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63.新王二
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現れたのは護衛を連れた王族や祠官たち。涼芽を目にするなり呆然と立ち尽くした。
「誰の御前じゃと思うちょる? 控えやんせ」
王族たちは苧乍の言葉に疑問を挟むこともなく、言われるがままに跪いて頭を垂れた。
「我らが主よ、この日を幾歳月待ちわびたことか。御帰還をお喜び申し上げます」
歓喜に打ち震える王族たち。涼芽が煌鷽の袖を掴んで彼の後ろに半分ほど隠れたが、そうしたくなる気持ちは誰もが理解出来た。予想以上に狂信的である。
第七部隊の面々はもちろん、禁衛たちも見たことのない王族の姿に肝を抜かれている。
「これって王族の前に涼芽ちゃんを出せば、全部解決したんじゃないの?」
「俺らの努力って?」
「言うな。虚しくなる」
梯枇が呟き、呂広と駈須が項垂れた。
「主よ、どうぞ祠殿にお出でくださいませ。我ら祠官一同、心より歓迎いたします」
祠官が膝を進めて訴える。
「せっかくの祠官長殿の申し出じゃが、主はすでに王を選ばれた。今後はこの胤煌鷽を王として支えると良か」
「煌鷽? 知らぬ名だな。それにその目。王族ではないのではないか?」
父を平民とする煌鷽は髪の色こそ王族そのものだが、目は色が濃く平民に近い。猜疑心に満ちた目が煌鷽に注がれる。
「私は先々王の娘、胤麗鸞の子。王族に違いありません。それとも」
と、声を切った煌鷽は、威圧感を込めて王族たちを見回す。
「主の選定に納得がいきませんか?」
威嚇するように、怒りを帯びているかのようにも聞こえる低い声で問うた。
神の名を出されては、王族たちも強くは出られない。それでも納得がいかぬのだろう。粗を探そうと眼球が忙しく動いている。
「では、紋を見せて頂きたい。主に選ばれた者には、八枚の花弁を持つ華紋が咲くと伝えられています。本当に選ばれたのであれば、その印があるはずです」
王族の訴えを聞いた煌鷽の目が苧乍に向かう。苧乍は知らなかったと伝えるため、小さく首を横に振った。
守護者と呼ばれ、華紋が似ていたために禁衛と同じく涼芽を護るだけの存在だと思っていたが、どうやら初めから王となることが決まっていたようだ。
本来の意味を知れば、現王旻彗が煌鷽を警戒したのは当然とも思える。
煌鷽は手甲を外した左手を王族たちに見えるよう掲げる。
「これでよろしいですか?」
瞠目した祠官や王族たちから歓声が上がった。続いて羨望や憧憬、嫉妬の目が煌鷽に向けられた。
それでも証を見たことで諦めがついたのだろう。一人、また一人と居住まいを正し、涼芽と煌鷽に忠誠を誓っていく。
「凄いね、神様効果」
梯枇の呟きが耳に届いた涼芽の肩が、ぴくりと震えた。
それから話はとんとん拍子に進んだ。
煌鷽も涼芽も王の住まう蕊珠に部屋を与えられ、挨拶のために訪ねてくる王族の相手をしたり、今後の予定を説明されたりして過ごす。
そのほかの面倒事は、苧乍を中心とした禁衛の者たちや、王族たちが進めてくれたようだ。
先王旻彗を討ったことに対しては、誰からも文句は出なかったという。
すでに煌鷽を守護者に選んでいた涼芽を力づくで手に入れようとしていた事実を知り、王族や祠官たちは立腹すると同時に、旻彗の暴走を止められなかったことを詫びた。
あっという間に日が過ぎ、正式に王となるために祠殿へと向かう日は翌日に迫っていた。
「煌鷽、どげんした?」
どこか暗い表情の煌鷽を見つけた苧乍が声を掛ける。
彼は禁衛を辞することを望んでいたが、禁衛の隊員たちに引き留められて蕊頂に残った。
王としての生活に慣れない煌鷽にとっては幸運と呼べることだったが、苧乍や第七部隊の隊員たちには申し訳ない気もする。
駈須たちはもちろん、李蛄たちも第七部隊に戻っていった。
煌鷽や苧乍が抜けるのは寂しいが、自分たちには王族や華族に仕える蕊山での暮らしは合わないからと。
他にも、もう王族とは関わりたくないと禁衛からの除隊を望んだ元禁衛たちも、第七部隊に下った。
ただ灰薙だけは涼芽の下に残っている。
「涼芽が何かに悩んでいるようなのですが、話してくれなくて。私のことも避けているようです」
「何をしたんじゃ?」
「分かりません」
心当たりなど何もない。強いて言えば仲飛や旻彗の躯を見せてしまったことだろうか。あれから彼女は塞いでいる。
灰薙も話を聞いてくれたようだが、よく分からないと言っていた。
苧乍と共にいた雪華は少し考える素振りをしてから、もしやと顔を上げる。
「煌鷽様と涼芽様は想い合っておられるのですよね? ならば神々の決まりを破ることに関して、お気になされておられるのではないでしょうか?」
「決まり?」
「ええ。神々は人との恋を禁じていたそうです。中には人に恋をする神様もおられたようですが、他の神々からは諌められたと。罰せられた神様もおられたようです」
煌鷽は地面が崩れ落ちていくような錯覚を感じた。
