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48.なぜユキノが機嫌を
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割符の確認など普通はさっと済ませるものだが、なぜかしっかりと符が噛み合うかチェックしているあたり、不備を探してノムルを断りたいのだろうと見て取れる。
よくあることなので気にすることなく待っていたノムルのローブに、下から力が加わった。なんだろうかと視線を下げると、ユキノが口葉を尖らせて薬屋を睨んでいる。
なぜユキノが機嫌を悪くするのだろうかと疑問に思ったが、嫌な気はしなかった。むしろ冷え切った心に温かな湯が流れ込んでくるような気さえした。
「ひぇ?」
息を詰まらせたような間抜けな音に視線を上げると、割符の確認を終えてノムルのギルドカードへと目を移していた薬屋が、驚愕した顔で固まっていた。
ぽてりと不思議そうに幹を傾げるユキノを脇目に捕えながら、ノムルはふっと鼻で笑う。
タバンの港に御店を構えるなら、それなりに広い商いをしているはずだ。ならば当然、ノムル・クラウの名も耳に入っているのだろう。
「まだ確認に掛かるの? ずいぶんと慣れていないようだけど、護衛を雇うのは初めて?」
いつもならば何も感じることなく、それゆえに口を挟むこともなく護衛対象が納得するまで任せるのだが、なんとなく嫌味を言ってみる。
ユキノが大きく頷いているので、どうやらこの対応は有りなようだと、ノムルは左の口角を少し上げた。
「い、いえ、お待たせいたしました。もしや最強に……いえ、その、至高にして孤高の魔法使い様であらせられますか?」
「あー、そんな呼び方する奴もいたなー」
戻されたギルドカードを受け取りながら、ノムルは首筋を掻く。
なんのこと? とばかりに幹を傾げて見上げるユキノの頭を押さえつけ、空間魔法にギルドカードをしまう。
ノムルには二つ名と呼ばれるものが多くある。すでに二つ名ではない気もするが、勝手に増えていくのだから仕方がない。
多くは彼の力を恐れた者たちが付けた好ましいとは言えない種類のものだが、中には彼を崇拝する者たちが付けた二つ名もある。
その一つが、先ほど薬屋が口にした『至高にして孤高の魔法使い』だ。数少ないと言うより、ほぼ唯一の例外である。
「おとーさんは有名人なのですか?」
「まあな」
「ほほう」
問うてきたユキノが高尚そうな相槌を打っているが、どこまで理解しているのかは怪しいものだとノムルは思う。
そもそも樹人にとって有名人というカテゴリーがあるのか。
「お前にとって有名人って誰だ?」
どうでもいい話題とは思いつつ、気になったので聞いてみた。
「私にとってですか? そうですね。歌三角師匠でしょうか?」
「誰だよ?」
「なんと! 歌三角師匠をご存じないとは……。おとーさん、ちょっと残念です」
ふうっと息を吐きながら肩を落として幹を左右に振る樹人の幼木。
少しばかりいらっと来たノムルだが、魔物の有名人など教えられても仕方ないと、それ以上は聞かなかった。
薬屋は知っているのかと微かに視線をやると、彼も困惑した様子で顔を歪め、思い出そうと首を捻っている。
やはり魔物には、人間の知らない世界があるようだ。
「そういや一人しか雇っていなかったみたいだけど、この大きさの御店ならもっと雇えるんじゃないの?」
日帰りならばまだしも、数日を要する護衛依頼では、最低でも二人か三人は雇うものだ。
「え? 一パーティ、最大三人までという依頼をしていたのですが?」
互いに顔を見合わせて、沈黙する。
「いつものことだと冒険者ギルドに任せていたのが、よくなかったようですね。後で確認しておきます。とは言え、夜間の見張りをしてくれれば良いので、Bランク以上でしたら一人でも構わないのですけどね」
接客用の笑顔を作った薬屋をよく見れば、ただの商人にしては良い体つきをしている。
よくあることなので気にすることなく待っていたノムルのローブに、下から力が加わった。なんだろうかと視線を下げると、ユキノが口葉を尖らせて薬屋を睨んでいる。
なぜユキノが機嫌を悪くするのだろうかと疑問に思ったが、嫌な気はしなかった。むしろ冷え切った心に温かな湯が流れ込んでくるような気さえした。
「ひぇ?」
息を詰まらせたような間抜けな音に視線を上げると、割符の確認を終えてノムルのギルドカードへと目を移していた薬屋が、驚愕した顔で固まっていた。
ぽてりと不思議そうに幹を傾げるユキノを脇目に捕えながら、ノムルはふっと鼻で笑う。
タバンの港に御店を構えるなら、それなりに広い商いをしているはずだ。ならば当然、ノムル・クラウの名も耳に入っているのだろう。
「まだ確認に掛かるの? ずいぶんと慣れていないようだけど、護衛を雇うのは初めて?」
いつもならば何も感じることなく、それゆえに口を挟むこともなく護衛対象が納得するまで任せるのだが、なんとなく嫌味を言ってみる。
ユキノが大きく頷いているので、どうやらこの対応は有りなようだと、ノムルは左の口角を少し上げた。
「い、いえ、お待たせいたしました。もしや最強に……いえ、その、至高にして孤高の魔法使い様であらせられますか?」
「あー、そんな呼び方する奴もいたなー」
戻されたギルドカードを受け取りながら、ノムルは首筋を掻く。
なんのこと? とばかりに幹を傾げて見上げるユキノの頭を押さえつけ、空間魔法にギルドカードをしまう。
ノムルには二つ名と呼ばれるものが多くある。すでに二つ名ではない気もするが、勝手に増えていくのだから仕方がない。
多くは彼の力を恐れた者たちが付けた好ましいとは言えない種類のものだが、中には彼を崇拝する者たちが付けた二つ名もある。
その一つが、先ほど薬屋が口にした『至高にして孤高の魔法使い』だ。数少ないと言うより、ほぼ唯一の例外である。
「おとーさんは有名人なのですか?」
「まあな」
「ほほう」
問うてきたユキノが高尚そうな相槌を打っているが、どこまで理解しているのかは怪しいものだとノムルは思う。
そもそも樹人にとって有名人というカテゴリーがあるのか。
「お前にとって有名人って誰だ?」
どうでもいい話題とは思いつつ、気になったので聞いてみた。
「私にとってですか? そうですね。歌三角師匠でしょうか?」
「誰だよ?」
「なんと! 歌三角師匠をご存じないとは……。おとーさん、ちょっと残念です」
ふうっと息を吐きながら肩を落として幹を左右に振る樹人の幼木。
少しばかりいらっと来たノムルだが、魔物の有名人など教えられても仕方ないと、それ以上は聞かなかった。
薬屋は知っているのかと微かに視線をやると、彼も困惑した様子で顔を歪め、思い出そうと首を捻っている。
やはり魔物には、人間の知らない世界があるようだ。
「そういや一人しか雇っていなかったみたいだけど、この大きさの御店ならもっと雇えるんじゃないの?」
日帰りならばまだしも、数日を要する護衛依頼では、最低でも二人か三人は雇うものだ。
「え? 一パーティ、最大三人までという依頼をしていたのですが?」
互いに顔を見合わせて、沈黙する。
「いつものことだと冒険者ギルドに任せていたのが、よくなかったようですね。後で確認しておきます。とは言え、夜間の見張りをしてくれれば良いので、Bランク以上でしたら一人でも構わないのですけどね」
接客用の笑顔を作った薬屋をよく見れば、ただの商人にしては良い体つきをしている。
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