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115.やっぱり樹人と

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「なあ、ユキノ?」
「はい、何でしょう?」

 なぜか葉をきらめかせたユキノが、嬉しそうにノムルを見上げた。
 息が詰まりそうになって顔を逸らし、ノムルは先日から胸につかえていたことを口から出した。

「お前、やっぱり樹人と一緒に暮らしたいか?」

 グレーム森林には、樹人が住んでいる。本来は群れで暮らす種族だ。一人で旅をするよりも、仲間と共に森で暮らしている方が幸せかもしれない。
 そもそも、いつ正体が露見して討伐されるかもわからない状況など、心落ち着けるとは思えない。ノムルだって、いつまでもユキノの味方とは限らないのだから。

 そんな気持ちで聞いたのだが、

「いえ? 特には」

 と、さらりと返されてしまった。
 まじまじと見つめるノムルの視線に、彼の戸惑いや疑問を感じ取ったのだろう。ふむうっと唸ったユキノは、改めて言葉を紡ぐ。

「同族だからといって、優しいとも、気が合うとも限りませんから。実の親や兄弟だって、仲が良いばかりではないでしょう? 私は、おとーさんと一緒にいたいです」

 きゅっと、首筋にしがみついてきた。
 ノムルの胸につかえていたものが解け、春の日差しのように温かくなっていく。下ろしたまぶたが熱くなって、ノムルは慌てて目を開けた。

「そうか」
「はい」

 ぽんぽんっと優しくユキノの幹を叩きながら、グレーム森林に向かった。

 日暮れにはまだ早いが、人目に付かないところまで入ると早々にユキノを下ろし、根を張らす。

「ぷはあ。やっぱり森の土が一番です」

 森の少ないルモン大帝国では、ゆっくりと肥沃な土に根を張ることができなかった。ユキノは全身から力を抜いて、気持ちよさそうにしている。
 ノムルもパンと焼いた肉を取り出すと、挟んで頬張った。

「ここで採取するのはデンゴラコンと、他にバロメッツと野生のランゴやミナミウリだったな?」
「はい、そうです。デンゴラコンは、たくさん取れると良いですね」
「まあな」

 融筋病の薬を作るには、デンゴラコンが必要だ。失敗することも考えれば、多めに欲しい。

 とはいえ、デンゴラコンやランゴといった食用にもなる植物は、ドューワ国内で栽培され広く食卓にも上っている。
 野生種の方が薬効が高いとは聞くが、場合によっては森林を出てから適当に買っていけばよいとノムルは考えていた。

「お前が吸収することだけを考えろ。とりあえず、前回みたいなことはないだろうから、楽勝だろう」
「ソウデスネ」

 グレーム森林は足元がぬかるんでいたり、池になったりはしていない。ついでに樹人はいるが魔植物は確認されていない。

「奥に入ったら出てこないだろうな」

 ノムルの呟きに、父娘はふるりと身を震わせた。

「さ、寝ろ。明日からはまた、薬草探しだぞ」
「はーい。おやすみなさい、おとーさん」
「ああ」

 さわりと揺れた枝葉が、動かなくなる。丸い葉を指で摘むと、優しく撫でた。

 ユキノはノムルといることを望むと言ったが、彼はその言葉を鵜呑みにはできなかった。
 不安が胸を掻き乱す。

「もう寝よ」

 小さな樹人の根元に横たわると、ノムルも目を閉じた。
 濃藍の空には、細い月と無数の星が輝いていた。



「では、行きます」

 朝の支度も終えて出発するというところで、ユキノは気合を入れる。

「出でよ、マンドラゴラ!」
「わー!」
「わー!」
「わー?」

 わらわらと枝葉の間から這い出しては、地面に落ちていくマンドラゴラたち。くるくるりんと見事に着地しては、ポーズをとる。
 次々と落ちてくるのにのんびりしているものだから、

「わー?!」
「わー……」

 先に着地していたマンドラゴラの上に、後から這い出たマンドラゴラが着地したりと、ちょっとした混雑状態だ。
 ユキノとノムルは目が点になりながら、彼らが出そろうのを待った。
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