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第235話 辺境の淑女

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コンコンコン

「すいませーん」

夜更けに元気よく挨拶をするホルン。それを3歩ほど下がって僕とアルは見守る。

しばらく待つとギシリとドアが開かれていく。

「何でしょうか」

中からはグレーの髪色で、まだ腰は曲がってはいないおばあさん?淑女と言った方がしっくりとくる女性が警戒無く出てくる。

髪色とゆったりとした服装は確かにおばあさんっぽい感じはあるが、顔付はまだ若い・・・何歳だ?

「あっ旅の冒険者なんですが、今日一晩お隣とかのお家を借りたいのですが」

ホルンは以外にも丁寧に喋り始め、僕とアルは顔を見合わせる。

「まぁまぁこんな雪の中大変な事を、寒いでしょう中でお話をきくわね。どうぞ中におあがりなさい。そっちの二人もどうぞ」

人の良さそうな淑女は、僕らにもすぐに声を掛けて中へと進める。

こんな人が住んでいない捨てられた街の隣の家で、ポツンと女性が住んでいる怪しさMAXのシチュエーション、罠だと疑わずにはいられない。

昔話の人食い魔女や山姥のような感じに思えて仕方ないのだ。大人しそうな見た目も唐突に変貌してギャップを図る様にみえている。

「あー、失礼します」

「ご迷惑おかけします、行くぞ」

ただアル達も少し迷う素振りを見せるが、話自体を中でという事に雪が降る中ドアを開けたままというのもすでに迷惑をかけているということで、了承して中へと入っていく。

「はい」

僕もそれに続いて入っていく。

家は質素に見えたがそれなりにしっかりとしたレンガ造り。隙間風のような物も入ってこずに家の中は暖炉から籠る熱で暖かさがあった。

人骨なども転がっておらず、テーブルには編み物の途中だった様子の毛糸と針、その横には湯気がでていないマグカップ。

窓際には吊るされている果物。壁には本などもしっかりと並べられ生活感は溢れている。

「寒かったでしょう、お茶でもいれてましょうね。そこに座ってまってなさいな」

机の上のマグカップを下げながら、キッチンへ向かっていく。

「あっいえお構いなくです」

「そうですねご迷惑かけに来たわけではないので」

ホルンとアルの制止を振り切り、淑女はお湯を沸かしに入りながら

「客人というのも珍しいもの、少しぐらいもてなさしてくださいな」

嬉しそうに茶葉を用意している様子に、アル達は大人しく4人掛けのテーブルの椅子に腰かけると

「えっとここに一人ですんでるんですか」

「家族と住んでいるのだけれども、今は少し出かけているのよ」

「あっそうだったんですね」

「じゃあ並んでいる家はそのご家族のですか?」

「そうよ、親戚たちや知り合いで集まっているの」

そんな話を鵜呑みにしていいのか、僕だけずっと座らずに黙りっぱなしだ。

それに気が付いたアルは僕の手を引き椅子に座らせると、僕の耳元で

「判断をすぐに下すなよ」

そう言われ、僕はアルを二度見した。

・・・確かに僕は今、怪しければすぐにでも・・・そう頭の中に選択肢があった。

僕はアルに小さく頷き、また黙り込む。

女性は湯気が立ち込めるカップを僕らの前に並べ、自分用にも一つ置くとホルンの横に座る。

白いティーカップに中、透明な赤色のお茶。爽やかなミントのような匂いが漂ってくるのはそれが紅茶でなく、ハーブティーなのだと分かる。

「ローズミントのお茶よ、体も温まるわ」

「頂きます」

僕は率先してカップに口をつける。これが毒であれ何であれ、イクサス曰くアアシマールは状態異常にも強いと言っていた。あいつを信じるわけではないが、アル達が毒を飲むよりかはましだ。