自分は神ではないと言い続けていた涼芽。理由は分からないが旻彗の躯を見たことを切っ掛けに、自分が神であることを自覚したのかもしれない。
「誰の御前じゃと思うちょる? 控えやんせ」
王族たちは苧乍の言葉に疑問を挟むこともなく、言われるがままに跪いて頭を垂れた。
「我らが主よ、この日を幾歳月待ちわびたことか。御帰還をお喜び申し上げます」
歓喜に打ち震える王族たち。涼芽が煌鷽の袖を掴んで彼の後ろに半分ほど隠れたが、そうしたくなる気持ちは誰もが理解出来た。予想以上に狂信的である。
第七部隊の面々はもちろん、禁衛たちも見たことのない王族の姿に肝を抜かれている。
「これって王族の前に涼芽ちゃんを出せば、全部解決したんじゃないの?」
「俺らの努力って?」
「言うな。虚しくなる」
梯枇が呟き、呂広と駈須が項垂れた。
「主よ、どうぞ祠殿にお出でくださいませ。我ら祠官一同、心より歓迎いたします」
祠官が膝を進めて訴える。
「せっかくの祠官長殿の申し出じゃが、主はすでに王を選ばれた。今後はこの胤煌鷽を王として支えると良か」
「煌鷽? 知らぬ名だな。それにその目。王族ではないのではないか?」
父を平民とする煌鷽は髪の色こそ王族そのものだが、目は色が濃く平民に近い。猜疑心に満ちた目が煌鷽に注がれる。
「私は先々王の娘、胤麗鸞の子。王族に違いありません。それとも」
と、声を切った煌鷽は、威圧感を込めて王族たちを見回す。
「主の選定に納得がいきませんか?」
威嚇するように、怒りを帯びているかのようにも聞こえる低い声で問うた。
神の名を出されては、王族たちも強くは出られない。それでも納得がいかぬのだろう。粗を探そうと眼球が忙しく動いている。
「では、紋を見せて頂きたい。主に選ばれた者には、八枚の花弁を持つ華紋が咲くと伝えられています。本当に選ばれたのであれば、その印があるはずです」
王族の訴えを聞いた煌鷽の目が苧乍に向かう。苧乍は知らなかったと伝えるため、小さく首を横に振った。
守護者と呼ばれ、華紋が似ていたために禁衛と同じく涼芽を護るだけの存在だと思っていたが、どうやら初めから王となることが決まっていたようだ。
本来の意味を知れば、現王旻彗が煌鷽を警戒したのは当然とも思える。
煌鷽は手甲を外した左手を王族たちに見えるよう掲げる。
「これでよろしいですか?」
瞠目した祠官や王族たちから歓声が上がった。続いて羨望や憧憬、嫉妬の目が煌鷽に向けられた。
それでも証を見たことで諦めがついたのだろう。一人、また一人と居住まいを正し、涼芽と煌鷽に忠誠を誓っていく。
「凄いね、神様効果」
梯枇の呟きが耳に届いた涼芽の肩が、ぴくりと震えた。
それから話はとんとん拍子に進んだ。
煌鷽も涼芽も王の住まう蕊珠に部屋を与えられ、挨拶のために訪ねてくる王族の相手をしたり、今後の予定を説明されたりして過ごす。
そのほかの面倒事は、苧乍を中心とした禁衛の者たちや、王族たちが進めてくれたようだ。
先王旻彗を討ったことに対しては、誰からも文句は出なかったという。
すでに煌鷽を守護者に選んでいた涼芽を力づくで手に入れようとしていた事実を知り、王族や祠官たちは立腹すると同時に、旻彗の暴走を止められなかったことを詫びた。
あっという間に日が過ぎ、正式に王となるために祠殿へと向かう日は翌日に迫っていた。
「煌鷽、どげんした?」
どこか暗い表情の煌鷽を見つけた苧乍が声を掛ける。
彼は禁衛を辞することを望んでいたが、禁衛の隊員たちに引き留められて蕊頂に残った。
王としての生活に慣れない煌鷽にとっては幸運と呼べることだったが、苧乍や第七部隊の隊員たちには申し訳ない気もする。
駈須たちはもちろん、李蛄たちも第七部隊に戻っていった。
煌鷽や苧乍が抜けるのは寂しいが、自分たちには王族や華族に仕える蕊山での暮らしは合わないからと。
他にも、もう王族とは関わりたくないと禁衛からの除隊を望んだ元禁衛たちも、第七部隊に下った。
ただ灰薙だけは涼芽の下に残っている。
「涼芽が何かに悩んでいるようなのですが、話してくれなくて。私のことも避けているようです」
「何をしたんじゃ?」
「分かりません」
心当たりなど何もない。強いて言えば仲飛や旻彗の躯を見せてしまったことだろうか。あれから彼女は塞いでいる。
灰薙も話を聞いてくれたようだが、よく分からないと言っていた。
苧乍と共にいた雪華は少し考える素振りをしてから、もしやと顔を上げる。
「煌鷽様と涼芽様は想い合っておられるのですよね? ならば神々の決まりを破ることに関して、お気になされておられるのではないでしょうか?」
「決まり?」
「ええ。神々は人との恋を禁じていたそうです。中には人に恋をする神様もおられたようですが、他の神々からは諌められたと。罰せられた神様もおられたようです」
煌鷽は地面が崩れ落ちていくような錯覚を感じた。
自分は神ではないと言い続けていた涼芽。理由は分からないが旻彗の躯を見たことを切っ掛けに、自分が神であることを自覚したのかもしれない。
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