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18.次の標的に
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ノムルは次の標的に視線を向ける。
遠目にも視線を感じ取り、次は自分の番だと気付いた男は慌てて両手を上げて出てきた。
「遅い。すぐに出てくればいいんだ」
上官でもないのに横暴な言い方であるが、戦場は弱肉強食だ。勝者であるノムルに言い返すことなどできず、男は奥歯を噛んで怯えと怒りを抑え、ノムルを窺うように見る。
人に向ける目ではないだろう。竜種や魔王など、圧倒的な力を持つ存在へ向ける眼差しだと、ノムルは苦く微笑する。
「で? ノムル・クラウに喧嘩を売るとか、国を亡ぼしてほしいのか? それとも国は別か?」
男は驚愕に目を見張り、ひゅっと咽が音を立てた。口をぱくぱくと魚のように開け閉めをしていたが、耐えかねたように腰を抜かして尻餅を突いてしまう。
どうやらこの男は、ノムル・クラウの名は知っていたようだ。手間が省けたと、冷めた心で思う。
「ち、違う、ます。俺たちは知らなかったんです。逃げた奴隷を連れ戻すように命じられただけで、まさかラジンの凶王がいるだなんて」
息を継ぎ継ぎに、男は言葉を咽から押しだす。
「凶王……。またどうでもいい呼び名が……」
いったい自分には幾つの二つ名が冠せらせているのだろうと、死んだ魚のような目でノムルは遠くを眺めた。
「まあいいや。で、それは本当に、『逃げた奴隷』なわけ?」
「え?」
きょとんと言葉を失った男だったが、それなりに優秀なのだろう。素早く思考を加速させ、ノムルの問いの意味を推し測る。
「領主様からはそのように。領主様の館には確かに奴隷が存在します。でも逃亡した奴隷に対してここまで大規模な追跡を行ったのは、俺の知る限りは今回が初めてです。先輩は、何か大切なものを盗んで逃げたからではないかと」
「なるほどね」
とんとんっと、ノムルは右手の杖で己の肩を叩く。
どうやら単純に巻き込まれただけの可能性も出てきたようだ。それにしてもあっさりと吐いたものだと、呆れてしまう。
傭兵の教育が出来ていないのか、それとも自分の存在が恐れられ過ぎているのか。
「こらそこ、勝手なことしない」
「で、ですが……」
ノムルが話し込んでいる間に、自分の顔から抜いた薬草で手当てをしようと、倒れた傭兵たちに向かって枝を伸ばしているユキノを止める。
短い枝ではまったく届かないのだが、投げて貼りつけようとしたのか、何枚か葉っぱが地面に落ちている。
樹人の葉に薬効があるとは、まだ広くは知られていない。検証する前に流布されると厄介だ。
地面に落ちている葉っぱを容赦なく燃やして、ユキノの痕跡を消す。恨めしそうに見上げられたが、ノムルが温情を与えることはない。
ちらちらと怪我人を見やる樹人の幼木は、自分の身に危険が迫っていたかもしれないと理解できないのだろうかと、ノムルは頭が痛くなりそうだ。
「こいつら連れ帰って手当てしてやれ。その内にうちの馬鹿たちがなんかするだろうから、早めに手を打つなりしたほうがいいよ? って、領主サマに伝えといて」
「は、はい」
杖をしまった手をひらひらと振って、ノムルはユキノの幹を掴んだまま歩き出す。
なんで怪我人の手当てをさせるように命じたのだろうと、自分の口から発せられた言葉に納得がいかず、顔をしかめた。
「ノムルさんとおっしゃるのですね?」
視線を下げると、樹人の幼木が見上げていた。
「ああ」
相槌を打つと、ふふっとなぜか嬉しそうに笑う。
「ところで、ノムルさんは王様なのですか? まったくそうは見えないのですが」
先ほどのやり取りを見ておきながら図太いと言うべきか、ユキノはストレートに聞いてきた。
「いいや。王じゃない」
「そうですか。ではノムルさんでいいですかね?」
ノムルの足が止まった。
左手を上げてユキノを目の高さまで持ってくると、顔を覗き込む。ぽてりと、不思議そうに幹を傾げる樹人の幼木。
「ノムル陛下の方がよろしかったでしょうか?」
「……。いいや、ノムルさんで」
