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59.蕊頂三
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「きゃあっ、刀を向けるなんて怖いわ、阿弥!」
と、涼芽はいつもより高めの鈴を鳴らすような可愛らしい声で叫んだ。
「ぐっ!」
阿弥を始めとする禁衛の者たちの顔が、分かりやすく歪む。精神に大きな痛手を与えることに成功したようだ。
「うわ。棒読みでも効果絶大」
「よし、次行こう」
「はい!」
煌鷽と駈須が何か言いたげな視線を向けてくるが、涼芽と呂広は真剣だ。梯枇の感想は聞かなかったことにした。
「武力に訴える阿弥なんて嫌いよ! 刀を収めて平和に話し合いましょう? 阿弥になら出来るわ!」
乗ってきたのか、涼芽は小さく握った二つの拳を胸元に当て、離れているのに上目使いで阿弥を見つめる。
「神子様っ!」
口元を抑えて何かに耐えるように震えだす阿弥。全員ではないが、禁衛の隊員の中にも同じような反応をしている者の姿があった。
「ちょっと気持ち悪くなってきたんだけど? 神子様を好きすぎない? というか、あいつら神子様の顔を見たことないの? それとも似てるの?」
禁衛たちを観賞していた梯枇は、口の端を引きつらせて引いている。浮かんだ疑問が気になるのか、涼芽と阿弥たちを交互に見る。
「似ていません。涼芽の方が素朴で愛らしいです。瞳と髪の色は同じでしたけれど」
「さり気なく惚気てきた」
きっぱりと言い切る煌鷽にも、梯枇は軽く顔をしかめた。涼芽は顔を赤く染めている。
「神子様! この阿弥、神子様のご期待に応えてみせましょう!」
阿弥が刀を鞘にしまうと、隊員たちも彼に倣って収める。
上手くいったと、涼芽と呂広は満足そうな顔で頷き合った。
耐え切れずに梯枇は後ろを向いて噴き出す。
煌鷽と駈須は何とも言い難い複雑な表情を、涼芽に向けるべきか阿弥に向けるべきか悩んでいるようだ。
「賊ども、お前たちに逃げ場はありません。大人しく神子様を解放し、我々に拘束されなさい」
凛々しい顔つきで勧告する阿弥。
「そう言われて拘束される奴なんているの? 神子様を誘拐した疑惑を掛けられた時点で、処分は決まってるんでしょ?」
「ひねりが欲しいよね」
小声で交わされる梯枇と呂広の会話。煌鷽と駈須は、敵ながら阿弥が気の毒になってくる。
とはいえ禁衛と力での勝負となれば、煌鷽たちも無傷では済まないだろう。せっかく得た話し合いの好機だ。利用しない手はない。
「幾つか確認させてください」
「なんでしょう?」
「私たちが神子様をかどわかしたと、誰が仰ったのですか?」
答えは分かっているが、念の為に問う。
「陛下に決まっているではありませんか」
やはり旻彗の指示なのだと改めて明らかにされ、煌鷽たちの胸に苦いものが込み上げてきた。
彼らとてこの国の民。国を支える王と、神に選ばれた神子への忠誠心や憧憬がないわけではない。
そもそも国を護るために危険な魔物たちと戦ってきたのだ。国を愛する気持ちが少しでもなければ、日々を危険な任務に捧げることなどできない。
それなのに、功績が認められるどころか、邪魔となれば容赦なく切り捨てられ賊扱いする王に、悔しさと憤りが湧いてくる。
「阿弥殿、あなたは神子様のお姿を見たことはありますか?」
「無論です。我々禁衛は陛下と神子様のお側に仕え御守りすることを許されています。神子様はそれはお美しく可憐で、まるで天女のような儚さを持った御方です」
呂広と梯枇、それに駈須までが涼芽を見た。
「私のことではないと思うよ?」
反射的に否定したものの、涼芽は精神に少なくない傷を負った気がした。
