上 下
31 / 266
第三章

8

しおりを挟む
国同士の結び付きのため嫁いできたエレノア妃。
国内の貴族と王族との関係改善のために嫁いできたイヴァンジェリン妃。
共に個人の思惑でないところからの婚姻だったが、お幸せそうでよかった。

しかし、そういう結婚を誰もが出来るとは限らない。

愛理の結婚がそうだ。

「オリヴァー様が心配されているの。侯爵があまり感情を面に出されない方なのはわかってあるけど、それでも戦地に届く新妻からの便りはきっとうれしいものよ」

エレノア妃とイヴァンジェリン妃の言葉を聞いて、今日私が呼ばれた意味がやっと理解できた。

戦地にいる夫に手紙も寄越さない冷たい妻。

そして第二皇子はルイスレーン様を買っていて、大事な部下への私の態度がお気に召さないのだ。

社交界デビューしただけで誰とも付き合いのない年下の娘が、国王の命令というだけで妻の座を得たのである。

夫からの連絡を受け、イヴァンジェリン妃はエレノア妃とともに私の品定めがてら非難しているのだ。

恐らく記憶喪失も疑っているのかもしれない。

だが、以前のクリスティアーヌが何を思いどんな考えを持っていたのか、私には知る術もない。
今のクリスティアーヌとして二人に対峙しなければならない。

「何分にも軍人の妻となって日も浅くまだまだ未熟故、こうしてお妃様自らお気遣いいただくなど、もったいないことにございます。これからはいただいたお言葉を胸に精進してまいります」

胸に手を当てお辞儀をして二人に礼を述べる。

二人の言うことは正しい。正論だ。

けれどルイスレーン様がこの結婚をどう思っているか、私にどれ程感心があるのかわからないため、それで彼が喜んでくれるのかは別問題だ。

「悪く思わないでください。ご存知かも知れませんが、侯爵はすでにご両親を亡くされご家族とは縁薄い身の上。唯一の家族と成り得る奥方がただの一度も戦地の夫に便りを寄越さないことを心配されているの」
「いえ……皆様にご心配をおかけして申し訳ございません。過去は変えられませんが、これからはお二人の助言を元に精進いたします」

クリスティアーヌがやってこなかったことを今さらどうすることもできない。

「ところで、今日のお茶会ですけど、椅子など用意せず立食形式にしましたの。その方が大勢の方とお話ができますしね」
「イヴァンジェリン様が提案されましたの。それなら作法を気にせず気軽に楽しめるでしょ」

それが自分への配慮だとわかった。
クリスティアーヌはもともと満足に淑女教育など受けて来なかったと思われる、
記憶がないことで今は一から学び直しているが、所詮は付け焼き刃。どこかでボロが出るのではと心配していた。

「お気遣いいただきありがとうございます」
「お気になさらないで、今回の茶会の主旨は軍人の奥方を励ますことです。堅苦しいのは主旨に合わないわ」

「失礼いたします、皇太子妃様。そろそろお時間です」

その時、扉の外から声をかけられ、茶会の時刻が来ていることをつげた。

「あら、もうそんな時間なのね」
「あなたは先に行きなさい。私とイヴァンジェリン様と共に現れては余計な注目を集めてしまうわ」

エレノア妃が私に先に行くように言う。

「私ごときにお時間を割いていただきありがとうございました」

立ち上がりお辞儀をして部屋を立ち去った。


「どう思いますか?エレノア様」

私が出ていった後、イヴァンジェリンが義理の姉に訊ねる。

「オリヴァー様がおっしゃっているような女性には見えませんでしたけど」
「頭は悪くないようですから、私たちの前で演技をしているだけかもしれません。記憶がないというのも本当かどうか」
「あなたの言うとおりだとすれば相当の曲者ですけど。そんな策略ができるものかしら。記憶がないなんて、普通に聞いても信じられないんだから、嘘をつくならもっとましな嘘があるでしょう。第一、リンドバルグ侯爵と結婚して、そんな嘘を吐く必要があるかしら」
「エレノア様の意見も確かに……記憶喪失を装う必要など何もないですね」
「少なくとも、これで彼女が侯爵にいくらか気遣いを見せてくれたらいいのですけど」

エレノア妃がそう言い、それで夫であるオリヴァーの憂いが少しでも減ればとイヴァンジェリンは願った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷 ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。 ◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

処理中です...