双月の恋

しろ卯

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24.栞と清十郎の疑問を

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 栞と清十郎の疑問を読み取った伊織は軽く苦笑を零してから説明する。黒犬衆が健在だった頃、清一郎が影鬼を祓う傍には常に何かを唱える霖の姿があったことを。

 話を聞いた清十郎は東の空を見た。白くなってきた空だが、まだお日様は顔を出していない。光を奪われ白い空に同化し始めた月も、まだ残っている。
 視線を向けられた栞は迷わず頷いた。

 成功する可能性は低いかもしれない。けれど試してみたいと思った。
 清十郎たち里の人々の役に立ちたくて。そして、亡き母が残したおまじないの本当の意味を知りたくて。

「天に在す月の神よ、満ちて影を祓い給え。天に在す月の神よ、満ちて影を祓い給え」

 手を合わせて栞はおまじないの言葉を紡ぐ。
 どうか影鬼を祓えますように。どうか清十郎たちの悲願が叶いますように。
 そんな願いを込めて。

 栞の祈りに呼応するように、清十郎の持つ桃の刀身が三日月のように淡く輝いていく。栞も伊織も、目を丸くしてその様子を見つめた。
 驚きながら真剣な表情で刀身を見つめていた清十郎の顔が、にやりと不敵な笑みへと変わる。

「伊織」
「はっ」

 桃の箱から黒い影が地面へと落ちる。
 一寸の迷いもなく、清十郎は淡く輝く桃の刀で影鬼を両断した。光に負けて消えていく影のように、影鬼は月の光を宿した刀に触れた部分から煙となって消えていく。

 無言のまま、栞たちは先ほどまで影鬼がいた地面を見つめる。
 力を削ぐことはできても消滅させることはできないと言われた影鬼が姿を消した。一時的に消えただけなのか、それとも本当に消滅したのか。
 判断の付かない栞は、そっと清十郎の顔を窺う。

「お頭様、お見事です」

 静寂を破ったのは伊織だった。感無量といった表情で、清十郎の前に跪く。目には微かに光るものがあった。
 清十郎も満足気な表情で大きく頷いた。
 どうやら影鬼を倒せたようだと理解した栞も、ほっと息を零すと共に笑顔を咲かせる。伊織につられたのか、彼女の目にも光るものが浮かんでいた。
 
 東の空が眩しく輝きだす。

「どうやら今日はここまでのようだ。今夜は忙しくなるぞ」
「はっ」

 片膝を突いたまま、伊織は新たな主人に深く頭を垂れた。

「苦労をかけたな」
「滅相もございません」

 今までの労をねぎらう清十郎の言葉に、伊織は肩を震わせながら首を横に振る。どれほどこの日を待ちわびたか。何度諦めかけたか。今日までに何人の仲間を失ったか。
 感慨に浸る伊織から視線を切ると、清十郎は栞の前に立つ。

「栞殿、感謝する。あなたのお蔭で俺は黒犬衆の誇りを取り戻せた」

 朝月家当主として継ぐはずだった力も知識も彼には欠けていた。それでも黒犬衆を引っ張らなければと、自分よりも年嵩の者たちに囲まれても甘えることなく先陣を切った。
 たった一人残った朝月家の血筋だ。万が一のことがあってはならないから里に残るようにと言われても、影鬼を倒しきることのできない自分が黒犬衆の頭となるためには、誰よりも影鬼を封じなければと走り続けてきた。
 それだけ奮闘しても自分には朝月の者として黒犬衆を率いる資格はないのではないかと、苦悩が消えたことはない。

「お礼を頂くより先に謝らなければなりません。申し訳ありませんでした。こんなに大切なおまじないだとは知らずに、すぐにお伝えせずに隠していました」

 あんなに必死に何度も聞かれたのに、なぜ彼が必要としているのか、きちんと考えようとしなかった。
 里の人たちを護るために、帝都の人々を護るために、清十郎は必死に足掻いていたのに。

「これからも協力してくれるだろうか? とりあたって今夜だが」
「もちろんです。でも」

 と、栞は気になっていたことを思い出し、小首を傾げる。先を促すように視線を動かした清十郎を見て、問うてみる。

「なぜ、日中ではないのですか?」

 自由に行動している影鬼ならば、昼は隠れていて見つからないということもあるかもしれない。けれど封じられた影鬼が隠れることは難しいだろう。そこにいると分かっているのだから。
 そして夜より昼の方が、火の用意もいらず人は動きやすい。
 栞はそう考えたのだが、清十郎は首を横に振る。

「影鬼は日の光を浴びると姿を消してしまうのだ。見えなくなるだけならいいが、桃の刀でも攻撃できなくなり逃げられてしまう。そして夜になると復活する」

 お日様の下で桃の箱から出せば、折角捕まえた影鬼たちを解き放ってしまうようだ。自由を得た影鬼は虫や鼠などの小さな命から飲み込んでいき、次第に力を取り戻していく。
 だから夜しか討伐できないのだと清十郎は説明した。

 栞たちが隠れ里に戻ると、すでに女たちが起きて働いていた。

「あれ? 若様、こんな時間に栞様を連れてどこに行っていたのですか?」

 からかい半分、疑問半分といった表情で、お津代が声を掛けてきた。清十郎は嬉しさを隠しきれぬように口角を上げる。

「封じ場だ。朗報がある。日暮れ前に皆を集めておいてくれ」
「ついに祝言を挙げるのですね」
「莫迦を言うな」

 眉を寄せて不快感を示す清十郎だったが、声も表情もどこか明るい。
 珍しいものを見たと丸くした目で清十郎を見つめていたお津代は何かを察したようだ。目尻に涙が溜まっていく。
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