口に含む前からすでにカップに顔を近づけるだけで爽やかな香りに包まれていた。

一気に鼻が通り、スースーする感じ。だが、一口、口に含むと控え目な甘みもありチョコミントのよう味だ。

喉を通りしばらくすると、いつの間にかスースーする感じはなくなっており爽やかな香りだけが残っていた。

「美味しいです」

自然に美味しいと一言でていた。

「うふふよかったわ」

僕をみながら微笑む女性。

このお茶に騙されそうになるがこの人がどうなのか全く判断がつかない。

僕の様子を見て、アル達も一口飲み始めた頃に

「先ほどのお話だけれども、留守の家を勝手に私の判断で貸すことはできないわ、ごめんなさいね。だから今日はここに泊ってらっしゃい」

「えーっと、それは助かるっすけど」

「俺達まだ名前すら名乗ってないのにいいのですか?」

「あらそうねごめんなさいね、私はディミトリアよ。良かったらお名前を聞いてもいいかしら」

「あっこっちが先に挨拶するべきなのに申し訳ないっす。私はホルンです」

「ブラックだ、よろしく頼む」

「メディアです」

アルがすらりと偽名をいうのも、まだ僕らがこんな地方にいるのがおかしいという事なのだろう。僕も合わせて以前から決めていた偽名を使う。

ホルンだけは聞いてないぞという顔で僕らを見ていた。

「それでだけどどうかしら」

僕としては不安しかないが、ただ寝なければいいかと思う事もある。

「ディミトリアさん、ご迷惑をかけますがお言葉に甘えさせてもらえますか」

「それは良かったわ、一人で暇だったから少しはお話の相手になって貰えればと思うわ」

アルが今日一晩、ディミトリアさんのお宅に泊ると決めた為に僕らに、ディミトリアさんは両手を一度添えるぐらいの勢いで叩くとまた嬉しそうにした。

・・・何が目的なのか、ただのいい人なのか分からないが僕は香りのいいハーブティーが入ったカップを空にした。

「他の方はどちらに行かれているですか」

どんどん喋り方でぼろが出始めているホルン。

「魔物狩りに近くの廃墟によ、冬越しの食料にもってことで今年最後の狩りに出かけたの」

「廃墟ですか」

「えぇ、少し前は栄えていた街だったみたいなの」

ディミトリアはあの朽ちた街の事を言っているようだ。

「ずっとここに住んでるっすか?」

「そうね~、ずっとではないわよ。他所の土地から移り住んだ感じかしら。あなた達はどこからいらしたの?」

「俺達は王都からだ。ウェッジコートがどうなっているのか、その周辺の調査だな」

危うい質問の時にはサラっとアルが嘘を並べる。

「あれは大変だったわね・・・話は少しだけ聞いているわ」

「そうですか、ここは被害はない感じですか」

「えぇ、逆にここ付近は魔物の数が少なかったわ」

話をするにつれて、一応ディミトリアさんは山姥ではないのだと確信する。



「あっお夕食はどうしましょうかね~、あまりたいしたものはないのだけれどもいいかしら?」

「あっいやそこまでして貰わなくていいです。お構いなくでお願いします」

「私も食べるのだから、ついでよ。若い子は遠慮なんてするもんんじゃないわ」

ただ、そうは言うが先ほどお茶を用意しにディミトリアさんがキッチンに行った時にはまだ水滴が付いた食器が立てかけられていたのを僕は見ていた。

僕らの空になったカップを下げると、ディミトリアさんは席を立ちキッチンへと向かう。

「いいっすかねそんな気遣ってもらって」

「だよな~・・・」

善意を断るのは難しい。それがお世話になっているという立場なら尚更だ。

「僕手伝ってきます」

「そうか、頼む」

「はい」

僕は遅れてキッチンへと向かう。

「あらゆっくりしてていいのよ」

「いえ、すこしでもお手伝いさせてください。それに冬がくるというのに備蓄されている食料を僕らに使うのは勿体無いですよ」

僕はそういいながら袋から食材を取り出す。

「そんな事気にしなくてもいいのに」

「いえいえ、それに先ほどご家族の方は食材を取りに行かれているのに僕らが消費しては意味がありませんから」

「そう・・・じゃあ食材は頂くわ。その分美味しい料理つくるわね」

張りきる様に、腕まくりをすると楽しそうな声色。

「僕も皮むきぐらいなら出来るので、言ってください」

「もう、そこまで私を見張らなくてもいいのよ。それでも安心するなら手伝ってもらおうかしら」

