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154.お前がくれたレシピだもんな
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「そうだな。お前がくれたレシピだもんな」
闇死病を抑え込んだことに続き、眠り病も快癒したとの報告が、ヴォ―リオから届いた。
ドューワ国はランゴの危険性を広めるとともに、樹人の保護を約束した。
ノムルは優しく、小さな樹人の幼木を抱きしめる。
細く簡単に折れてしまいそうな幹は硬い。けれどとても柔らかな空気に包まれているようだ。
そして約束の日が来た。
冒険者ギルドお抱えの医師であるナイオネルも立ち会い、魔植物を使った融筋病の治療が行われる。
「まず、マンジュ草の根を摩り下ろす。毒性が強いから、器具を使って摩り下ろす場合は注意してくれ」
ノムルは魔法で一気に摩り下ろした。
「おい、ノムル?!」
「なんだよ? 摩り下ろしただけだろ?」
「そうだが」
と、ドインは目を見張って、まじまじとノムルを見ている。
妙なところで反応したことに、ノムルも怪訝な目を返した。
「お前、その魔法はどうした?」
問われてようやく気付く。
ドインが知るノムルの魔法は、大技は決められても細かいことは苦手としていた。小さな物を摩り下ろすだけでも、人間も簡単に飲み込みそうな竜巻が発生してしまう。
それが今は、拳ほどのマンジュ草だけを、風が包み込んで摩り下ろしていた。
「ああ。旅の間に魔力を制御する方法を見つけたんだよ」
ノムルは微かにユキノを見る。
彼の答えと、彼らしくない柔らかな目元を見て、目を丸くしたドインだったが、すぐに表情を綻ばせた。
ドインはノムルが幼い頃から、彼を知っている。
初めて魔法を暴発させたときも、そして祭り上げられたときも、命を狙われとっさに使った魔法で大惨事を引き起こしたときも、彼を見てきた。
だから、どれほどノムルが自分の魔力に振り回され、苦しんでいたか、痛いほどに知っていた。
娘を得たことで、何かが大きく変わったのだろうと、彼は目を柔らかく細める。
詳細は分からずとも、ノムルの苦痛が取り除かれたことを、心から祝ってやりたいと思った。
「これを諸々の薬草と一緒に漬けておいたデンゴラコンに塗り、足の裏に貼る」
ドインが子供の成長を喜ぶような眼差しでノムルを見つめている内に、準備は着々と進んでいく。
ぺたりと、冷たい感触が足の裏を包み込む。もう一方の足の裏にも、同じようにデンゴラコンが貼られた。
冷たいと思っていた感触は、少しずつ熱くなり、皮膚がひりひりと焼けるようだ。
何も知らなければ毒に触れたと取り外してしまう刺激だが、これは治験である。ドインは目を閉じて静かに耐える。
肌を焦がしていた痛みは、ついに肌を食い破り足の中へと浸透してきた。そこからは血流に乗るように、一気に足の中を駆け上ってくる。
足が焼かれるにしたがって、緩んでいた筋肉が硬くなっていくのが分かる。思わずまぶたを開き、熱の行方を目で追った。
「恐ろしいな」
すでに太腿を抜け、胴体へと駆け上りつつある。
おそらくこれが全身を回ったところで、融けていた筋肉は形を取り戻し、病から解放されるのだろうと、ドインは本能的に感じた。
そして恐ろしい考えに思い至る。
ノムルが危惧していた副作用とは、何なのか? 弛緩していた筋肉が元に戻っても薬の侵入を許していたら、どうなるのか?
今度は筋肉が固まりすぎてしまうのではないだろうか?
