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47.お役に立てたのでしたら

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「助かりましたよ。書類や雑務は、手伝ってくれる人がいなくって」

 送られてくる人員の中には書類仕事ができる者もいないわけではない。けれど国に提出する書類や、機密情報が含まれる書類を、下手な人間に見られるわけにはいかない。
 そうなると、どうしてもコアトルとケルヌで行わなければならなくなる。しかしそのケルヌが書類仕事を嫌がるのだから、しわ寄せは全てコアトルに向かう。
 オライオンも手伝ってくれることもあるらしいのだが、彼は魔獣討伐のエースでもあるので、どうしてもそちらが優先となる。

「お役に立てたのでしたら幸いですわ」

 妃教育で事務仕事も手伝っていたことが役に立っている。学んだことが無駄にならなくて良かったと、アルテミスは少しばかり嬉しく思えた。



「妙だ」

 執務机の椅子に腰かけ腕組みしていたケルヌは、天井を睨み付けながら呟く。アルテミスが西の辺境クレータに来てから、一ヶ月が経とうとしていた。

「いいじゃないですか。増えたなら問題ですけど、減ったなら。死人はとにかく、怪我人の対応も大変なんですよ?」

 コアトルの返しに、アルテミスは運んできたコーヒーをテーブルに置こうとした手が、一瞬だけ止まった。

 森で命を落とせばそのまま放置することも多いが、怪我人は連れ帰り手当てや看病をしなければならない。
 そこに人手を割かなければならないのは、人員が不足する時期には煩わしい問題でもあった。

 酷い物言いではあるが毎日のように見知った人間が死に、常に死と隣り合わせの生活が続いていれば、命に対する価値観は軽くなっていく。
 コアトルもケルヌもそのことは重々承知しているが、常人と同じ意識では気が狂ってしまうことも理解していたからこそ、その価値観を受け入れていた。

「オライオンはどう思う?」

 最前線に出続けているオライオンへ、ケルヌは視線を落として意見を求める。

 この一か月、明らかに分かるほど魔獣の出現が減っている。
 魔獣も生物である以上、毎日同じ質と量が出てくるわけではない。強大なものや、大群が現れる日もあれば、小物しか出てこない日もある。
 だから初めは幸運な日が続いていると軽く考えていた。だがそれも、三日、四日と続けば、違和感を覚えてくる。
 さらにこの四日ほどは、騎士でなくても一人か二人で対処できるような小物が、数匹しか確認されていないのだ。

 明らかにおかしい。

 コーヒーをテーブルに並べ終え、オライオンの隣に腰を下ろしたアルテミスの髪を、彼は嬉しそうに撫でる。
 この一か月、二人もまた幸せを謳歌していた。

「アルテミスとの時間を邪魔されないのなら、問題ありません」

 そういう問題ではないと、ケルヌとコアトルは呆れた顔をオライオンに向ける。
 一ヶ月前までは話しかけても簡単な受け答えしかせず、にこりとも笑わなかった男が、今では完全に別人である。

「フルムーン侯爵領の話に似ていますね」
「ああ。魔獣の消えた森か」

 ぴくりと、アルテミスとオライオンが反応する。

「たしか十五年ほど前だったか。あの辺りの魔獣が減り出したとか」
「ここ数年は、また出没しているそうですけどね」

 アルテミスとオライオンは、そろりと視線を合わせる。

「アルテミス」
「オライオン」

 これは言うべきかどうか、二人は迷う。しかしようやく取り戻した幸せを、再び失いたくはない。
 黙っていようと、二人の心は一致した。

「今のうちに、帰っておきますか? もう一年は帰っていないでしょう?」
「ぐっ。言うな。帰りたくなる。それでなくても最近は」

 と、ケルヌの視線が恨めしそうにアルテミスたちに向かってくる。
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