23 / 25
23.わた、私
しおりを挟む
「わた、私、辛くて」
「うん」
「でも、お父様もお母様を失って寂しいのに、悲しませたら駄目だって。なのに気を抜くと弱音が出てきそうで。だから何も言えなくて……」
「パフィーさんは優しいんだね」
心の底に押し込んで、蓋をして、開きそうになるたびに重石を重ねた感情が、噴水のように飛び出してくる。
こんな子供みたいな感情を外に出したら駄目だって思うのに、抑えないといけないって分かっているのに、閉じようとする蓋を押しのけて溢れ続けた。
「きっと、僕は兄や先輩たちがいて、彼らに気持ちをぶつけられたから立ち上がれたんだ。一人で溜め込んで大変だったね。我慢しなくていいから、全部吐き出しちゃいなよ」
優しい声。大きな手が頭を撫でてくれる。
子供のように泣きじゃくる私を、ムーカ様は咎めることなく泣き止むまで待ってくれた。
「す、すみません」
「気にしないで。むしろ光栄だよ。感情を見せてくれたってことは、信頼してもらえたってことだ。君から見て、僕は信用できる人間に見えるということだろう? それって、とても嬉しいことだ」
柔らかな口調が私の心を軽くしてくれる。
ただ場所が場所なので、我に返った私はムーカ様に泣き顔を見られたこと以上に、恥ずかしくて居たたまれない。
まだ魔法省の建物内だ。今は廊下に人気はないけれど、泣いている間に何人か通りかかったはずだ。
「気にすることないよ。魔法使いは基本的に他人に興味がないからね。明日になれば、さっぱり忘れているさ」
「そうでしょうか?」
「そういうことにしておこう?」
「まあ!」
笑顔で飄々と告げられて、私も笑ってしまう。
「そういえば先程スターベルと聞こえた気がするのですが、その、詩人スターベル氏とは関係ないですよね?」
気恥ずかしい思いを隠したくて、話題を逸らす。
館に閉じこもっている間、私の心を慰めてくれた詩集。マグレーン様とムーカ様の会話の中に、作者であるスターベルと同じ名前が聞こえた気がして気になっていたのは本当だ。
「そのスターベル様だよ?」
「え? マンドラゴラの話をしていた気がするのですけど?」
「マンドラゴラだよ? ナルツ様の相棒で、詩人としても活躍しているスターベル様だろう?」
マンドラゴラ? あの素敵な詩を書いたスターベルが、マンドラゴラ?
まさか王都には、マンドラゴラが溢れているのだろうか。
「知らない? 魔王討伐に当たって、精霊王様が勇者たちに知性のあるマンドラゴラをお授けになったんだ。一株はマグレーン殿のマー様。もう一株が聖女様のティンクルベル様。そして唯一の雄株である、勇者ナルツ様のスターベル様」
知らない。知性のあるマンドラゴラって何? スターベルに自分を重ねていた私はいったい?
『僕には君に薔薇を捧げるための腕がない
だから愛の言葉を捧げよう
幻想の薔薇を捧げても君は喜ばない
だから真実の愛を捧げよう
ティンクルベル ティンクルベル
嗚呼、愛しい君』
たしかにスターベルには腕がないのだろう。なぜならマンドラゴラだから。
「討伐には伝説の冒険者ともう一人参加していたらしいけど、彼らは魔王討伐以降、行方が分からない。だから確認されている精霊王のマンドラゴラは三株だけだね」
「そうなんですね」
心配してくれたムーカ様が館まで送ってくれたけれど、スターベルのことがショック過ぎて、何を話したかは憶えていない。
とりあえず、マグレーン様のマンドラゴラが人間並の知能を保有していることは理解できた。
あれほど恋焦がれていたマグレーン様への想いは、この日を境に熱が引くように消えてしまった。
「これでよかったのですよ、お嬢様。顔は良くても年が離れすぎていますし、お嬢様にはもっと相応しい方がおられます」
魔法省へ通わなくなった私に、カレットが嬉しそうに微笑む。周りを見れば、カレット以外の使用人たちも私に優しい顔を向けていた。
マグレーン様が仰っていた通り、私は心を閉ざしていたようだ。
後日、お詫びの手紙を送った侯爵家の令嬢からお茶会に誘われて、ムーカ様とたびたびお会いすることになるのだけれど、それはまた別のお話。
fin
***
マグレーンのその後を番外編としてupします。
ちなみにマグレーンたちは、「『種族:樹人』を選んでみたら」「婚約破棄に巻き込まれた騎士は、ヒロインにドン引きする」など『種族:樹人』シリーズに登場しています。
「うん」
「でも、お父様もお母様を失って寂しいのに、悲しませたら駄目だって。なのに気を抜くと弱音が出てきそうで。だから何も言えなくて……」
「パフィーさんは優しいんだね」
