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106.オスシ、ですね

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「……。オスシ、ですね」
「やっぱりオスシで合っていますよね?」
「はい」

 何かを分かり合ったように頷き合うと、ユキノはぽてぽてと戻ってきて、ソファによじ登った。 

「美味しいです」

 茸寿司を一口頬張ったエンから、驚嘆の声がこぼれる。

「駅弁って、こんなに美味しいんですね」

 緩む頬を抑えながら、エンはもぐもぐと美味しそうに食べている。その姿を世の女性たちが目にしたら、次々に美食が運ばれてくることだろう。

「うーん! 僕、遊ぶことが一番楽しいと思っていましたけれど、ご飯を食べるのも楽しいかもしれません!」
「それは良かったな。どうせムダイは金が余ってるんだ。自由に食べろ」
「はい!」

 そして俺と戦うことは忘れろと、ノムルは心の中で付け足した。
 食事を終えて一息吐いた三人だが、エンは冊子を手に目を輝かせている。

「ノムルさん、これは何て書いてあるのでしょうか? どれが美味しいと思いますか?」

 たった一食で食道楽に目覚めてしまったようだ。
 ノムルは適当に美味しそうなものを見繕ってやりながら、ついでに今まで仕入れて空間魔法に放り込んだままだった食料も、出してみた。

「これも美味しいですね!」
「……。そうか」

 何の変哲もないパンでさえ、エンは大興奮だ。

「お前、今まで何食って来たんだ?」
「え? 何か食べたことありましたっけ? 食べるのは僕の担当ではありませんでしたから」

 一つの体を二人の人格で共有していても、食べられる量が増えるわけではない。

「ふ、不憫です」

 よろめいたユキノがエンから顔を逸らして口元を小枝で覆っているが、ノムルも気持ちは同じだ。気付けば口元を隠すように、左手を添えていた。
 憐憫の目で見られながらも、エンは気にすることなく食事を勧めていく。

「お腹が少し張っているようです。なぜでしょうか?」

 不思議そうに腹をさすり始めた。

「それは、満腹というものだ。今は食べるのをやめておけ」
「へえ? これがですか。あまりいい状態ではないですね。今ノムルさんに殴られたら、吐きそうです」
「……。殴らないから吐くな」

 にこにことした笑顔は殺伐とした世界とは無縁に見えるが、やはり彼の基準は戦いのままらしい。

「今度からは順番に食事をさせてもらえるよう、頼んでみたらどうですか?」

 ユキノが提案しているが、エンは困ったように唸る。

「ムダイの楽しみを奪うわけにはいきませんからね。普段の生活は彼に任せっぱなしで、僕は遊ぶときしか出てきませんから。それに、知らない人がいるときは出てはいけないって、お父さんと約束しています」

 それはお前が襲いかかるからだろうとツッコミを入れたいノムルだが、下手に野放しになったらそれこそ自他問わずに被害が出そうなので、口にはしなかった。
 そうこうしている内に、キーヨトに着くとの案内が届いた。

「一緒に行きましょうよ。ムダイに内緒にしておかないといけないなら、僕は言いませんよ?」
「何のことだ?」

 瞳を潤ませて見つめてくるエンに、冷たい眼差しを返す。

「ユキノちゃんですよ。魔物なんでしょう? 僕は気にしませんよ?」

 ノムルの目が鋭くなり、ユキノをかばうように引き寄せながら、右手に杖を握る。
 手加減のできる相手ではない。ユキノに危害を加えるつもりならば、生死も問わないと、即座に気持ちを凍らせた。

 殺意さえ含む視線を射かけられたにもかかわらず、エンは怯えるどころか嬉しそうに笑む。目が爛々と光り、白い歯を見せて口が半月形に開く。
 思わずノムルの方が、身震いをしてしまった。力の問題ではなく、狂気に虫唾が走る。

「駄目ですよ、ノムルさん。そんな闘気を向けられたら、抑えられなくなりそうです。機関車のお客さんを巻き込むわけにはいきませんから、仕舞ってくれませんか?」
「……。分かった」
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