別に自分のことを美しいとか可憐だとか、天女のような儚さを持った女性だなどとは思っていなかったはずなのだが。
「涼芽、大丈夫。気にしない」
「ありがとう、灰薙さん」
思わずぎゅっと灰薙に抱きついた涼芽。
「煌鷽、頑張れ」
呂広と梯枇は、阿弥と対峙するためにこちらに混ざれない煌鷽へ、同情を過分に含んだ声援を送る。
煌鷽もまた心に痛手を負ったのか、それとも涼芽の下へ駆け寄れないのが辛いだけなのか、耐えるように眉を震わせた。
気落ちを立て直すように軽く咳払いをして、煌鷽は阿弥を見据える。
「では阿弥殿が仰った神子様は、本当にこちらの女性で間違いありませんか?」
「無論です。お美しく可憐で、天女のような」
言葉を切った阿弥は、顔を向けている涼芽を凝視する。
禁衛の隊員たちの視線も浴びてたじろぎそうになる涼芽だが、戦いを回避するためだと必死に耐えて阿弥を見つめ続ける。
「お美しく可憐で、天女のような儚、さ?」
確かめるように繰り返される神子への賛辞。徐々に力を失っていき、次第に疑問形へと変わっていく。
「なんて拷問」
心の中で滂沱の涙を流しながら、涼芽は唇を噛んで必死に耐える。
「私の勘違いだったようです」
ようやく阿弥は己の間違いに気付いたようだ。その間に涼芽が払った犠牲は、相当なものだったようだが。
呂広たちに頭をよしよしと撫でられながら、涼芽は灰薙に縋りつく。
とはいえこれで誤解は解消されたのだ。安堵に胸を撫で下ろす。
「神子様は、朴訥とした珍しい顔立ちの御方です」
「それは褒められてるの?」
誤解は未だ解消されていなかった。思わず抗議の声が涼芽から飛び出す。
「大丈夫。涼芽は面白可愛い」
「灰薙さんまで?」
絶望的に顔を歪める涼芽だが、否定はできなかった。目の前にいる灰薙も、周囲にいる人たちも、美形揃いだったから。
「私は涼芽が誰よりも美しく愛らしいと思います」
「煌鷽さん」
耐え切れなかったのか、振り返らないまま掛けられた煌鷽の言葉に、涼芽は胸が熱くなるのを感じた。彼だけは味方のようだ。
と、涼芽はいつもより高めの鈴を鳴らすような可愛らしい声で叫んだ。
「ぐっ!」
阿弥を始めとする禁衛の者たちの顔が、分かりやすく歪む。精神に大きな痛手を与えることに成功したようだ。
「うわ。棒読みでも効果絶大」
「よし、次行こう」
「はい!」
煌鷽と駈須が何か言いたげな視線を向けてくるが、涼芽と呂広は真剣だ。梯枇の感想は聞かなかったことにした。
「武力に訴える阿弥なんて嫌いよ! 刀を収めて平和に話し合いましょう? 阿弥になら出来るわ!」
乗ってきたのか、涼芽は小さく握った二つの拳を胸元に当て、離れているのに上目使いで阿弥を見つめる。
「神子様っ!」
口元を抑えて何かに耐えるように震えだす阿弥。全員ではないが、禁衛の隊員の中にも同じような反応をしている者の姿があった。
「ちょっと気持ち悪くなってきたんだけど? 神子様を好きすぎない? というか、あいつら神子様の顔を見たことないの? それとも似てるの?」
禁衛たちを観賞していた梯枇は、口の端を引きつらせて引いている。浮かんだ疑問が気になるのか、涼芽と阿弥たちを交互に見る。
「似ていません。涼芽の方が素朴で愛らしいです。瞳と髪の色は同じでしたけれど」
「さり気なく惚気てきた」
きっぱりと言い切る煌鷽にも、梯枇は軽く顔をしかめた。涼芽は顔を赤く染めている。
「神子様! この阿弥、神子様のご期待に応えてみせましょう!」
阿弥が刀を鞘にしまうと、隊員たちも彼に倣って収める。
上手くいったと、涼芽と呂広は満足そうな顔で頷き合った。
耐え切れずに梯枇は後ろを向いて噴き出す。
煌鷽と駈須は何とも言い難い複雑な表情を、涼芽に向けるべきか阿弥に向けるべきか悩んでいるようだ。
「賊ども、お前たちに逃げ場はありません。大人しく神子様を解放し、我々に拘束されなさい」
