隻腕令嬢の初恋

しろ卯

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18.魔法省には何度も足を

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 魔法省には何度も足を運んだけれど、玄関ホールで追い返されてしまった。何とかマグレーン様の研究室まで辿り着いても、扉が開くことはない。

「お嬢様、もうおやめください」

 カレットが諌めるけれど、会いたくてたまらない気持ちは抑えられない。苦しくて切なくて、耐えられないの。
 鬱々とした日を過ごしていると、侯爵令嬢に薦められた夜会の日が来た。この夜会には聖女様もお出でになるという。
 心は重いままだけれど、気分転換になればと夜会に参加することにした。

 左腕に義手を嵌めて、念のため手袋も付ける。
 父にエスコートしてもらって会場まで入ったけれど、やっぱり視線が気になった。左腕を見られているのではないかと怖くて、体が強張ってしまう。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、パフィー。今日のお前はとても可愛いから、どこかの御令息に見初められるかもしれないね」

 父は呑気なことを言っているけれど、そんなことがあるとは思えない。
 時間と共に憂鬱になる気持ちをなんとか耐えて、聖女様を探す。

「あちらにいらっしゃるようだ。行ってみようか?」

 父が顔を向けたほうに視線を向けると、人だかりができていた。あの中心に、聖女様がいらっしゃるのだ。高鳴る胸を押さえながら、父と歩いていく。
 人込みに近付くと、聖女様に会える期待よりも恐怖のほうが大きくなってきた。竦む足のせいで歩みが遅くなる。父が一緒でなければ逃げ出していただろう。
 勇気を振り絞って人混みの中を見るけれど、聖女様らしき人はいない。女神と見紛うほどの美しい女性なら、目立つはずなのに。

「よろしいでしょうか?」

 父が声を掛けて人の輪の中に入る。父の腕に右手を掛けていた私も、自然と進み出た。
 目の前に立っていたのは、吃驚するほど整った顔立ちの騎士様。きらきらと金色の髪が輝いていて、マグレーン様が夜の女神に愛された魔法使いなら、彼は太陽神から遣わされた天界の騎士だろうか。
 見惚れていると、父の肘が私を突いた。

「パフィー、ご挨拶なさい」

 そう言われて戸惑ってしまう。
 人の輪の中心にいたのは、天から降臨したと言われても信じてしまいそうなほどに絶世の美形である騎士様。でも男性である彼が、聖女様のはずはない。聖女様はいったいどこにいるのだろう。

「初めまして、パフィーさん」

 戸惑っていると声を掛けられたので顔を向ける。真っ赤な髪の下には、お化粧を施した男性と思われる顔があった。素敵なドレスを着ているけれど、立派な筋肉のせいで台無しだ。
 この人はいったい何だろうか?

「パフィー、聖女様に対して失礼だよ?」

 まさか、この人が聖女様!?
 驚いてその女性を凝視してしまう。でも珍しく父が咎めるように眉をひそめたので、慌ててカーテシーをした。

「失礼をいたしました。お初にお目に掛かれて光栄です、聖女様」
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。私がデザインしたドレスを着てくれたのね。ありがとう」

 優しく微笑んでくださるけれど、私の心は混乱していた。
 女神のように美しいと評判の聖女様。精霊王からも愛された奇跡の女性だって聞いていたのに、想像していた姿と全く違う。こんな人が聖女だなんて――。
 がらがらと何かが崩れていく。父たちが話している会話は頭に入って来ない。
 気付いた時にはドレスも脱いで、自室の寝台に座っていた。

「あ、あの人が聖女様? 嘘でしょう?」

 未だに信じられない。きっと夢か幻を見たんだ。

「そうよ、そうに違いないわ! だって聖女様は女神のように美しい方で、愛する勇者様のために身分を捨てて添い遂げたほどの方なのよ? あんな人のはずがないわ」

 口に出して今夜見たことを否定する。だけど――。

「あの騎士様は素敵だったわ。あの方が勇者様なのかしら。あんな格好いい方に愛されるなんて、聖女様はお幸せね。……うん、やっぱりあの人が聖女様だなんてありえないわ」

 あんなに綺麗な騎士様がずっと一途に思い続けていたほどの女性だもの。一目見ただけで目が覚めるほどの美人に決まっているわ。

「残念ね。また聖女様に会いそびれちゃった」

 寝台に横になって、眠りに就いた。


 聖女様ショックから立ち直ると、マグレーン様の研究室を訪れた。カレットは呆れた目をしていたけれど、やっぱり諦めきれないのだから仕方ない。
 素知らぬ顔で玄関ホールを通り過ぎ、彼の研究室に向かう。たとえ研究室に入れてもらえなくても、廊下などですれ違えるかもしれないと、わずかな期待を抱いて。

「マグレーン様、パフィーです。お弁当をお持ちしました」

 返事はないのだろうと分かっていても、ノックをして声を掛ける。やっぱり声は返ってこない。諦めて帰ろうかと足を動かし掛けたとき、彼の声が聞こえた。

「どうぞ」

 聞き間違いかと思ったけれど、疑うより先に取っ手に手が伸びる。だって気が変わって鍵を掛けられてしまったら、また会えなくなってしまうもの。
 扉は難なく開き、その向こうには夜空を思わせる漆黒の髪を持つマグレーン様がいた。久しぶりにお会いしたけれど、やっぱり麗しい。

「どうぞ座って。カレットさんだっけ? あなたもどうぞ」

 私の名前は呼んでくれないのに、カレットの名前は憶えているなんて。もしかして私よりカレットが好みなのかしら?
 カレットを振り返ってじとりと睨むと、呆れた顔で首を横に振られた。
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