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14.第七部隊三
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見習いから上がったばかりだから相手をする必要もないと思われているのだろうかと、煌鷽の中でどろりとした昏い感情が湧き出てくる。
「副隊長は少し壊れちょる。気にすっな」
煌鷽の心の機微を鋭く見抜いた苧殻が、耳元で囁いた。意味を察した煌鷽は視界の端で微かに仲飛を捉えると、心を鎮めた。
人の中には時折こういった存在がいる。生まれながらにどこかが壊れている者もいれば、何らかの事故などに巻き込まれて壊れてしまう者もいる。
多いのは圧倒的に後者。特に垠萼に出ることもある検衛ならば、魔物に襲われて壊れてしまう者は少なくないだろう。
自分の未来の姿となるかもしれない男を目の前にして、煌鷽は動揺しそうになる心を意識して抑えつける。
「うちは他に比べて垠萼へ出ることが多い。魔獣を捕まえるように命じられることもあるが、基本的には蕊山に近付いた魔物を討伐するか、追い払うのが仕事だな。死にやすいから無理に出兵する必要はないぞ? あとやばいと思ったら即逃げろ」
ちりりと、煌鷽の目に反骨精神の火が宿る。後ろに控えている苧乍は、馬辛の台詞と煌鷽の変化を見て、頭が痛そうに顔を手で押さえた。
「いえ、大丈夫です。戦えます」
「無理をするな。お前一人で戦うなら好きにすればいいが、一緒に出た奴を危険に晒すことは看過できん。戦えると思うまでは出るな。出るなら先輩の命令に従え」
「……。心に留めておきます」
不満はある。決して受け入れられる言葉ではない。
確かに一年前までの煌鷽は、戦い方も知らない素人だった。しかしこの一年で体を鍛え、技術と知識を身に付けてきた。
前線に立ち続けている者には遠く及ばないかもしれないが、見習いの中では李睡に次ぐ成績を修めて配属されたのだ。
この一年の努力と成果を掃き捨てられたような気がして、悔しさで煌鷽は拳を握りしめる。
「もう他の奴には紹介したのか?」
「ここへ来る途中で顔を会わした者には紹介した」
「そうか。じゃあついでに他の奴にも紹介してやってくれ。あとは」
「後は俺に任してもろうてよかか?」
「おお、頼む」
話をまとめた苧乍に肘を突かれて、はっと正気に戻った煌鷽は馬辛に一礼して部屋を出た。
「気にするな。馬辛隊長はよか人じゃが、大雑把すぎて相手ん気持ちが読めん。悪気はなか。じゃっどん嘘は言うちょらん。魔物は強か。意地を張って戦おうとすりゃ、自分だけじゃなく仲間も殺すことになる。それだけは覚えとけ」
「はい」
幾度も視線を潜ってきたのであろう男の底冷えしそうな眼光に、煌鷽は息を飲む。受け入れたと理解した苧乍は、ふっと目元を和らげる。
「お前はまだ若か。焦っな」
「……はい」
年は関係ない。一日でも、一刻でも早く強くなり、涼芽を迎えに行きたいのだ。けれどそのことを口にするわけにはいかない。
もやもやとする気持ちを抱えながら、煌鷽は苧乍の後を追う。
「さてと、うちの人数が少なかとは知っちょると思うが、まだ顔を合わしちょらんのは残り三人じゃな。全員でお前を合わせて十三しかおらん」
それは少ないという範疇を越えているのではないかと、煌鷽は先を行く苧乍の後頭部を凝視してしまう。
「さ、まずは一人目や。斉諏、入っど?」
扉を軽く叩いて声を掛けるなり、返事も聞かずに開く。作法を知らぬわけでもないだろうに、余程気心の知れた相手なのだろうかと、煌鷽は気になりつつも苧乍の後に続く。
「あー? ああ、苧乍さんか。何?」
生気の感じられない男が一人、椅子に座っていた。
「新入りの煌鷽や。見習いからの上がりたてじゃっで、無茶はさせんでくれ」
「ん。分かった」
「よし」
煌鷽が名乗る間もなく、部屋から押し出され扉が閉まる。
「今のが斉諏や」
「あ、はい」
生返事する以外に反応し辛い。人の良さそうな苧乍にしては冷たい対応だ。仲が悪いのだろうかと疑問に思うが、特に表情に変化は見られない。
「次は少し覚悟しちょいてくれ」
微かに困ったような表情をした苧乍は、別の部屋の前で止まる。軽く二度ほど戸を叩いてから、声を掛けた。
「俺だ。苧乍や。少しよかか?」
中から返事はない。留守なのではないかと思うが、苧乍は部屋の前から動かない。苧乍が動かない以上、煌鷽も立ち去るわけにはいかない。
しばし無言で待つ。部屋の中の気配を探ってみるが、人がいるような気配は感じられなかった。それでも苧乍は動かない。
ぴくりと、空気が揺れた。
異常に対して煌鷽が反応するより先に、苧乍が動く。とんっと肩を押されて煌鷽が後ろに突き飛ばされた。
まったくもって抵抗の一つもできなかったことに歯噛みしながら煌鷽が顔を向ければ、見知らぬ男が苧乍に斬りかかるところだった。
「甘かっ!」
そして瞬きする間もなく、撃退された。
刀同士がぶつかる硬質な音が響き、剣花が散ったというのに、苧乍は先ほどと一歩も違わぬ位置に立ったまま。手は腰に置かれているが、帯に差している刀には触れていない。
