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第三章
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今日こそはニコラス先生に約束の一ヶ月目に休ませてもらうことを話そう。
今日こそは。
そう思いながらなかなか勇気が出ず、先生も忙しそうにしていたこともあり、切り出すタイミングがなかなか掴めなかった。
診療所での仕事も私なりにようやく慣れてきて、指示される前に自分から動くことができるようになってきていた。
ダレクさんやマリアンナさんからもお休みすることは伝えましたか?と聞かれ言葉を濁していた。
いい加減ちゃんと了解を得ないと当日無断欠勤することになってしまう。
お茶会の日程がいよいよ二日後という日、私は意を決して先生の部屋の扉を叩いた。
「クリスティアーヌです。入ってよろしいですか?」
「どうぞ」
許可を得て中に入ると先生は机に座り何やら書き物をしている。
「急にどうした?」
掛けていた眼鏡の奥からこちらに視線を寄越して訊ねる。
「お話があります」
扉の側に立ったまま話を切り出す。
「改まってどうした?」
手振りで座るように促されたが、軽く首を振って断る。
「実は……明後日、王宮でお茶会がありまして、出席するためにお休みさせて欲しいのです」
言った。
約束の一ヶ月目を前に休ませて欲しいなんて、やっぱり無理だったなと嫌味が飛んで来ると覚悟して身構えた。
「なんだ。そんなことか。深刻な顔をするからてっきり辞めたいと言いに来たのかと思った。ていうか、王宮の茶会に出るから休ませて欲しいとジオラルから三週間前に聞いていたが」
「え?」
「だから、侯爵夫人としての公式な招待だろ?貴族のつきあいも大切にしないとな」
「え?」
バカみたいに同じ言葉を繰り返す。
「なんだ?まだあるのか?」
呆然と立ち尽くす私に先生が訝しげに訊ねる。
「いえ……フォルトナー先生が……そうですか。でも、明後日は約束の一ヶ月目なので……」
「ん?もうそんな頃か……早いな」
約束の一ヶ月を指折り数えていたのは私だけだった。
「しかし、てっきり初日で辞めると言ってくるかと思っていたが、頑張ったな」
「あの、では明後日は休んでも?」
「いいと言っているし、そのつもりだった。用意もあるだろうから何なら明日も休むか?」
「いえ、いつもの時間に上がらせてもらえば大丈夫です」
「そうか……悪かったな、おれが一ヶ月休みなしで来たら認めるとか言ったせいでこの一ヶ月休みもなかっただろ?本当に一日も休まずくるとは思わず、一週間に一度は休みをあげたのに、休みもなく働かせるほどおれはひどい雇い主じゃないぞ。結果的にはそうなってしまったが」
先生に言われ、一ヶ月間続けることに必死で働き続けていたことに気付いた。
「いえ、最初にその条件でいいと言ったのは私ですし……」
「なんだ、お前もくそ真面目だな、ハハハ」
「ハハハ」
つられて私も笑う。本当に笑える。
徐に先生が立ち上がり私に近づいて来た。
「すまなかった」
先生は私の目の前に来るといきなり頭を下げた。
「え、先生……」
「モラ、セク……だったか、初めて会ったときに失礼な発言をした。それにここで働くのは最初から無理だと決めつけて侮っていた」
「頭を上げてください。あの、別に謝ってほしくて続けていたわけではなくて……認めてもらえたならそれで……そんな偉くもないですから」
王室の主治医まで勤めた人に頭を下げさせてしまった。
「他の者にも聞いたが、最近は仕事の段取りも早く、評判もいい。毎日でなくていいがクリスティアーヌ殿さえ良ければこれからも来てもらえると有難い。それに、記憶喪失のことも、側にいれば何か力になることもできる。時々診察もしよう」
「あ……ありがとうございます」
その言葉を聞いて私は感動のあまり泣き出してしまった。
認められるってこんなにうれしいことなんだ。
「お、おい……泣くな……おれが苛めて泣かしたみたいに思われる」
「す、すいません……嬉しくて……」
「そうか……だが泣くのはまだ早いぞ。本格的に通うようになったらもっとこきつかうからな」