背筋に冷や汗が滴り、ドインは息を飲む。
再び目を閉じて、静かにタイミングを計る。なるべく限界まで。けれど行き過ぎないように。
「外してくれ」
魔デンゴラコン漬けを足の上に貼ってから五分ほど経ったとき、ドインはそう指示を出した。
本来ならば貼り続けなければならない薬だ。だがノムルは迷うことなく魔デンゴラコン漬けをドインの足から外し、水魔法で足の裏を洗浄した。
ドインは静かに息を吐きながら、自分の体に神経を巡らせる。
病が進行するにつれて不明瞭になっていった自分の体の動きが、久しぶりに自分の下へ戻ってきた気がした。
そのことを実感するために、目を開けて手を見る。寝起きの体のようにぎこちないが、ゆっくりと掌を握りしめ、肘を動かす。
動きだしたドインを見て、ヒツジーとナイオネルは目を見張った。もう二度と動くことはないと思っていたドインの体が、動き出したのだ。
薬は成功したのだ。
ほっと息を吐き出したノムルの体から、力が抜けていく。気を抜けばそのまま崩れ落ちそうだった。
無様な姿をさらす前にここから立ち去ろうと、踵を浮かしたノムルの手を、もう肌に馴染んでしまった小枝が包む。
「おめでとうございます。おとーさん」
朝露に濡れた若葉のように、きらめく葉で優しく見上げてくる、樹人の幼木。
「ああ」
ノムルは噛みしめるように頷いた。そして、耐え切れずに膝を突いた。
「ああ、お前のお蔭だ、ユキノ。ありがとう」
抱きしめるノムルの背に、細く硬い小枝が回り込む。
ユキノと出会えたから、ドインを失わずに済んだ。ユキノと出会えたことで、
魔力を制御することができるようになった。そして――。
「俺を救ってくれて、ありがとう」
了
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
これにてノムルさんの物語は御終いです。
ありがとうございました。
前作からお付き合いくださっていた方には「あの人は?」と思う部分もあるとは思いますが、今回の旅の目的はドインさんの回復なので、ここで終わりとさせていただきます。
ちなみに今回一番の勝ち組は、樹人のお爺ちゃんです。姫のお側に控えて、常に見守っておりまする。
明日、明後日は蛇足的な番外編を投稿予定です。
『父性覚醒』のイメージを損なう場合がありますのでご注意ください。
また番外編終了後から新作を開始予定です。
闇死病を抑え込んだことに続き、眠り病も快癒したとの報告が、ヴォ―リオから届いた。
ドューワ国はランゴの危険性を広めるとともに、樹人の保護を約束した。
ノムルは優しく、小さな樹人の幼木を抱きしめる。
細く簡単に折れてしまいそうな幹は硬い。けれどとても柔らかな空気に包まれているようだ。
そして約束の日が来た。
冒険者ギルドお抱えの医師であるナイオネルも立ち会い、魔植物を使った融筋病の治療が行われる。
「まず、マンジュ草の根を摩り下ろす。毒性が強いから、器具を使って摩り下ろす場合は注意してくれ」
ノムルは魔法で一気に摩り下ろした。
「おい、ノムル?!」
「なんだよ? 摩り下ろしただけだろ?」
「そうだが」
と、ドインは目を見張って、まじまじとノムルを見ている。
妙なところで反応したことに、ノムルも怪訝な目を返した。
「お前、その魔法はどうした?」
問われてようやく気付く。
ドインが知るノムルの魔法は、大技は決められても細かいことは苦手としていた。小さな物を摩り下ろすだけでも、人間も簡単に飲み込みそうな竜巻が発生してしまう。
それが今は、拳ほどのマンジュ草だけを、風が包み込んで摩り下ろしていた。
「ああ。旅の間に魔力を制御する方法を見つけたんだよ」
ノムルは微かにユキノを見る。
彼の答えと、彼らしくない柔らかな目元を見て、目を丸くしたドインだったが、すぐに表情を綻ばせた。
ドインはノムルが幼い頃から、彼を知っている。
初めて魔法を暴発させたときも、そして祭り上げられたときも、命を狙われとっさに使った魔法で大惨事を引き起こしたときも、彼を見てきた。