ただ彼の右足の下には、後頭部を踏まれて顔を床にめり込まされた男の姿が増えていた。
「副隊長は少し壊れちょる。気にすっな」
煌鷽の心の機微を鋭く見抜いた苧殻が、耳元で囁いた。意味を察した煌鷽は視界の端で微かに仲飛を捉えると、心を鎮めた。
人の中には時折こういった存在がいる。生まれながらにどこかが壊れている者もいれば、何らかの事故などに巻き込まれて壊れてしまう者もいる。
多いのは圧倒的に後者。特に垠萼に出ることもある検衛ならば、魔物に襲われて壊れてしまう者は少なくないだろう。
自分の未来の姿となるかもしれない男を目の前にして、煌鷽は動揺しそうになる心を意識して抑えつける。
「うちは他に比べて垠萼へ出ることが多い。魔獣を捕まえるように命じられることもあるが、基本的には蕊山に近付いた魔物を討伐するか、追い払うのが仕事だな。死にやすいから無理に出兵する必要はないぞ? あとやばいと思ったら即逃げろ」
ちりりと、煌鷽の目に反骨精神の火が宿る。後ろに控えている苧乍は、馬辛の台詞と煌鷽の変化を見て、頭が痛そうに顔を手で押さえた。
「いえ、大丈夫です。戦えます」
「無理をするな。お前一人で戦うなら好きにすればいいが、一緒に出た奴を危険に晒すことは看過できん。戦えると思うまでは出るな。出るなら先輩の命令に従え」
「……。心に留めておきます」
不満はある。決して受け入れられる言葉ではない。
確かに一年前までの煌鷽は、戦い方も知らない素人だった。しかしこの一年で体を鍛え、技術と知識を身に付けてきた。
前線に立ち続けている者には遠く及ばないかもしれないが、見習いの中では李睡に次ぐ成績を修めて配属されたのだ。
この一年の努力と成果を掃き捨てられたような気がして、悔しさで煌鷽は拳を握りしめる。
「もう他の奴には紹介したのか?」
「ここへ来る途中で顔を会わした者には紹介した」
「そうか。じゃあついでに他の奴にも紹介してやってくれ。あとは」
「後は俺に任してもろうてよかか?」
「おお、頼む」
話をまとめた苧乍に肘を突かれて、はっと正気に戻った煌鷽は馬辛に一礼して部屋を出た。
「気にするな。馬辛隊長はよか人じゃが、大雑把すぎて相手ん気持ちが読めん。悪気はなか。じゃっどん嘘は言うちょらん。魔物は強か。意地を張って戦おうとすりゃ、自分だけじゃなく仲間も殺すことになる。それだけは覚えとけ」
「はい」
幾度も視線を潜ってきたのであろう男の底冷えしそうな眼光に、煌鷽は息を飲む。受け入れたと理解した苧乍は、ふっと目元を和らげる。
「お前はまだ若か。焦っな」
「……はい」
年は関係ない。一日でも、一刻でも早く強くなり、涼芽を迎えに行きたいのだ。けれどそのことを口にするわけにはいかない。
もやもやとする気持ちを抱えながら、煌鷽は苧乍の後を追う。
「さてと、うちの人数が少なかとは知っちょると思うが、まだ顔を合わしちょらんのは残り三人じゃな。全員でお前を合わせて十三しかおらん」
それは少ないという範疇を越えているのではないかと、煌鷽は先を行く苧乍の後頭部を凝視してしまう。
「さ、まずは一人目や。斉諏、入っど?」
扉を軽く叩いて声を掛けるなり、返事も聞かずに開く。作法を知らぬわけでもないだろうに、余程気心の知れた相手なのだろうかと、煌鷽は気になりつつも苧乍の後に続く。
「あー? ああ、苧乍さんか。何?」
生気の感じられない男が一人、椅子に座っていた。
「新入りの煌鷽や。見習いからの上がりたてじゃっで、無茶はさせんでくれ」
「ん。分かった」
「よし」
煌鷽が名乗る間もなく、部屋から押し出され扉が閉まる。
「今のが斉諏や」
「あ、はい」
生返事する以外に反応し辛い。人の良さそうな苧乍にしては冷たい対応だ。仲が悪いのだろうかと疑問に思うが、特に表情に変化は見られない。
「次は少し覚悟しちょいてくれ」
微かに困ったような表情をした苧乍は、別の部屋の前で止まる。軽く二度ほど戸を叩いてから、声を掛けた。
「俺だ。苧乍や。少しよかか?」
中から返事はない。留守なのではないかと思うが、苧乍は部屋の前から動かない。苧乍が動かない以上、煌鷽も立ち去るわけにはいかない。
しばし無言で待つ。部屋の中の気配を探ってみるが、人がいるような気配は感じられなかった。それでも苧乍は動かない。
ぴくりと、空気が揺れた。
異常に対して煌鷽が反応するより先に、苧乍が動く。とんっと肩を押されて煌鷽が後ろに突き飛ばされた。
まったくもって抵抗の一つもできなかったことに歯噛みしながら煌鷽が顔を向ければ、見知らぬ男が苧乍に斬りかかるところだった。
「甘かっ!」
そして瞬きする間もなく、撃退された。
刀同士がぶつかる硬質な音が響き、剣花が散ったというのに、苧乍は先ほどと一歩も違わぬ位置に立ったまま。手は腰に置かれているが、帯に差している刀には触れていない。
ただ彼の右足の下には、後頭部を踏まれて顔を床にめり込まされた男の姿が増えていた。
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