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第三章

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「どう思います?エレノア様」
「そうねぇ……侯爵がただ陛下から持ちかけられたというだけで結婚を決める方とは思えませんけど」
「私も、他にも何かあるように思いますわ」

それは私との結婚を引き受ける代わりに何かを交渉したということなのだろうか。

「皇太子様もこの件については陛下から何も聞かされていらっしゃらないようですわ」
「今日あなたに会えば何かわかるかと思ったのですが……記憶を失くされているのでは何もご存知ではないのね。もっとも最初から知らないということもありますけど」
「申し訳ございません」

罪悪感を感じて思わず謝った。
たぶん二人は私が誰もが目を奪われるような美女だと思っていたらしい。

「あら、別にあなたを責めているわけでは……記憶のことだってわざとではないのでしょうし」

「普段はどのように過ごされておりますの?」

イヴァンジェリン妃が慌てて話題を変えて、普段の私の生活について訊ねる。

「読み書きなどや色々なことを勉強し直しております。それからピアノや声楽、マナーのレッスンなどを」
「本当に一から勉強されているのですね」

感心したようにエレノア妃が呟く。

「私もこの国に嫁ぐことが決まってから色々勉強しましたわ。この国の歴史や風土、習慣などね。それでも嫁いできて実際に肌で感じるとまだまだ勉強不足だと実感しましたわ」

遠い目をして外国から一人嫁いできた頃のことを思い出しているようだ。

「両親が恋しいと悲しむ私に殿下が……アンドレア様が随分お心を砕いて下さって、今でも時折私の故郷であるバラカス料理を食卓に並べてくれたり、バラカス語で会話をしてくれたりしますの」

頬を赤らめエレノア妃が言う。
初対面で、しかも次期国王となる皇太子との惚気話を聞かされるとは思わなかった。

「皇太子様がお優しくてエレノア様はお幸せですね」
「オリヴァー様もお優しいと聞いておりますわ。毎月花束を送られているとか。今は遠征でお留守ですけど、お便りも頻繁に届いていると聞いていますわ」
「花束は結婚を申し込まれた時にお約束していただきましたの。手紙は忙しい合間をぬって届けてくれていますわ」

二人が互いに夫との仲睦まじい様子を語るのを向かいで聞いて、これはどういう意図なのだろうと考える。

義理の姉妹同士の自慢の仕合かと思ったが、それならわざわざ私に聞かせる必要があるだろうか。

世間で言えば新婚の私だが、私には夫との思い出がない。
正直、結婚式どころかその夜に夫と初夜を迎えたことも記憶にない。
結婚式のことはダレクさんたちに聞けば教えてもらえるたろうが、あっちのことは誰にも……夫にだって訊けない。

「ごめんなさい……私たちばかり話してしまって」

一人アウェイの私に気付いたエレノア妃がそう言う。

「いえ……お二人がお幸せな結婚をなさっているようでお羨ましいです」

国同士の結び付きのための結婚。エレノア妃の故郷バラカスはここから南に位置し、海に面した風光明媚な国で、無数の島々が点在している。バラカスとの国境近くにも魔石が採れる場所があり、今国境付近で争っているカメイラ国と共に過去に何度か領土争いがあった。
北と南、両方との争いを避けるため互いの友好の印として皇太子との婚姻が結ばれたと聞く。

一方のイヴァンジェリン妃は国内の有力な貴族の血縁で、皇太子が外国から妃を迎えたため、国内の貴族との結びつきを強くするため第二皇子と結婚したという。

言うなれば二人は互いに政略結婚である。
とは言え、きっかけはどうであれ、二人からは幸せオーラが滲み出ている。

お金で結婚した前の結婚を思い出し、心の底から羨ましいと思えた。

「私たちも国同士の結び付きや思惑があっての結婚ですけれど、恵まれていたと言えますわね」
「心の持ち方ひとつだと思うのよ。どんな形の結婚でも、その後が大事だと思いますわ」
「もちろん、不幸な結婚というものもあります。世の中の夫の中にはどうしようもない人間もいるのは事実」
「互いの歩みよりも必要よ。待っているだけでは幸せは掴めませんわ。私たちの言いたいことはおわかりになるかしら」

「つまり、私にも努力が必要と、そうおっしゃりたいのですね」
「あなたは侯爵の奥方としてまだ日も浅いですし、新婚早々離れ離れになっているのはお気の毒ですわ。でもだからと言ってなぜ侯爵に一通の手紙も出されないの?」

イヴァンジェリン妃がずばり訊ねてきた。
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