心の底に押し込んで、蓋をして、開きそうになるたびに重石を重ねた感情が、噴水のように飛び出してくる。
こんな子供みたいな感情を外に出したら駄目だって思うのに、抑えないといけないって分かっているのに、閉じようとする蓋を押しのけて溢れ続けた。
「きっと、僕は兄や先輩たちがいて、彼らに気持ちをぶつけられたから立ち上がれたんだ。一人で溜め込んで大変だったね。我慢しなくていいから、全部吐き出しちゃいなよ」
優しい声。大きな手が頭を撫でてくれる。
子供のように泣きじゃくる私を、ムーカ様は咎めることなく泣き止むまで待ってくれた。
「す、すみません」
「気にしないで。むしろ光栄だよ。感情を見せてくれたってことは、信頼してもらえたってことだ。君から見て、僕は信用できる人間に見えるということだろう? それって、とても嬉しいことだ」
柔らかな口調が私の心を軽くしてくれる。
ただ場所が場所なので、我に返った私はムーカ様に泣き顔を見られたこと以上に、恥ずかしくて居たたまれない。
まだ魔法省の建物内だ。今は廊下に人気はないけれど、泣いている間に何人か通りかかったはずだ。
「気にすることないよ。魔法使いは基本的に他人に興味がないからね。明日になれば、さっぱり忘れているさ」
「そうでしょうか?」
「そういうことにしておこう?」
「まあ!」
笑顔で飄々と告げられて、私も笑ってしまう。
「そういえば先程スターベルと聞こえた気がするのですが、その、詩人スターベル氏とは関係ないですよね?」
気恥ずかしい思いを隠したくて、話題を逸らす。
館に閉じこもっている間、私の心を慰めてくれた詩集。マグレーン様とムーカ様の会話の中に、作者であるスターベルと同じ名前が聞こえた気がして気になっていたのは本当だ。
「そのスターベル様だよ?」
「え? マンドラゴラの話をしていた気がするのですけど?」
「マンドラゴラだよ? ナルツ様の相棒で、詩人としても活躍しているスターベル様だろう?」
マンドラゴラ? あの素敵な詩を書いたスターベルが、マンドラゴラ?
まさか王都には、マンドラゴラが溢れているのだろうか。
「知らない? 魔王討伐に当たって、精霊王様が勇者たちに知性のあるマンドラゴラをお授けになったんだ。一株はマグレーン殿のマー様。もう一株が聖女様のティンクルベル様。そして唯一の雄株である、勇者ナルツ様のスターベル様」
知らない。知性のあるマンドラゴラって何? スターベルに自分を重ねていた私はいったい?
『僕には君に薔薇を捧げるための腕がない
だから愛の言葉を捧げよう
幻想の薔薇を捧げても君は喜ばない
だから真実の愛を捧げよう
ティンクルベル ティンクルベル
嗚呼、愛しい君』
たしかにスターベルには腕がないのだろう。なぜならマンドラゴラだから。
「討伐には伝説の冒険者ともう一人参加していたらしいけど、彼らは魔王討伐以降、行方が分からない。だから確認されている精霊王のマンドラゴラは三株だけだね」
「そうなんですね」
心配してくれたムーカ様が館まで送ってくれたけれど、スターベルのことがショック過ぎて、何を話したかは憶えていない。
とりあえず、マグレーン様のマンドラゴラが人間並の知能を保有していることは理解できた。
あれほど恋焦がれていたマグレーン様への想いは、この日を境に熱が引くように消えてしまった。
「これでよかったのですよ、お嬢様。顔は良くても年が離れすぎていますし、お嬢様にはもっと相応しい方がおられます」
魔法省へ通わなくなった私に、カレットが嬉しそうに微笑む。周りを見れば、カレット以外の使用人たちも私に優しい顔を向けていた。
マグレーン様が仰っていた通り、私は心を閉ざしていたようだ。
後日、お詫びの手紙を送った侯爵家の令嬢からお茶会に誘われて、ムーカ様とたびたびお会いすることになるのだけれど、それはまた別のお話。
fin
***
マグレーンのその後を番外編としてupします。
ちなみにマグレーンたちは、「『種族:樹人』を選んでみたら」「婚約破棄に巻き込まれた騎士は、ヒロインにドン引きする」など『種族:樹人』シリーズに登場しています。
1
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
【完結】ある日、前世で大好きだった人と運命の再会をしました───私の婚約者様が。
Rohdea
恋愛
───幸せな花嫁になる……はずだったのに。
侯爵令嬢のナターリエは、結婚式を控えて慌ただしい日々を過ごしていた。
しかし、婚約者でもあるハインリヒの様子がある日を境によそよそしくなっていく。
これはまさか浮気……?
