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150.なぜ自作しているのかと

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「さすがノムル様です! お上手です!」

 気付けば全工程をノムルが行い、魔法ギルドの杖職人たち監修の下、ノムルは自作の杖を作り上げていた。
 枝の芯に近い部分を削って作った、シンプルで武骨な杖だ。上の方が太く、武器としても使えそうである。

「あれ?」

 なぜ自作しているのかと首を捻っていると、少し離れたところからも声がする。

「おお! これが私の魔法の杖!」

 ノムルが乾燥させた幾つもの材木や枝の中から、ユキノも自分の杖を作っていたようだ。
 彼女の小さな体に合わせた、細く短い杖の先には、ランゴが揺れていた。先ほど渡された杖の縮小版だった。

「お前はまだ、魔法は使えないだろう?」
「杖は長く使うほどよく馴染むと、職人さんたちが教えてくれました。おとーさんが教えてくれるまでに、しっかり馴染ませておくのです」 

 大切そうに両手で握り、自慢げな様子のユキノを見ていると、取り上げる気にはなれない。頭をがしがしと掻くと、好きにさせることにした。

「ランゴには状態保存を掛けたのか?」
「いえ、まだです。ノムル様にお伺いしてからと思いまして」

 一つ頷いたノムルは、せっかくなので作ったばかりの杖を試してみることにした。
 ユキノの杖を床に置かせ、杖の先を向ける。そしてほんの微かな魔力を指先から流す。

 いつもならばあふれるように出ていく魔力は、ノムルが望んだ量だけが杖を通り、彼の望み通りの魔法を展開させた。

 多くの魔法使いにとって、初歩的な魔力の制御だ。
 こみ上げてくる喜びを吹きださせないように、ノムルは唇の裏を小さく噛んで、感情を抑える。

 職人たちには杖ができたら連絡を飛ばすように頼み、工房を後にした。

「おとーさん」
「なんだ?」
「良かったですね」

 工房からギルドに向かう道の途中で、ノムルの足が止まる。
 視線を左に向ければ、まるで自分のことのように喜ぶユキノの姿があった。

「ああ、お前のお蔭だ」
「おとーさんが頑張ってきたからですよ。それに優しいから、皆さんが力を貸してくれたんです」
「そうか」
「はい」

 ノムルは杖を握る右手もユキノに添え、彼女を抱きしめた。
 この小さな樹人との出会いが、ノムルの運命を変えたのだ。絶望という暗闇に希望の光を灯し、そしてすでに諦めていた祈りまで拾ってくれた。

「ユキノ」
「はい」
「ありがとう」
「はい!」

 一瞬だけきょとんと瞬いた樹人の幼木は、元気に返事をした。彼女の枝を、温かな雫が濡らしていく。

 それから数日が経ち、デンゴラコンの漬け込み期間が過ぎた。樽を掘り返し、空間魔法に収納する。
 魔法使いたちが残念そうに総出で見送る中、ノムルはユキノを連れて魔法ギルドを発った。
 エンも共に旅立つことに、魔法ギルドの者たちは隠すこともなく嫉妬を煮えたぎらせていたが、ノムルもエンも気にすることはなかった。



 馬車を乗り継ぎ辿り着いたのは、冒険者ギルドの本部がある、ゴリン国だ。

 ゴリン国では鍛え抜かれた肉体や武人が好まれるようで、右を向いても左を向いても、ムキムキマッチョな男が目についた。
 十代後半からおじさん世代まではとにかくとして、白い髭を生やして杖を突くマッチョなお爺さんや、まだ幼さの残るマッチョな少年までいる。

 ノムルとエンも時折視線を向けたが、ユキノはじいっと凝視していることもしばしばだった。
 放っておくと誰かにぶつかりそうだったので、ノムルが抱き上げて移動している。

 道の左手に立ち並ぶ商店で売られているものは、他国で目にすればちょっと近づくのを躊躇ってしまうような、武器や魔物の素材などがずらりを並んでいた。
 そして右手を見れば、高い塀が延々と続いている。時折、爆発音やら雄叫びやらが聞こえてくるが、道行く人々は一向に気にしていない。
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