・・・普通にばれてた。

「いやぁ・・・お恥ずかしい。ただ、僕らみたいな怪しい人を無警戒に家に招き入れることが全く腑に落ちませんので」

「うふふ自分で怪しいというなんて変わった子ね。お話しながら手を動かしていきましょうか」

「はい」


トントントン

ショリショリシャッシャ


キッチンに並びニンジンなどの皮むきをしながら話は始まった。

「私達も冒険者なの、元だけどね。ジャガイモは芽をしっかりとってね」

「はい。元ですか?」

「そうよ、私もそう。同士なら助け合いはしなくちゃね」

「う~ん・・・納得しづらいですね。じゃがいもはこれぐらいの大きさでいいですか?」

「いいわよ上手ね。本音は私も結構強い冒険者だったからある程度なら何とかなっちゃうと思ってしまうのもあるわね」

「そんな事いわれると・・・やっぱり怖くなりますよ」

「そんな疑う顔しないで、可愛いひよっこたちに何かしてあげたいと思うのは年寄りの共通よ」

話をすればするほど余計分からない。

「うう~ん」

「ほらほら手がとまってるわよ~」

そういい、ディミトリアさんはグツグツと煮え始めたスープを小皿に移し、髪を耳に掛けると味見をした。

その時に今まで髪で隠れていた耳が姿を現す。ティアよりもとんがっているわけではないが、それでもヒューマンにしたら長い耳。

エルフとヒューマンの間ぐらいだと連想させられる。

「うん、いい感じ。メディア君も味見してくれる?」

「はい、あっ美味しいです」

この見た目と喋った感じの違和感はハーフエルフなのかもしれないなと察すると・・・少しディミトリアさんが腕に自信がある素振りなのに納得する。

「後は、オニオンを細かく切ってもらってもいいかな」

「はい。ディミトリアさん達はどうしてこんな所で暮らしているんですか?」

「う~ん、ちょっとした約束みたいな事かしら。それに自然と共存して生きている感じで楽しいわよ」

「あっこんな所というのは悪い意味じゃないです・・・すいません」

「ううんいいのよ。それにたまにあなた達みたいな冒険者や兵士が来るのもあってそこまで人里離れたって感じもなく丁度いいのよ。でも、ウェッジコートがああなってしまって、かなり不便になってしまったけどね」

「ふんふん。オニオン切れました」

何となく生活感が見えてくると、盗賊ではないが何か分け合ってここに住み着いている様子。それは悪い意味ではなく、自分達で選んだ道で楽しく生きている。そう思わされた。


その後は作った料理を食べて、アルとホルンの砕けた様子を楽しそうにディミトリアさんが見守るような目で談笑していた。

「やっぱりお客様はいいわね~、賑やかになって」

「えっそうっすか」

「ホルンお前はもう少し遠慮をしろ」

「いやブラックもですよ。何ちゃっかりお酒まで飲んでるんですか」

人との打ち解け具合が早いのはいいことだ、この2人の得意技なのかもしれない。

「あっもうこんな時間、疲れているのに突き合わせてごめんなさいね」

「楽しい時間だったっす。片付けはこっちでやるっす」

「いいのよ、後は部屋でゆっくりして頂戴」

「メディア頼むぜ」

「はい、いい魔法があるのでそれで。リコール」

汚れの着いた食器はもとのピカピカの状態に。

「・・・クリアリコール、久しぶりにその使い手を見たわ」

「ご存じでしたか」

「昔ね知り合いがよく使っていて、冒険者の時にお世話になったわ」

やはりこの魔法の使い手は少ないとティアから聞いていたが、今まで一切であったことはない・・いやイクサスは使えそうだな。イクサス以外であったことはないが使える人は少なからずいるんだな。

「俺達も頼りっぱなしですよ」

「羨ましいわ、ねえメディア君久しぶりにリコールかけて貰いたくなったけどいいかしら」

「いいですよ、リコール」

光に包まれてた後に幸せそうな顔をするディミトリア。

「いいわねー」

「僕は毎日3回ほど自分には使ってますよ」

「あら贅沢な使い方」

「俺も今日は使って貰ってないな」

「MP切れです」

「私もっスー」

「あー駄目そうですね。また来週ぐらいにでも」

「なげーわ、MP切れとか嘘つくなよ」

そんな賑やかな夜。ただその日はそんな温かいことだけでは終わらなかった。
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