「はい、ノムルさん」
やはりこの樹人はずれているようだと、ノムルは再び歩みを進めた。
遠目にも視線を感じ取り、次は自分の番だと気付いた男は慌てて両手を上げて出てきた。
「遅い。すぐに出てくればいいんだ」
上官でもないのに横暴な言い方であるが、戦場は弱肉強食だ。勝者であるノムルに言い返すことなどできず、男は奥歯を噛んで怯えと怒りを抑え、ノムルを窺うように見る。
人に向ける目ではないだろう。竜種や魔王など、圧倒的な力を持つ存在へ向ける眼差しだと、ノムルは苦く微笑する。
「で? ノムル・クラウに喧嘩を売るとか、国を亡ぼしてほしいのか? それとも国は別か?」
男は驚愕に目を見張り、ひゅっと咽が音を立てた。口をぱくぱくと魚のように開け閉めをしていたが、耐えかねたように腰を抜かして尻餅を突いてしまう。
どうやらこの男は、ノムル・クラウの名は知っていたようだ。手間が省けたと、冷めた心で思う。
「ち、違う、ます。俺たちは知らなかったんです。逃げた奴隷を連れ戻すように命じられただけで、まさかラジンの凶王がいるだなんて」
息を継ぎ継ぎに、男は言葉を咽から押しだす。
「凶王……。またどうでもいい呼び名が……」
いったい自分には幾つの二つ名が冠せらせているのだろうと、死んだ魚のような目でノムルは遠くを眺めた。
「まあいいや。で、それは本当に、『逃げた奴隷』なわけ?」
「え?」
きょとんと言葉を失った男だったが、それなりに優秀なのだろう。素早く思考を加速させ、ノムルの問いの意味を推し測る。
「領主様からはそのように。領主様の館には確かに奴隷が存在します。でも逃亡した奴隷に対してここまで大規模な追跡を行ったのは、俺の知る限りは今回が初めてです。先輩は、何か大切なものを盗んで逃げたからではないかと」
「なるほどね」
とんとんっと、ノムルは右手の杖で己の肩を叩く。
どうやら単純に巻き込まれただけの可能性も出てきたようだ。それにしてもあっさりと吐いたものだと、呆れてしまう。
傭兵の教育が出来ていないのか、それとも自分の存在が恐れられ過ぎているのか。
「こらそこ、勝手なことしない」
「で、ですが……」
ノムルが話し込んでいる間に、自分の顔から抜いた薬草で手当てをしようと、倒れた傭兵たちに向かって枝を伸ばしているユキノを止める。
短い枝ではまったく届かないのだが、投げて貼りつけようとしたのか、何枚か葉っぱが地面に落ちている。
樹人の葉に薬効があるとは、まだ広くは知られていない。検証する前に流布されると厄介だ。
地面に落ちている葉っぱを容赦なく燃やして、ユキノの痕跡を消す。恨めしそうに見上げられたが、ノムルが温情を与えることはない。
ちらちらと怪我人を見やる樹人の幼木は、自分の身に危険が迫っていたかもしれないと理解できないのだろうかと、ノムルは頭が痛くなりそうだ。
「こいつら連れ帰って手当てしてやれ。その内にうちの馬鹿たちがなんかするだろうから、早めに手を打つなりしたほうがいいよ? って、領主サマに伝えといて」
「は、はい」
杖をしまった手をひらひらと振って、ノムルはユキノの幹を掴んだまま歩き出す。
なんで怪我人の手当てをさせるように命じたのだろうと、自分の口から発せられた言葉に納得がいかず、顔をしかめた。
「ノムルさんとおっしゃるのですね?」
視線を下げると、樹人の幼木が見上げていた。
「ああ」
相槌を打つと、ふふっとなぜか嬉しそうに笑う。
「ところで、ノムルさんは王様なのですか? まったくそうは見えないのですが」
先ほどのやり取りを見ておきながら図太いと言うべきか、ユキノはストレートに聞いてきた。
「いいや。王じゃない」
「そうですか。ではノムルさんでいいですかね?」
ノムルの足が止まった。
左手を上げてユキノを目の高さまで持ってくると、顔を覗き込む。ぽてりと、不思議そうに幹を傾げる樹人の幼木。
「ノムル陛下の方がよろしかったでしょうか?」
「……。いいや、ノムルさんで」
「はい、ノムルさん」
やはりこの樹人はずれているようだと、ノムルは再び歩みを進めた。
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