怪しんでいるところに、どこかの令嬢とデートしている姿まで目撃してしまう。
悩んだ結果、ナターリエはハインリヒを問い詰めることを決意。
しかし、そこでハインリヒから語られたのは、
───前世の記憶を思い出して大好きだった女性と再会をした。
という、にわかには信じがたい話だった。
ハインリヒによると彼の前世は、とある国のお姫様の護衛騎士。
主である姫にずっと恋をしていたのだという。
また、どうやら元お姫様の女性側にも前世の記憶があるようで……
幸せな花嫁になるはずが、一気にお邪魔虫となったナターリエは婚約破棄を決意する。
けれど、ハインリヒは───
婚約破棄された令嬢は、失意の淵から聖女となり、いつか奴等を見返します!
ぽっちゃりおっさん
恋愛
辺境の伯爵の娘スズリーナ。
親同士が決めた、気の進まない婚約相手だった。
その婚約相手から、私の不作法、外見、全てを否定されて婚約破棄された。
私は失意の淵にいた。
婚約していた事で、12歳の成人が受ける儀式《神技落としの儀》に参加出来なかった。
数日後、ふらふらと立ち寄った神殿で、奇妙な体験が起きた。
儀式に参加しなかった私にも、女神様はスキルを授けてくださった。
授かったスキルにより、聖女として新たな人生をスタートする事になった私には、心に秘めた目標があった。
それは、婚約破棄した奴等を見返してやる事だ!!
引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?
リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。
誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生!
まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か!
──なんて思っていたのも今は昔。
40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。
このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。
その子が俺のことを「パパ」と呼んで!?
ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。
頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな!
これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。
その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか?
そして本当に勇者の子供なのだろうか?
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
冷徹女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女に呪われ国を奪われた私ですが、復讐とか面倒なのでのんびりセカンドライフを目指します~
日之影ソラ
ファンタジー
タイトル統一しました!
小説家になろうにて先行公開中
https://ncode.syosetu.com/n5925iz/
残虐非道の鬼女王。若くして女王になったアリエルは、自国を導き反映させるため、あらゆる手段を尽くした。時に非道とも言える手段を使ったことから、一部の人間からは情の通じない王として恐れられている。しかし彼女のおかげで王国は繁栄し、王国の人々に支持されていた。
だが、そんな彼女の内心は、女王になんてなりたくなかったと嘆いている。前世では一般人だった彼女は、ぐーたらと自由に生きることが夢だった。そんな夢は叶わず、人々に求められるまま女王として振る舞う。
そんなある日、目が覚めると彼女は少女になっていた。
実の姉が魔女と結託し、アリエルを陥れようとしたのだ。女王の地位を奪われたアリエルは復讐を決意……なーんてするわけもなく!
ちょうどいい機会だし、このままセカンドライフを送ろう!
彼女はむしろ喜んだ。
運命の選択が見えるのですが、どちらを選べば幸せになれますか? ~私の人生はバッドエンド率99.99%らしいです~
日之影ソラ
恋愛
第六王女として生を受けたアイリスには運命の選択肢が見える。選んだ選択肢で未来が大きく変わり、最悪の場合は死へ繋がってしまうのだが……彼女は何度も選択を間違え、死んではやり直してを繰り返していた。
女神様曰く、彼女の先祖が大罪を犯したせいで末代まで呪われてしまっているらしい。その呪いによって彼女の未来は、99.99%がバッドエンドに設定されていた。
婚約破棄、暗殺、病気、仲たがい。
あらゆる不幸が彼女を襲う。
果たしてアイリスは幸福な未来にたどり着けるのか?
選択肢を見る力を駆使して運命を切り開け!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる