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19.清十郎は薹味噌を
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清十郎は薹味噌を麦飯に乗せると、湯気と共に口へ運ぶ。咀嚼している清十郎の口角がわずかに上がった。
喜んでいるようだと気付いた栞も嬉しくなる。清十郎のことを無愛想な人だと思っていた栞だが、毎日接している内に彼の微妙な感情の変化も読み取れるようになっていた。
「なんだ? 顔に何かついているか?」
「いいえ、何も。おかわりを注ぎましょうか?」
「まだ残っている」
会話は未だにぶっきらぼうで取っつき難いが。
「お弁当は薹味噌を塗って焼きおにぎりにしましょうかと吾平さんが仰っていました」
「そうか」
素っ気ない言葉だがわずかに声が高い。嬉しいのだろう。
「そうだ、これを渡しておこう」
朝餉を終えた清十郎は、袂から出した竹筒を差し出す。親指と人差し指で輪を描いたほどの太さの竹を、節から一寸ほどで切ったものに油紙で蓋をし、紐で封じていた。
「なんでしょう?」
「大した物ではない」
開けようとした栞の手が封を切る前に、清十郎はさっさと奥の間へ戻ってしまう。ちらりと見えた彼の耳は、少し赤くなっていた。
残された栞は少し考えてから袂に落とし、膳を片付ける。
「清十郎様に頂いたのですけれど、何でしょう?」
吾平と共に食事を終えて片付けも終わり、栞は竹筒を取り出した。
身分が違うからと共に食事を取ることをためらっていた吾平だが、栞の押しに負けて共に食事を取っている。清十郎の目覚めが遅いのに栞が食べ終わるのまで待っていては、いつ食べられるか分からないと栞が心配したのだ。
「贈り物ですか? 珍しい。やはり若様は栞様のことを」
「違います」
色々と教えてもらって世話になっている吾平だが、こうして何かにつけて栞と清十郎を結ばせようとするのは困り種だった。
「開けてみてはいかがです?」
「そうですね」
出てきたものによっては更にからかわれそうだと思ったが、軽く振ってみても音はしない。羊羹か何かだろうと軽い気持ちで封を切る。竹筒の中に入っていたのは、淡黄色をした軟膏だった。
栞は小首を傾げる。
「何に使う軟膏でしょう?」
「聞いておられないのですか?」
「頂いてすぐに奥の間へ戻っていかれましたので」
問うどころか開ける暇もなかったのだと付け足すと、吾平は困ったように苦笑した。
「周りに年の近い娘がいなかった弊害ですかね」
肩を落とした吾平は、恨めし気に外を見る。
里の住人たちの年齢には偏りがある。元より住人が少ないのだから仕方ない部分もあるのだが、子供は十二歳まで、若者は二十歳を超えた清十郎を一番下に三十八の林野伊織という者まで。後は五十五を超えている。
清十郎と最も年の近い娘は、すでに五人の子を生し今も妊娠中である、二十六歳の八重となる。二十一になる清十郎より五つ上だ。
彼女を清十郎の妻にという話も出たのだが、清十郎本人が拒否した。
年上の娘が気に入らないというわけではない。八重が小柳平助と想いあっていることは周知の事実だったからだ。
それでも朝月家の血を絶やすわけにはいかないと、大人たちの説得もあって泣く泣く承諾した八重だったが、清十郎の方が承知しなかった。
無理に添わせても八重には手を出さないと宣言してしまったのだ。
仕方なく里で生まれた娘が成長するのを待つことにして、夫婦となった平助と八重には一人でも多くの子を成し、里の存続に貢献してくれと頼んだ。
「頼んだとはいえ、これほど生まれるとは思っていなかったでしょうね」
何も言わなくても良かったのではないかと、外から聞こえてきた小柳夫妻の子供らの声を聞きながら吾平は思うのだった。
意識を外から中へと戻す。栞が困ったように眉を下げて軟膏と睨めっこしていた。
「しかし使い道が分からなければ宝の持ち腐れ。今夜お出かけになる前に、お聞きになってみてはいかがですか?」
「そうします」
吾平の言う通り、折角もらったのに使わなければ申し訳ない。
黒い装束に山犬の面を付けた清十郎に、薹味噌の焼きおにぎりを包んだ竹の皮と水筒を差し出しながら切り出した。
「あの、軟膏をありがとうございました」
「気にすることではない。私がこき使っていると勘違いされても困るからな」
視線を逸らした清十郎の声はたどたどしく聞こえる。まだ空は白藍色だというのに、彼の耳は一足早く紅色に染まったようだ。
いつもは年齢より大人びて見えるのだが、拗ねたような困ったような表情は幼く見える。
こんな可愛らしい表情もするのかと驚いた栞だが、聞かなければならないことがあると思い出す。彼が出ていく前にと急いで口を動かした。
「それで、その、どのようなお薬なのでしょう?」
せっかくの贈り物だというのに、何であるか理解していないと知ったら気を悪くしないだろうかと、不安が顔を出して言葉が詰まる。
