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第一章

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書き物机の引き出しに入っていた手紙の束は全部で五通。

同じ種類の封筒に同じ蝋で封印されている。

話したり聞いたりすることはできているが、書いたり読んだりすることは全くできなくなっていた。

だからこれを見つけてから中身は読んではいない。

それが誰からの手紙なのか、最近になってわかった。

「旦那様からのお手紙ですか?」

お茶が入った茶器を机に置いたマディソンが訊ねる。

「そうね……」

差出人はルイスレーン・リンドバルク。
戦場にいる夫から妻であるクリスティアーヌに送られた手紙。

結婚式の翌日、再び戦地に赴いた夫から届いた手紙。ひと月に一通。執事からの手紙の返信と共に送られてきたもの。

本来の封蝋は月桂樹と鹿の侯爵家の家紋だが、これは軍の検閲を終えた手紙であることを示す剣と盾の紋様で封印されている。

文字が読めない自分には窺い知ることはできないが、倒れる前のクリスティアーヌなら読めていた筈だ。

それが開封されていればである。

それは封印されたまま、一度も開けて読まれていなかった。

なぜ彼女は読まなかったのか。そして手紙を読まなければ返事も書けない。そしていつまでも届かない返事を、彼はどう思っているのだろう。

文字を覚えれば自分もいつかは読めるのだろうが、これは自分が読んでいいのだろうか。
少なくとも、これは記憶を失くす前のクリスティアーヌに届けられた手紙だ。
他人宛に届いた手紙を見るような罪悪感がある。

愛理だったとき、たまたま席を外していた夫が机の上に置いていた携帯が鳴り、画面に表示された発信者の名前が目に飛び込んできた。

表示された女性の名前。

それだけでも何故か悪いことをした気分になった。

ここには私の知らない夫と、妻であるクリスティアーヌとの夫婦らしい内容が書かれているのか。

「読み返されたら何か思い出されるかもしれませんよ」

それが未開封だと知らないマディソンが無邪気に言う。
彼女に悪気はないとわかっている。

「でも、今の私は文字が読めないから、読むのはもう少し先ね」

読むことに罪悪感もあり、また勇気もない私は文字が読めないことを言い訳にして、再び手紙を引き出しに戻す。

文字が読めるようになっても、はたして私に読むことができるだろうか。

私は怖いのだ。

記憶にない夫が何を思い、妻であるクリスティアーヌにこの手紙を書いたのか。
そこに一片の愛情があるのかないのか。

それを知るのが怖い。

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