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11.ばれちゃった

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「ギリカは緋龍と並ぶ大国だ。怒りを買えばセントーンなど、容易く滅ぼされる。……そうだ、こうしてはおられぬ。蝶緋殿、すぐに緋龍皇帝に援軍をお願いできないだろうか? 細かい交渉をする時間はあるまい。全面的にセントーン側が妥協しよう」

 父上は蝶緋に向き合う。僕の蝶緋なのに。
 けどそれよりも、

「そんなの駄目だよ、父上。緋凰に頼るなんて、絶対に嫌!」

 緋龍皇帝の緋凰は、蝶緋のお兄さんだ。だけどゼノの従兄弟で、僕からゼノを取ろうとばかりする、嫌なやつだ。
 あんなやつの力を借りるなんて、絶対に嫌だ。

「何を言っているんだ? 緋凰殿はお前の従兄弟殿ではないか。后と緋凰殿の母上はそれは仲の良い姉妹だった。お前たちも仲良くせねば、后が悲しむぞ?」
「父上?」

 僕は首を傾げた。僕だけじゃない、その場にいた人間全員の頭の上に、『?』が見えた気がした。
 緋凰の母上は、ゼノの母上の姉上だ。だからゼノと緋凰は従兄弟だけど、僕の母上はギリカの王女で、緋凰とはまったく関係ない。
 いったい、父上は何を言っているのだろう?

「あのう、陛下? やはりお休みになられたほうがよろしいのでは?」

 宰相がおずおずと父上に進言した。僕も大きく頷いて同意する。
 父上は変だ。すぐに神官を呼んで、治療を施させるべきだ。

「何を言っておる? 国の危機だ。たとえ死病を患っていようとも、休んでなどおられるものか!」

 僕はふと気付く。

「もしかして、ギリカの王様がセントーンを滅ぼすって言ったことを、心配しているの?」
「無論だ! あの蛮勇の王だ、すでに挙兵しているやもしれぬ。一刻の猶予も無い!」

 ああ、やっぱり。それで父上は誤解をしてしまったんだね。

「大丈夫ですよ、父上。ギリカはすでに、僕の手に落ちましたから」

 みんなの視線が僕に向かう。そのまま、また固まってしまった。これって、さっきと同じことが繰り返されるのかな?
 僕は用心のため、両手で耳を塞いでおいた。

「はああっ?!」

 予想通り、皆は一斉に声を上げた。
 うん、同じ失敗を繰り返さない僕って、優秀だよね。 

「どういうことだ? セス?」
「ご説明ください、殿下!」

 父上と宰相に詰め寄られて、僕はギリカに行ってから、さっき戻ってくるまでにあったことを話した。菓子職人の見事な責めについては、言わなかったけど。
 あれは僕も吃驚したもの。優しい蝶緋の耳には入れたくない。

 話し終えると、なんでだか、みんな項垂れてしまっていた。
 壁にもたれかかったり、手を突いたり、ちゃんと立てなくなったみたい。変なの。

「た、たったお一人で、ギリカを平定して見せるとは、なんという……」
「我が子の才が、ここまで秀逸であったとは……。これは伝説の将軍を上回る才を持っているのではないか?」

 なんだかよく分からないけど、みんな自分のことに夢中で、僕にはまったく意識を向けていないみたい。
 これはちょうどいいね。
 僕は蝶緋に抱きついた。だってもう何日も離れてたんだよ? 帰ってきたと思ったら、すぐに父上に会いに行かされて、ちょっとしか抱きしめてもらえてなかったんだもん。
 蝶緋は抱きしめ返してくれなかった。でも顔を真っ赤にして俯いている姿が可愛くて、僕は抱きしめた蝶緋の頭を優しく撫でたり、額や頬に唇をあてた。

「せ、セス様、恥ずかしいです。お部屋に戻るまで、我慢してください」
「んー? 大丈夫だよ? みんな見てないもん」
「セス様ぁ」

 真っ赤になっている蝶緋が、両手で顔を覆って隠してしまった。そんな姿も、凄く可愛い。

「そ、それで、今は……」

 あ、宰相に見られちゃった。
 僕は何もなかったように、そっと蝶緋から離れた。蝶緋は顔を両手で覆ったまま、壁のほうを向いてしまった。

「今はゼノたちがギリカにいるよ? 本当は僕が最後までやるつもりだったんだけど、慣れない僕よりゼノに任したほうが良いって、神官長たちに説得されちゃって、先に帰ってきたんだ」
「それで、神官長は今どこに?」

 宰相がひくひくと頬を震わせながら、そう聞いた。父上や騎士達も、復活したみたいだ。

「神官長は、ギリカに残ってるよ?」

 なんでだろう? 空気がぴしりと音を立てた気がする。

「では、お前は一人で帰って来たというのか? 護衛も付けずに? 何かあったらどうするつもりだ? 神官長とゼノは何を考えているんだ?」

 父上がなんだか怖い。頭の上に尖ったものが二本、生えているように見えるのは、気のせいかな? うん、きっと気のせいだね。

「一人じゃないよ? 菓子職人も一緒に帰ってきたよ?」
「は?」

 重くなっていた空気からは解放されたけど、今度は凄く間の抜けた空気が飛んでいる気がする。
 今日はなんだか面白い日だな。いつもつまんないお城だったのに、今日はみんなくるくると顔を変えている。

「なぜ菓子職人? それは護衛にはならないだろう?」
「そんなことないよ? 菓子職人は術式の解除も、探索も、武術も、拷問も、凄く上手だったよ?」
「どんな菓子職人だ?! それは菓子職人ではないだろう? 暗部の者か?」