きょとんとした清十郎は、
「言っていなかったか?」
と、驚いたように言い、視線を栞の手指へと落とす。
喜んでいるようだと気付いた栞も嬉しくなる。清十郎のことを無愛想な人だと思っていた栞だが、毎日接している内に彼の微妙な感情の変化も読み取れるようになっていた。
「なんだ? 顔に何かついているか?」
「いいえ、何も。おかわりを注ぎましょうか?」
「まだ残っている」
会話は未だにぶっきらぼうで取っつき難いが。
「お弁当は薹味噌を塗って焼きおにぎりにしましょうかと吾平さんが仰っていました」
「そうか」
素っ気ない言葉だがわずかに声が高い。嬉しいのだろう。
「そうだ、これを渡しておこう」
朝餉を終えた清十郎は、袂から出した竹筒を差し出す。親指と人差し指で輪を描いたほどの太さの竹を、節から一寸ほどで切ったものに油紙で蓋をし、紐で封じていた。
「なんでしょう?」
「大した物ではない」
開けようとした栞の手が封を切る前に、清十郎はさっさと奥の間へ戻ってしまう。ちらりと見えた彼の耳は、少し赤くなっていた。
残された栞は少し考えてから袂に落とし、膳を片付ける。
「清十郎様に頂いたのですけれど、何でしょう?」
吾平と共に食事を終えて片付けも終わり、栞は竹筒を取り出した。
身分が違うからと共に食事を取ることをためらっていた吾平だが、栞の押しに負けて共に食事を取っている。清十郎の目覚めが遅いのに栞が食べ終わるのまで待っていては、いつ食べられるか分からないと栞が心配したのだ。
「贈り物ですか? 珍しい。やはり若様は栞様のことを」
「違います」
色々と教えてもらって世話になっている吾平だが、こうして何かにつけて栞と清十郎を結ばせようとするのは困り種だった。
「開けてみてはいかがです?」
「そうですね」
出てきたものによっては更にからかわれそうだと思ったが、軽く振ってみても音はしない。羊羹か何かだろうと軽い気持ちで封を切る。竹筒の中に入っていたのは、淡黄色をした軟膏だった。
栞は小首を傾げる。
「何に使う軟膏でしょう?」
「聞いておられないのですか?」
「頂いてすぐに奥の間へ戻っていかれましたので」
問うどころか開ける暇もなかったのだと付け足すと、吾平は困ったように苦笑した。
「周りに年の近い娘がいなかった弊害ですかね」
肩を落とした吾平は、恨めし気に外を見る。
里の住人たちの年齢には偏りがある。元より住人が少ないのだから仕方ない部分もあるのだが、子供は十二歳まで、若者は二十歳を超えた清十郎を一番下に三十八の林野伊織という者まで。後は五十五を超えている。
清十郎と最も年の近い娘は、すでに五人の子を生し今も妊娠中である、二十六歳の八重となる。二十一になる清十郎より五つ上だ。
彼女を清十郎の妻にという話も出たのだが、清十郎本人が拒否した。
年上の娘が気に入らないというわけではない。八重が小柳平助と想いあっていることは周知の事実だったからだ。
それでも朝月家の血を絶やすわけにはいかないと、大人たちの説得もあって泣く泣く承諾した八重だったが、清十郎の方が承知しなかった。
無理に添わせても八重には手を出さないと宣言してしまったのだ。
仕方なく里で生まれた娘が成長するのを待つことにして、夫婦となった平助と八重には一人でも多くの子を成し、里の存続に貢献してくれと頼んだ。
「頼んだとはいえ、これほど生まれるとは思っていなかったでしょうね」
何も言わなくても良かったのではないかと、外から聞こえてきた小柳夫妻の子供らの声を聞きながら吾平は思うのだった。
意識を外から中へと戻す。栞が困ったように眉を下げて軟膏と睨めっこしていた。
「しかし使い道が分からなければ宝の持ち腐れ。今夜お出かけになる前に、お聞きになってみてはいかがですか?」
「そうします」
吾平の言う通り、折角もらったのに使わなければ申し訳ない。
黒い装束に山犬の面を付けた清十郎に、薹味噌の焼きおにぎりを包んだ竹の皮と水筒を差し出しながら切り出した。
「あの、軟膏をありがとうございました」
「気にすることではない。私がこき使っていると勘違いされても困るからな」
視線を逸らした清十郎の声はたどたどしく聞こえる。まだ空は白藍色だというのに、彼の耳は一足早く紅色に染まったようだ。
いつもは年齢より大人びて見えるのだが、拗ねたような困ったような表情は幼く見える。
こんな可愛らしい表情もするのかと驚いた栞だが、聞かなければならないことがあると思い出す。彼が出ていく前にと急いで口を動かした。
「それで、その、どのようなお薬なのでしょう?」
せっかくの贈り物だというのに、何であるか理解していないと知ったら気を悪くしないだろうかと、不安が顔を出して言葉が詰まる。
きょとんとした清十郎は、
「言っていなかったか?」
と、驚いたように言い、視線を栞の手指へと落とす。
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