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11.試験五
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「面白いな。己の利益しか眼中になかった者共をまとめたか」
「粗いですけどね」
軽口を叩く李睡を放って、慥魏は煌鷽へと獲物を変える。
柄の握りを見れば分かる。刀を持ったことのない素人だ。慥魏は躊躇なく、向かってくる煌鷽の鳩尾に拳を突き入れた。
刀の柄から手が離れ、煌鷽は後方に吹き飛ぶ。予想を遥かに上回る衝撃に、痛いという感覚よりも驚愕が先に立った。
――これが禁衛。
力の差に心が折れるよりも、人はここまで強くなれるのだと歓喜が込み上げる。
――欲しい。
あの力が、あの動きが。
――必ず手に入れて見せます。
そして涼芽を迎えに行くのだと、煌鷽は笑みを浮かべた。狂気さえ覚えさせる彼の笑みを、慥魏は向かってくる受験生たちを殴り飛ばしながら見ていた。
圧倒的な力の差を見せつけられた者が見せる表情は限られる。驚愕、絶望、苦悶、憤怒、稀に愉悦。いずれもまともな類の感情ではない。
だが先ほど殴り倒した煌鷽の笑みはどうだろうか。そこに映っていたのは歓喜。強者に出会えた喜び。未来の欠片を見た歓び。
ぞわりと、慥魏の背筋が粟立った。
まだ牙も持たぬ小物に過ぎない。けれどいつか――。
「は?」
意識を煌鷽に向けたまま、流れるように向かってくる者に対処していた慥魏から、気の抜けた声が零れ出た。
背中に走った衝撃。
反射的に目が背後を確認すれば、赤毛の少年がにやりと口角を上げていた。
「油断大敵ですよ、慥魏様?」
李睡が持っていた刀は慥魏が折ってやったばかりだ。それなのに、彼は慥魏の背を下から掬うように刀で斬り上げていた。
「やっぱり無傷ですか。禁衛の制服ってずるくありません?」
呆れたような声が耳に入ってくるが、慥魏はその声を聞き流す。
倒れている受験生の刀を拾ったにしては早すぎる。李睡の周囲で倒れている者はいなかった。再び刀を手に入れて斬りかかってくるまでには、まだ時間が掛かるはずだ。
「なぜ?」
疑問を口にしながら、視線は地面に倒れる煌鷽に向かう。
手から離れた刀。素人ゆえに握りが甘かったのだと判断した。
「そういうことか」
自然と口元が緩む。
煌鷽が攻撃してきた最大の目的は、李睡に止めを刺させないためではなかった。自分が囮になることで、最大戦力である李睡に得物を譲り渡すこと。
隙有りとばかりに、残っていた受験生が振り下ろしてきた刀を左腕で受けて止めると、慥魏はふっと笑った。
「合格だ。当てた者はもちろん、十三秒の内に攻撃に加わった者、また現段階で攻撃に参加する態勢だった者、見事だ」
慥魏と戦っていた受験生たちが静まり返った。一瞬の間を置いて、わっと歓声が上がる。
慌てて刀を構えた者がいたが、慥魏はぎろりと睨み付けた。
「他の者は試験を続行する。掛かってくるがいい」
掌を上向けて伸ばしていた人差し指を、招くように折り曲げる。
「慥魏様、合格した奴は治療室に運んでもいいですか?」
「構わん。さっさと治してやれ」
「了解」
李睡は意識を失っている煌鷽を肩に担ぐと、他にも元気な者たちに指示を出して合格した怪我人を回収する。
「しっかし、ぶっ飛ばされて笑ってるとか。こいつ変な趣味に目覚めたんじゃないだろうな?」
微かに顔をしかめたが、すぐに笑みを浮かべた。
「父さんに頼まれなくても上手くやっていけそうだ」
※
「え? 慥魏姉さん、負けちゃったんですか?」
「え? 本当に? 嘘う」との副音声まで聞こえてきそうな、糸目の男の言葉。慥魏は苦々しい思いで顔をしかめた。
「お前、見ていただろう?」
大勢の受験生に挑まれていたとはいえ、禁衛にとっては児戯に等しい。もう一方の試験がどのような状況であるかは、常に把握している。
「ええ? 僕は慥魏姉さんほど強くないですから、そんな余裕はありませんでしたよ。第一、慥魏姉さんともあろう御方が、受験生如きに後れを取るなんて想像もできませんから」
にこにことした笑顔で毒を吐く男。
苛立ちで慥魏のしかめっ面が更に苦く歪んでいく。
この男は苦手だと、慥魏は思う。笑顔でありながら何を考えているのか理解できず、得体が知れない。
擲僂と二人で受験生の試験に参加して来いと言われた時には、隊長の前だというのに露骨に顔をしかめてしまった。
とはいえ思わぬ収穫もあった。
阿弥副隊長の息子が今年検衛に入るとは聞いていたが、思っていた以上に使えた。あれは将来が楽しみだと、背中に鈍く残る痛みを意識する。
そして――、と慥魏は今一人の少年を思い浮かべる。
華族と見紛うほどの薄い色の髪。
武器を持ったこともなく戦う術を知らない少年は、きっとこれから強くなるだろう。いったいどこまで強くなって上ってくるのか。思わず唇に舌を這わす。
「慥魏姉さん? 怖いんですけど?」
「私はお前の姉になった覚えはない。慥魏殿と呼べ」