 父上が否定した。
 やっぱり普通の菓子職人って、そんなことしないよね? 僕の認識が間違っていたのかと思ってたんだけど、あの菓子職人が変だっただけみたい。ちょっと安心した。

「よく分からないけど、神官長も大将も、一目置いてたよ? ルビウス叔父様の息子なんだって」
「待て! 何だその危険すぎる菓子職人は?! そんな者と共に行動していたのか?」

 僕はきょとんと瞬いた。
 確かに怒らせたら怖そうだけど、美味しいお菓子を作ってくれるし、悪い人間じゃないと思うんだけど。

「大丈夫だよ? ゼノの側近だし」
「ますます危険ではないか! すぐにその者を拘束せよ! 何が目的でセスに近付いたのか、吐かせるのだ!」

 僕は眉をひそめる。
 どうして父上は、ここまでゼノを嫌うんだろう? ゼノが僕を傷付けるはずなんて無いのに。

「その必要はありませんよ、国王陛下」

 いつからいたのか、振り向いたら菓子職人が立っていた。

「貴様か! ゼノ子飼いの、ルビウスの息子とやらは!」

 父上は菓子職人を睨みつけた。近衛兵達も、剣を構える。
 困ったな。彼が怪我したら、きっとゼノに怒られちゃうよ。それに、美味しいお菓子もまた食べられなくなっちゃう。どう言ったら、父上は僕の話を聞いてくれるんだろう?
 僕はうーんっと唸りながら考えた。

「誤解をなさらないでください、国王陛下。俺は確かにルビウスの血を引いていますが、あの屑が父親だなんて思ったことは一度もありません。それと今一つ。陛下、そろそろ真実に目を向けていただけませんか?」
「なんだと? 何を言っている?」

 父上が怒鳴りつけるけど、菓子職人に動揺する気配は無い。菓子職人の凪いだ目は、僕へと向かった。

「セス殿下、どうか母君の亡骸を、陛下にお見せくださいませ」

 僕はがく然とした。この男、よりによって父上の前でそれを言うなんて! どうやって誤魔化そうかと考えていたのに、これじゃあ余計に誤魔化せないよ。
 ほら、父上が僕をじっと見てる。あんなに目を大きく開けて。
 父上は母上を溺愛してらした。母上の願い事は、何でも叶えるほどに。それなのに、僕が母上を天に召したなんて知られたら、僕は終わりだよ。
 別に父上に嫌われるのは良いんだけど、勘当されたりなんかして、父上の息子じゃなくなるってことは、ゼノのお兄ちゃんじゃなくなるってことなんだよ?
 それだけは嫌だ! 断じて嫌だ! 何とかしないと!

 僕はジト目で菓子職人を睨んだ。それなのに、菓子職人は涼しい顔だ。

「大丈夫です、セス殿下。それで全ては……いえ、全てとは言えないかもしれませんが、解決するはずです」

 なんて頼りない意見なんだろう。
 辺りを見回すと、父上が僕を庇うようにして立ち、菓子職人を睨みつけていた。蝶緋も不安そうに僕を見つめている。

「あ」

 僕は気付いてしまった。
 父上に隠すことばかり考えていたけど、蝶緋に知られるのも良くない。蝶緋は優しいし、家族想いだから、僕が母上を天に召したと知ったら、きっと僕のことを嫌ってしまう。
 僕は悲しくなった。
 うつむいた僕の手を、柔らかな蝶緋の手が包む。細くて折れそうな、蝶緋の優しい手。

「大丈夫ですわ、セス様。何があっても、蝶緋はセス様の御味方です」
「蝶緋……」

 蝶緋がそう言ってくれるなら、大丈夫かな? 僕は蝶緋を信じることにした。

「分かった。母上の亡骸は、母上のお部屋にあるよ」

 母上の部屋は、二つある。一つは父上と同じ部屋。そしてもう一つは、母上だけの部屋。
 その母上だけの部屋に、母上の亡骸は放置されているはずだった。

「馬鹿な。后の部屋ならば、何度も確認したはずだ」
「うん、神官長が隠蔽の術式を掛けて、見えなくしたからね」

 そこで僕は、蝶緋の顔色が青くなっていることに気付いた。そうだ、蝶緋には見せられない。

「蝶緋を部屋に送って、お茶とお菓子を用意してよ。僕は一人で平気だから、蝶緋をお願い」
「いいえ、セス様」
「駄目だよ。蝶緋が辛い想いをしたら、僕はとても悲しいんだ。だからお願い」
「……はい」

 僕は信頼する侍女に蝶緋のことを頼んで、母上の部屋に言った。
 部屋の中は、誰もいなかった。父上たちは、訝しげに部屋を見回し、それから僕を見つめる。
 そんな中、菓子職人だけは違った。

「確かに隠蔽の術式が組まれていますね。さすが神官長、これは中々気付けませんよ」

 皆がぎょっと目を剥いた。
 菓子職人は部屋の中に入ると、片膝を付いた。そこは、母上が眠っているはずの場所だった。
 指先がひらひらと、舞うように動く。それから透明な布を取り除くように、菓子職人の手が動いた。
 見えない布の下から母上の姿が現れ、息を飲む声が短く響く。

「さあ、国王陛下、お確かめください。この国の者たちが王妃と呼んでいたこの女が、誰なのか」

 全員が、怪訝な目を菓子職人に向けた。
 彼は何を言っているのだろう? 誰なのかも何も、父上の后であり、僕の母上である女に決まっているではないか。
 菓子職人は警戒する父上のために、眠る母上から離れ壁際に控えた。
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