「え!」
その言葉を聞いて私の涙は瞬時に止まった。
今日こそは。
そう思いながらなかなか勇気が出ず、先生も忙しそうにしていたこともあり、切り出すタイミングがなかなか掴めなかった。
診療所での仕事も私なりにようやく慣れてきて、指示される前に自分から動くことができるようになってきていた。
ダレクさんやマリアンナさんからもお休みすることは伝えましたか?と聞かれ言葉を濁していた。
いい加減ちゃんと了解を得ないと当日無断欠勤することになってしまう。
お茶会の日程がいよいよ二日後という日、私は意を決して先生の部屋の扉を叩いた。
「クリスティアーヌです。入ってよろしいですか?」
「どうぞ」
許可を得て中に入ると先生は机に座り何やら書き物をしている。
「急にどうした?」
掛けていた眼鏡の奥からこちらに視線を寄越して訊ねる。
「お話があります」
扉の側に立ったまま話を切り出す。
「改まってどうした?」
手振りで座るように促されたが、軽く首を振って断る。
「実は……明後日、王宮でお茶会がありまして、出席するためにお休みさせて欲しいのです」
言った。
約束の一ヶ月目を前に休ませて欲しいなんて、やっぱり無理だったなと嫌味が飛んで来ると覚悟して身構えた。
「なんだ。そんなことか。深刻な顔をするからてっきり辞めたいと言いに来たのかと思った。ていうか、王宮の茶会に出るから休ませて欲しいとジオラルから三週間前に聞いていたが」
「え?」
「だから、侯爵夫人としての公式な招待だろ?貴族のつきあいも大切にしないとな」
「え?」
バカみたいに同じ言葉を繰り返す。
「なんだ?まだあるのか?」
呆然と立ち尽くす私に先生が訝しげに訊ねる。
「いえ……フォルトナー先生が……そうですか。でも、明後日は約束の一ヶ月目なので……」
「ん?もうそんな頃か……早いな」
約束の一ヶ月を指折り数えていたのは私だけだった。
「しかし、てっきり初日で辞めると言ってくるかと思っていたが、頑張ったな」
「あの、では明後日は休んでも?」
「いいと言っているし、そのつもりだった。用意もあるだろうから何なら明日も休むか?」
「いえ、いつもの時間に上がらせてもらえば大丈夫です」
「そうか……悪かったな、おれが一ヶ月休みなしで来たら認めるとか言ったせいでこの一ヶ月休みもなかっただろ?本当に一日も休まずくるとは思わず、一週間に一度は休みをあげたのに、休みもなく働かせるほどおれはひどい雇い主じゃないぞ。結果的にはそうなってしまったが」
先生に言われ、一ヶ月間続けることに必死で働き続けていたことに気付いた。
「いえ、最初にその条件でいいと言ったのは私ですし……」
「なんだ、お前もくそ真面目だな、ハハハ」
「ハハハ」
つられて私も笑う。本当に笑える。
徐に先生が立ち上がり私に近づいて来た。
「すまなかった」
先生は私の目の前に来るといきなり頭を下げた。
「え、先生……」
「モラ、セク……だったか、初めて会ったときに失礼な発言をした。それにここで働くのは最初から無理だと決めつけて侮っていた」
「頭を上げてください。あの、別に謝ってほしくて続けていたわけではなくて……認めてもらえたならそれで……そんな偉くもないですから」
王室の主治医まで勤めた人に頭を下げさせてしまった。
「他の者にも聞いたが、最近は仕事の段取りも早く、評判もいい。毎日でなくていいがクリスティアーヌ殿さえ良ければこれからも来てもらえると有難い。それに、記憶喪失のことも、側にいれば何か力になることもできる。時々診察もしよう」
「あ……ありがとうございます」
その言葉を聞いて私は感動のあまり泣き出してしまった。
認められるってこんなにうれしいことなんだ。
「お、おい……泣くな……おれが苛めて泣かしたみたいに思われる」
「す、すいません……嬉しくて……」
「そうか……だが泣くのはまだ早いぞ。本格的に通うようになったらもっとこきつかうからな」
「え!」
その言葉を聞いて私の涙は瞬時に止まった。
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