すっかり気が動転してマナーなんてぶっ飛んだ。
記憶を失くした私には初めて会う方でも、陛下はきっと初めてではないということも思い至らなかった。

「そんなに慌てなくても……顔を上げなさい」

陛下がそう言い、言われるままに頭を上げた。

「元気そうで安心した。そなたのことは気になっていたのだが、なかなか会う機会もつくれず申し訳なかった。ニコラスから君がここに通っていると訊いて慌てて様子を見に来たのだ」
「先生が……?どうしてですか」

ここに通っていることは夫にも内緒にしている。そのことを知っているはずの先生がなぜ陛下に教えたのだろう。

「とにかく、そんな所に座らず、もう一度元の場所に座りなさい。私が罰しているみたいだ」

言われて、すごすごともう一度先生の隣に座り直した。

「記憶を失くしたことを実は先日偶然耳にしてね。ニコラスに診てもらったと訊いたのでね。具合はどうだ?」
「ご心配おかけして申し訳ありません。このとおり元気にしております」
「そう畏まるな。そなたは遠いとは言え、私の血縁者。私がもっと早くにそなたら親子のことを気にかけていたら、もしかしたら母親はもう少し生きていたかも知れない。しかし私がそなたら親子の境遇を知った時には、母君はもはや手遅れだった。許せ」
「そんな陛下………もったいないことでございます。それに、私にはその頃の記憶がございません……亡くなった母のことも……ですから今のお話を伺ってもどこか他人事で……できれば陛下がご存知のことを教えていただければ」
「そうか……だが、私が知っているのは私が調べて知ったことと、その後のほんの一部だ」
「それでも私には十分でございます」
「それなら……あまりいい話ばかりではないぞ」

国王の忠告に一瞬身を固くしたが、それでもクリスティアーヌに何があったのか知ることで何かが変わるように思った。
そしてなぜ陛下が私をリンドバルク侯爵に嫁がせたのかも、聞くことが出来る。
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