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第一章

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倒れる前の私の記憶がないことを知って、マリアンナを始め皆が私について知っていることを教えてくれた。

私の家は子爵家で、母方の血を遡れば王家の血を引いている名門だが、十歳の時に父が早くに亡くなり、後を継いだ叔父に領地の一角に小さな家を与えられ母と二人生活していた。

貴族の娘で生活力のない母親を支え、与えられる僅かな金銭で遣り繰りして暮らしていた。

そして私が社交界デビューをして数年後に母親が亡くなった。

王家の血筋を引いていた母の死を知った国王陛下が私をルイスレーン様に引き合わせた。

「先代の侯爵様が亡くなられたのは三年前、旦那様が二十六の時でございます」

執事のダレクさんが教えてくれる。

つまりは今は二十九歳。十九歳の私と十歳離れていることになる。
その年の差に愛理の結婚の記憶が重なり、嫌な気分になる。

「旦那様……ルイスレーン様が士官学校に入られていた間を除き、お父上はそれは厳しく旦那様に後継ぎとしての教育をなさいました。その甲斐あってご立派に成長されました」

執事さんはクリスティアーヌが知っていたかどうかわからない夫の思出話を時々挟んでくる。

初めての乗馬。剣術の稽古での怪我。お陰で彼の左太ももに剣で出来た傷があることがわかった。

「お父上に似て美男子であられますので、社交界に出てから色々なご令嬢との縁談が舞い込んでこられましたが、浮いた噂ひとつないままでした」

男前なのに硬派みたいだ。軍人だということだし、もしかしてあっちの趣味でもあるのだろうか……なんて腐女子みたいなことを想像する。

「そのうちお父上が急に亡くなり、相続の手続きやなにやらであっという間に月日が経ち、ようやく落ち着かれたと判断されたのか、国王様直々に奥様との縁談を持ちかけられたそうです」

王様から命令されればいやとは言えない。

つまりは政略結婚ということだ。

また、政略結婚……次こそは恋愛結婚と思っていたのに叶わなかった。

「もちろん、国王陛下から持ちかけられた縁談ではございますが、旦那様も嫌々受け入れられたわけではございませんよ。私共にはっきりはもうしませんが、奥様とのご結婚は旦那様も望まれたことです」

ダレクさんはそう言ってフォローしてくれるが、実際のところ私との結婚を夫がどう思っているか知っている者はここにはいない。

クリスティアーヌが夫との結婚をどう思っていたのかも、今の私にはわからないのだから。

「奥様……そろそろサロンに降りられますか?」

マディソンが物思いに耽る私に声をかける。

「そうね……もうそんな時間なのね」

私は書き物机の上にある何枚かの紙を掴んだ。

目覚めて過去の記憶を一切忘れた私は、ダレクに頼んで家庭教師をつけてもらった。

クリスティアーヌが何を思い、どんな風に育ったのか、夫の間にどのようなやりとりがあったのか、全てを知ることはできないが、この世界の常識を知ることはできる。

今日はその先生が来る日。
前回出された宿題を持って、私はマディソンと共に一階のサロンへと向かった。
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