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68.極極極極極極極極極極極極極至極一部の

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「念のために言っておく。全ての人間が、アレを食べるなんて認識は持つなよ? アレを喜んで食べるのは、極極極極極極極極極極極極極至極一部の、変人だけだからな」
「了解しました」

 二人はしっかり頷き合うと、マンドラゴラの後を追う。

 辿り着いた場所は、そこだけぽっかりと植物が消えていた。巨大な草木が密集していて、歩くのもままならないムツゴロー湿原にあって、異常な光景だ。
 とはいっても、太陽の光がさんさんと照っているわけではない。ドーム状にくり抜かれたような空間が広がっていた。

 マンドラゴラは褒めてとばかりに、思いっきりジャンプを繰り返す。けれど案内された二人は、一向に褒める気配を見せない。

 不機嫌になったマンドラゴラは、荒々しくノムルのローブを登りだす。
 ノムルに抱っこされているユキノの葉を一枚むしりとると、次いでノムルの帽子の上に移動し、跳ねて凹ませようとした。

「で、これはどうやって回収すればいいんだ?」

 マンドラゴラを片手で掴んで帽子を守ったノムルは、前を向いたままユキノに問うた。その表情にも、困惑の色が窺える。
 手の中でマンドラゴラがもがいているが、そちらに意識を向ける気はない。

 目の前でどーんっと見事な巨体を披露しているのは、ムツゴロー湿原固有の植物の一つであり、ノムルが必要としている薬草ムツセリー草だ。
 セリのような細かい切れ目の入った葉が、まるで苔玉のように密集している。
 その大きさは三メートルほどにまで成長し、禍々しいまでに濃い緑色に、血しぶきのような赤い斑点が浮かんでいた。

 それだけならば問題はない。見た目は少々毒々しいが、ここまでの道中で見た魔植物たちに比べれば可愛いものだ。
 大きくて外見がちょっと毒っぽいだけの、普通の植物である。問題は、

 ――ピシュッ

 っと、マシンガンのように放ってくる、赤い血のような水弾である。

 地面は土がむき出しになっているため、吐き出される水弾にどのような効果があるのかは、はっきりとは分からない。
 だが周囲の草木が消えていることから、ただの水などと楽観視することはできないだろう。おそらく、何らかの毒性を持っているはずだ。

 飛距離は二メートルほどと短いが、その銃口は全方向に向けて、無数にあった。苔玉を形成する葉の全てが、水弾を発射することができるのだ。
 まさに死角なし、無敵のムッセリー要塞といったところか。

「なるほどねえ。そりゃあ希少な薬草として、底値無しで売買されるわけだ」

 ノムルならば障壁で全て避けられるし、一瞬にして水分を抜き取って乾燥させることもできる。だが普通の冒険者ではそうはいかないだろう。
 討伐が目的であれば焼き払えってしまえば済むだろうが、それでは薬草として利用できなくなる。

「弾を吐き出し切るまで粘るのが常套手段か? 面倒なタイプだな」

 ユキノに生きたまま直接触らせるためには、障壁で防ぎ続けるわけにはいかないし、乾燥させるわけにもいかない。
 何とかしてあの水弾を無力化しなければならない。

「でもこれさあ、毒ムッセリー草と間違ってない?」

 眉間に皺を寄せながら、ノムルは確かめる。

「わーっ!」

 すかさず抗議の声が足元から上がった。マンドラゴラは葉をわっさわっさと揺らし、苔玉を示している。
 ノムルは確かめるように、ユキノに視線を向ける。

「ええっと、おとーさんの言う通り、目の前の魔植物の外見的特徴は、毒ムッセリー草と一致します。というより……」

 すうっと、ユキノは枝を上げ、一点を示した。

「あそこに生えているのがムッセリー草で、この大きな塊は、毒ムッセリー草ですね」

 細い枝先が示す先に目を凝らしたノムルは、杖を持つ右手の甲を額に押し当てた。

「お前と一緒に来て良かったよ」
「私も、おとーさんが一緒で良かったです」
「わー」
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