凛々しい顔つきで勧告する阿弥。
「そう言われて拘束される奴なんているの? 神子様を誘拐した疑惑を掛けられた時点で、処分は決まってるんでしょ?」
「ひねりが欲しいよね」
小声で交わされる梯枇と呂広の会話。煌鷽と駈須は、敵ながら阿弥が気の毒になってくる。
とはいえ禁衛と力での勝負となれば、煌鷽たちも無傷では済まないだろう。せっかく得た話し合いの好機だ。利用しない手はない。
「幾つか確認させてください」
「なんでしょう?」
「私たちが神子様をかどわかしたと、誰が仰ったのですか?」
答えは分かっているが、念の為に問う。
「陛下に決まっているではありませんか」
やはり旻彗の指示なのだと改めて明らかにされ、煌鷽たちの胸に苦いものが込み上げてきた。
彼らとてこの国の民。国を支える王と、神に選ばれた神子への忠誠心や憧憬がないわけではない。
そもそも国を護るために危険な魔物たちと戦ってきたのだ。国を愛する気持ちが少しでもなければ、日々を危険な任務に捧げることなどできない。
それなのに、功績が認められるどころか、邪魔となれば容赦なく切り捨てられ賊扱いする王に、悔しさと憤りが湧いてくる。
「阿弥殿、あなたは神子様のお姿を見たことはありますか?」
「無論です。我々禁衛は陛下と神子様のお側に仕え御守りすることを許されています。神子様はそれはお美しく可憐で、まるで天女のような儚さを持った御方です」
呂広と梯枇、それに駈須までが涼芽を見た。
「私のことではないと思うよ?」
反射的に否定したものの、涼芽は精神に少なくない傷を負った気がした。
別に自分のことを美しいとか可憐だとか、天女のような儚さを持った女性だなどとは思っていなかったはずなのだが。
「涼芽、大丈夫。気にしない」
「ありがとう、灰薙さん」
思わずぎゅっと灰薙に抱きついた涼芽。
「煌鷽、頑張れ」
呂広と梯枇は、阿弥と対峙するためにこちらに混ざれない煌鷽へ、同情を過分に含んだ声援を送る。
煌鷽もまた心に痛手を負ったのか、それとも涼芽の下へ駆け寄れないのが辛いだけなのか、耐えるように眉を震わせた。
気落ちを立て直すように軽く咳払いをして、煌鷽は阿弥を見据える。
「では阿弥殿が仰った神子様は、本当にこちらの女性で間違いありませんか?」
「無論です。お美しく可憐で、天女のような」
言葉を切った阿弥は、顔を向けている涼芽を凝視する。
禁衛の隊員たちの視線も浴びてたじろぎそうになる涼芽だが、戦いを回避するためだと必死に耐えて阿弥を見つめ続ける。
「お美しく可憐で、天女のような儚、さ?」
確かめるように繰り返される神子への賛辞。徐々に力を失っていき、次第に疑問形へと変わっていく。
「なんて拷問」
心の中で滂沱の涙を流しながら、涼芽は唇を噛んで必死に耐える。
「私の勘違いだったようです」
ようやく阿弥は己の間違いに気付いたようだ。その間に涼芽が払った犠牲は、相当なものだったようだが。
呂広たちに頭をよしよしと撫でられながら、涼芽は灰薙に縋りつく。
とはいえこれで誤解は解消されたのだ。安堵に胸を撫で下ろす。
「神子様は、朴訥とした珍しい顔立ちの御方です」
「それは褒められてるの?」
誤解は未だ解消されていなかった。思わず抗議の声が涼芽から飛び出す。
「大丈夫。涼芽は面白可愛い」
「灰薙さんまで?」
絶望的に顔を歪める涼芽だが、否定はできなかった。目の前にいる灰薙も、周囲にいる人たちも、美形揃いだったから。
「私は涼芽が誰よりも美しく愛らしいと思います」
「煌鷽さん」
耐え切れなかったのか、振り返らないまま掛けられた煌鷽の言葉に、涼芽は胸が熱くなるのを感じた。彼だけは味方のようだ。
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