だから、どれほどノムルが自分の魔力に振り回され、苦しんでいたか、痛いほどに知っていた。
娘を得たことで、何かが大きく変わったのだろうと、彼は目を柔らかく細める。
詳細は分からずとも、ノムルの苦痛が取り除かれたことを、心から祝ってやりたいと思った。
「これを諸々の薬草と一緒に漬けておいたデンゴラコンに塗り、足の裏に貼る」
ドインが子供の成長を喜ぶような眼差しでノムルを見つめている内に、準備は着々と進んでいく。
ぺたりと、冷たい感触が足の裏を包み込む。もう一方の足の裏にも、同じようにデンゴラコンが貼られた。
冷たいと思っていた感触は、少しずつ熱くなり、皮膚がひりひりと焼けるようだ。
何も知らなければ毒に触れたと取り外してしまう刺激だが、これは治験である。ドインは目を閉じて静かに耐える。
肌を焦がしていた痛みは、ついに肌を食い破り足の中へと浸透してきた。そこからは血流に乗るように、一気に足の中を駆け上ってくる。
足が焼かれるにしたがって、緩んでいた筋肉が硬くなっていくのが分かる。思わずまぶたを開き、熱の行方を目で追った。
「恐ろしいな」
すでに太腿を抜け、胴体へと駆け上りつつある。
おそらくこれが全身を回ったところで、融けていた筋肉は形を取り戻し、病から解放されるのだろうと、ドインは本能的に感じた。
そして恐ろしい考えに思い至る。
ノムルが危惧していた副作用とは、何なのか? 弛緩していた筋肉が元に戻っても薬の侵入を許していたら、どうなるのか?
今度は筋肉が固まりすぎてしまうのではないだろうか?
背筋に冷や汗が滴り、ドインは息を飲む。
再び目を閉じて、静かにタイミングを計る。なるべく限界まで。けれど行き過ぎないように。
「外してくれ」
魔デンゴラコン漬けを足の上に貼ってから五分ほど経ったとき、ドインはそう指示を出した。
本来ならば貼り続けなければならない薬だ。だがノムルは迷うことなく魔デンゴラコン漬けをドインの足から外し、水魔法で足の裏を洗浄した。
ドインは静かに息を吐きながら、自分の体に神経を巡らせる。
病が進行するにつれて不明瞭になっていった自分の体の動きが、久しぶりに自分の下へ戻ってきた気がした。
そのことを実感するために、目を開けて手を見る。寝起きの体のようにぎこちないが、ゆっくりと掌を握りしめ、肘を動かす。
動きだしたドインを見て、ヒツジーとナイオネルは目を見張った。もう二度と動くことはないと思っていたドインの体が、動き出したのだ。
薬は成功したのだ。
ほっと息を吐き出したノムルの体から、力が抜けていく。気を抜けばそのまま崩れ落ちそうだった。
無様な姿をさらす前にここから立ち去ろうと、踵を浮かしたノムルの手を、もう肌に馴染んでしまった小枝が包む。
「おめでとうございます。おとーさん」
朝露に濡れた若葉のように、きらめく葉で優しく見上げてくる、樹人の幼木。
「ああ」
ノムルは噛みしめるように頷いた。そして、耐え切れずに膝を突いた。
「ああ、お前のお蔭だ、ユキノ。ありがとう」
抱きしめるノムルの背に、細く硬い小枝が回り込む。
ユキノと出会えたから、ドインを失わずに済んだ。ユキノと出会えたことで、
魔力を制御することができるようになった。そして――。
「俺を救ってくれて、ありがとう」
了
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これにてノムルさんの物語は御終いです。
ありがとうございました。
前作からお付き合いくださっていた方には「あの人は?」と思う部分もあるとは思いますが、今回の旅の目的はドインさんの回復なので、ここで終わりとさせていただきます。
ちなみに今回一番の勝ち組は、樹人のお爺ちゃんです。姫のお側に控えて、常に見守っておりまする。
明日、明後日は蛇足的な番外編を投稿予定です。
『父性覚醒』のイメージを損なう場合がありますのでご注意ください。
また番外編終了後から新作を開始予定です。
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