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40.嘆願を雅伸に跳ね除けられた勇真は
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嘆願を雅伸に跳ね除けられた勇真は、それでも諦めることなく何度も雅伸の下を訪れて夕月家と朝月家の必要性を訴えた。そのたびに雅伸は鬱陶しそうに勇真を追い払う。
肩を落とした友の背中を何度も苦々しい思いで見送った。あんな女との婚姻を祝福するのではなかったと、悔やみさえした。
その内に不穏な噂が雅伸の耳には入るようになる。
元幕臣の朝月家を中心とした一派が、新政府を倒し武士の時代を取り戻そうとしている――と。
勇真に真意を訪ねてみれば、そんなことはないと否定していつもの与太話を垂れる。辟易しながら別れた雅伸が勇真と再会したのは、取り返しのつかない事態を招いた後だった。
新政府からの忠告を無視して会合を開いていた朝月家とその一派は、当時警視庁に務めていた雅伸たちの手によって捕えられ、多くが不穏分子として処刑された。その中には勇真の妻である雫も含まれていた。
『なぜですか!』
拳を握りしめ血走った目で睨みつけてくる勇真。雅伸の心を微かな罪悪感と勇真への失望が満たしていく。
『分かるだろう?』
『分かりません。夕月家と朝月家は帝都を護るために必要だと何度も訴えたはずです』
まだ目が覚めないのかと、雅伸は堪らず太い溜め息を洩らす。
『夕月家はこの国を再び騒乱に戻そうとしていた。討伐されるのは当然だろう? 娘を見逃してやっただけでも感謝してほしいのだが?』
『違う! 夕月家は私財を投げ打って帝都を護るために尽力していたのです。なぜ理解してくれないのです?』
『いい加減に現実を見ろ! 影鬼など存在しない。魑魅魍魎の類など、文明を知らぬ先人たちが勝手に作り上げたに過ぎない。目を覚ませ』
勇真の顔が悲痛に歪んでいく。絶望したような目で雅伸を見つめ、ゆるりと首を左右に振った。
『あなただけは理解してくれると信じていたのに』
引きずるような足取りで去っていく勇真の背中は失意で満ちていた。十五年も経ったというのに、今でも雅伸の記憶にはっきりと残っている。
それから一年と経たずして、勇真の訴えは本当だったのだと雅伸は認めざるを得なくなる。帝都やその周辺に、影鬼が出没するようになったのだ。
初めは山奥の街道、人気のない裏道と、人が行方をくらましても気づきにくい場所だった。夜の闇にまぎれた影鬼の犯行は徐々に増えていく。
最初の目撃者は一笑に付されて帰された。妖怪など現実には存在しない。酔っぱらっていて幻覚でも見たのだろうと。
しかし行方不明者の急増と、遠くから目撃して逃げ延びられた者の証言が重なっていけば、雅伸たちも笑ってはいられなくなった。
人員を動員して待ち伏せを掛け、ようやく容疑者と思われる相手をその目に捕えたとき、雅伸は己の犯した過ちを知る。
その場にいた警察官のほとんどが、影鬼に飲み込まれて髪一本残さず消えてしまった。決死の覚悟で一斉に何度も何度も斬りかかることでようやく倒したときには、多くの部下を失っていた。
だが幾度となく影鬼と戦った今であれば分かる。
あれは倒したのではなく、退けただけだったのだと。
影鬼の危険性に気付いた新政府は、警視庁の精鋭を集めて討鬼隊を立ち上げた。影鬼に関する知識があると思われる勇真にも、頭を下げて協力を仰いだ。
『俺は影鬼の倒し方までは教えられていない。あれは雫の一族にしか倒せないと言われた』
それでも参加を決意してくれた勇真と共に、雅伸は帝都から影鬼を排除するために尽力した。
しかし討伐の最中に仲間を庇って勇真は殉職してしまう。彼は影鬼に飲まれながらも、
『栞を頼む』
と、雅伸に託して逝った。
「彼女は何としても護らなければならなかったというのに。勇真の最期の頼みを叶えるためにも、夕月家の血を守るためにも」
未だに討鬼隊は影鬼を退けるだけで、一度も討伐に成功したことはない。
勇真の言っていた通り、夕月家の血を引く者だけが影鬼を滅する力を持つというのなら、栞に男子が生まれたときに協力してもらうつもりだった。
だがそんな希望も、彼女を失ったことで潰えてしまった。
「もう帝都に救いは残っていないのかもしれない」
手にしていた簪を机の引き出しにしまうと、雅伸は刀を手に取って部屋を出た。
<了>
-------------------------------------------------------------------------------------
最後までお読みいただきありがとうございました。
打ち切りのような終わり方ですみません。