「ええー?」
白い長袍の裾をなびかせて、二人の近衛は蕊山の中に消えた。
※
「粗いですけどね」
軽口を叩く李睡を放って、慥魏は煌鷽へと獲物を変える。
柄の握りを見れば分かる。刀を持ったことのない素人だ。慥魏は躊躇なく、向かってくる煌鷽の鳩尾に拳を突き入れた。
刀の柄から手が離れ、煌鷽は後方に吹き飛ぶ。予想を遥かに上回る衝撃に、痛いという感覚よりも驚愕が先に立った。
――これが禁衛。
力の差に心が折れるよりも、人はここまで強くなれるのだと歓喜が込み上げる。
――欲しい。
あの力が、あの動きが。
――必ず手に入れて見せます。
そして涼芽を迎えに行くのだと、煌鷽は笑みを浮かべた。狂気さえ覚えさせる彼の笑みを、慥魏は向かってくる受験生たちを殴り飛ばしながら見ていた。
圧倒的な力の差を見せつけられた者が見せる表情は限られる。驚愕、絶望、苦悶、憤怒、稀に愉悦。いずれもまともな類の感情ではない。
だが先ほど殴り倒した煌鷽の笑みはどうだろうか。そこに映っていたのは歓喜。強者に出会えた喜び。未来の欠片を見た歓び。
ぞわりと、慥魏の背筋が粟立った。
まだ牙も持たぬ小物に過ぎない。けれどいつか――。
「は?」
意識を煌鷽に向けたまま、流れるように向かってくる者に対処していた慥魏から、気の抜けた声が零れ出た。
背中に走った衝撃。
反射的に目が背後を確認すれば、赤毛の少年がにやりと口角を上げていた。
「油断大敵ですよ、慥魏様?」
李睡が持っていた刀は慥魏が折ってやったばかりだ。それなのに、彼は慥魏の背を下から掬うように刀で斬り上げていた。
「やっぱり無傷ですか。禁衛の制服ってずるくありません?」
呆れたような声が耳に入ってくるが、慥魏はその声を聞き流す。
倒れている受験生の刀を拾ったにしては早すぎる。李睡の周囲で倒れている者はいなかった。再び刀を手に入れて斬りかかってくるまでには、まだ時間が掛かるはずだ。
「なぜ?」
疑問を口にしながら、視線は地面に倒れる煌鷽に向かう。
手から離れた刀。素人ゆえに握りが甘かったのだと判断した。
「そういうことか」
自然と口元が緩む。
煌鷽が攻撃してきた最大の目的は、李睡に止めを刺させないためではなかった。自分が囮になることで、最大戦力である李睡に得物を譲り渡すこと。
隙有りとばかりに、残っていた受験生が振り下ろしてきた刀を左腕で受けて止めると、慥魏はふっと笑った。
「合格だ。当てた者はもちろん、十三秒の内に攻撃に加わった者、また現段階で攻撃に参加する態勢だった者、見事だ」
慥魏と戦っていた受験生たちが静まり返った。一瞬の間を置いて、わっと歓声が上がる。
慌てて刀を構えた者がいたが、慥魏はぎろりと睨み付けた。
「他の者は試験を続行する。掛かってくるがいい」
掌を上向けて伸ばしていた人差し指を、招くように折り曲げる。
「慥魏様、合格した奴は治療室に運んでもいいですか?」
「構わん。さっさと治してやれ」
「了解」
李睡は意識を失っている煌鷽を肩に担ぐと、他にも元気な者たちに指示を出して合格した怪我人を回収する。
「しっかし、ぶっ飛ばされて笑ってるとか。こいつ変な趣味に目覚めたんじゃないだろうな?」
微かに顔をしかめたが、すぐに笑みを浮かべた。
「父さんに頼まれなくても上手くやっていけそうだ」
※
「え? 慥魏姉さん、負けちゃったんですか?」
「え? 本当に? 嘘う」との副音声まで聞こえてきそうな、糸目の男の言葉。慥魏は苦々しい思いで顔をしかめた。
「お前、見ていただろう?」
大勢の受験生に挑まれていたとはいえ、禁衛にとっては児戯に等しい。もう一方の試験がどのような状況であるかは、常に把握している。
「ええ? 僕は慥魏姉さんほど強くないですから、そんな余裕はありませんでしたよ。第一、慥魏姉さんともあろう御方が、受験生如きに後れを取るなんて想像もできませんから」
にこにことした笑顔で毒を吐く男。
苛立ちで慥魏のしかめっ面が更に苦く歪んでいく。
この男は苦手だと、慥魏は思う。笑顔でありながら何を考えているのか理解できず、得体が知れない。
擲僂と二人で受験生の試験に参加して来いと言われた時には、隊長の前だというのに露骨に顔をしかめてしまった。
とはいえ思わぬ収穫もあった。
阿弥副隊長の息子が今年検衛に入るとは聞いていたが、思っていた以上に使えた。あれは将来が楽しみだと、背中に鈍く残る痛みを意識する。
そして――、と慥魏は今一人の少年を思い浮かべる。
華族と見紛うほどの薄い色の髪。
武器を持ったこともなく戦う術を知らない少年は、きっとこれから強くなるだろう。いったいどこまで強くなって上ってくるのか。思わず唇に舌を這わす。
「慥魏姉さん? 怖いんですけど?」
「私はお前の姉になった覚えはない。慥魏殿と呼べ」
「ええー?」
白い長袍の裾をなびかせて、二人の近衛は蕊山の中に消えた。
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