体調を崩して続きを書ける自信がなかったので、切りの良いところで終わりとさせていただきました。体調の方はいつものことなのでご心配には及びません。
次作は少し間が開くと思います。
肩を落とした友の背中を何度も苦々しい思いで見送った。あんな女との婚姻を祝福するのではなかったと、悔やみさえした。
その内に不穏な噂が雅伸の耳には入るようになる。
元幕臣の朝月家を中心とした一派が、新政府を倒し武士の時代を取り戻そうとしている――と。
勇真に真意を訪ねてみれば、そんなことはないと否定していつもの与太話を垂れる。辟易しながら別れた雅伸が勇真と再会したのは、取り返しのつかない事態を招いた後だった。
新政府からの忠告を無視して会合を開いていた朝月家とその一派は、当時警視庁に務めていた雅伸たちの手によって捕えられ、多くが不穏分子として処刑された。その中には勇真の妻である雫も含まれていた。
『なぜですか!』
拳を握りしめ血走った目で睨みつけてくる勇真。雅伸の心を微かな罪悪感と勇真への失望が満たしていく。
『分かるだろう?』
『分かりません。夕月家と朝月家は帝都を護るために必要だと何度も訴えたはずです』
まだ目が覚めないのかと、雅伸は堪らず太い溜め息を洩らす。
『夕月家はこの国を再び騒乱に戻そうとしていた。討伐されるのは当然だろう? 娘を見逃してやっただけでも感謝してほしいのだが?』
『違う! 夕月家は私財を投げ打って帝都を護るために尽力していたのです。なぜ理解してくれないのです?』
『いい加減に現実を見ろ! 影鬼など存在しない。魑魅魍魎の類など、文明を知らぬ先人たちが勝手に作り上げたに過ぎない。目を覚ませ』
勇真の顔が悲痛に歪んでいく。絶望したような目で雅伸を見つめ、ゆるりと首を左右に振った。
『あなただけは理解してくれると信じていたのに』
引きずるような足取りで去っていく勇真の背中は失意で満ちていた。十五年も経ったというのに、今でも雅伸の記憶にはっきりと残っている。
それから一年と経たずして、勇真の訴えは本当だったのだと雅伸は認めざるを得なくなる。帝都やその周辺に、影鬼が出没するようになったのだ。
初めは山奥の街道、人気のない裏道と、人が行方をくらましても気づきにくい場所だった。夜の闇にまぎれた影鬼の犯行は徐々に増えていく。
最初の目撃者は一笑に付されて帰された。妖怪など現実には存在しない。酔っぱらっていて幻覚でも見たのだろうと。
しかし行方不明者の急増と、遠くから目撃して逃げ延びられた者の証言が重なっていけば、雅伸たちも笑ってはいられなくなった。
人員を動員して待ち伏せを掛け、ようやく容疑者と思われる相手をその目に捕えたとき、雅伸は己の犯した過ちを知る。
その場にいた警察官のほとんどが、影鬼に飲み込まれて髪一本残さず消えてしまった。決死の覚悟で一斉に何度も何度も斬りかかることでようやく倒したときには、多くの部下を失っていた。
だが幾度となく影鬼と戦った今であれば分かる。
あれは倒したのではなく、退けただけだったのだと。
影鬼の危険性に気付いた新政府は、警視庁の精鋭を集めて討鬼隊を立ち上げた。影鬼に関する知識があると思われる勇真にも、頭を下げて協力を仰いだ。
『俺は影鬼の倒し方までは教えられていない。あれは雫の一族にしか倒せないと言われた』
それでも参加を決意してくれた勇真と共に、雅伸は帝都から影鬼を排除するために尽力した。
しかし討伐の最中に仲間を庇って勇真は殉職してしまう。彼は影鬼に飲まれながらも、
『栞を頼む』
と、雅伸に託して逝った。
「彼女は何としても護らなければならなかったというのに。勇真の最期の頼みを叶えるためにも、夕月家の血を守るためにも」
未だに討鬼隊は影鬼を退けるだけで、一度も討伐に成功したことはない。
勇真の言っていた通り、夕月家の血を引く者だけが影鬼を滅する力を持つというのなら、栞に男子が生まれたときに協力してもらうつもりだった。
だがそんな希望も、彼女を失ったことで潰えてしまった。
「もう帝都に救いは残っていないのかもしれない」
手にしていた簪を机の引き出しにしまうと、雅伸は刀を手に取って部屋を出た。
<了>
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最後までお読みいただきありがとうございました。
打ち切りのような終わり方ですみません。
体調を崩して続きを書ける自信がなかったので、切りの良いところで終わりとさせていただきました。体調の方はいつものことなのでご心配には及びません。
次作は少し間が開くと思います。
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