双月の恋

しろ卯

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15.それで? どうするつもりだ?

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「それで? どうするつもりだ?」

 なんとか憤りを飲み込んで冷静さを取り繕った雅伸は息子に問う。それでも飲下しきれなかった怒りが目に宿り、言葉に棘を生やす。
 怯えながらも夢子と目で頷き合った雅彦は、姿勢を正して挑むように父と向き合う。

「夢子と結婚して、葛城家を継ぐつもりです」
「莫迦者!」

 雷鳴にも負けぬ怒声と共に、雅伸は壊さんばかりの力で机を叩いた。四つの茶椀が音を立てて揺れ、茶托を濡らす。
 雅之も憤怒で顔を歪め、今にも斬り殺さんばかりの目で弟を睨み付けた。

「出来た息子だと思い栞さんと添わせて葛城家を任せる予定だったが、どうやら私の目は節穴だったようだ」

 栞に想う男ができればその男と結ばれるように後押しするつもりだった。けれど娘たちが嫁ぎ始める十六になっても、栞に浮いた話は出てこない。
 それは息子二人も同様で、ならばとどちらかを栞と添わせようと考えた。

 二人を比べたとき、雅之の方が栞を可愛がっていた。
 しかし雅之は真っ直ぐな気性なのはいいが正直すぎる。一人で栞を護り、子爵家を維持できるほどの才能はないと雅伸は判断した。

 一方の雅彦は人当たりが良く、学院での態度も真面目で成績優秀だと教師から聞いていた。
 栞の力になれるのは弟の方だと判断し、婚約させることにしたのだ。学院を卒業するまでは結婚は待ってほしいと言うから、栞に申し訳ないと思いつつ待ってもらった。

 それが、この結果である。
 花の盛りを待つだけで過ぎることに耐えてくれた健気な娘を捨てるなど、誰が想像できただろうか。更には葛城家の正当なる後継者である栞への婿入りを蹴っておきながら、葛城家を継ぐなどとのたまうとは。
 いっそ二人まとめて斬り捨ててやろうかとさえ、机の陰で見えないと思っているのか手を重ね合わせる男女に対して思ってしまった。

「まさか婚約者の妹に手を出した挙句、婚礼を目前として婚約を解消する簒奪者が我が息子だったとは。我ながら情けない」
「お義父様、そんな言い方は酷いわ。雅彦様はお優しい方よ? お姉様とのことを、ずっと悩んでおられたもの。でも私のことを愛したままお姉様と結婚してしまったら、きっとお姉様を傷付けてしまうからって婚約解消を決断なさったの」

 うつむいて何も言い返せない雅彦に代わって、夢子が訴えるように口を開いた。胸の前で手を組み、涙で潤む瞳を雅伸へと上向ける。
 愛らしい容姿をした彼女だ。殿方だけでなく女性でも庇護欲をそそられるだろう。しかし雅伸は冷ややかな目を細め、嘲るように鼻で笑う。

「貴様に義父ちちと呼ぶことを許した覚えはない。義理とはいえ姉の婚約者を寝とった阿婆擦れが、私に話しかけてくるな。視界に入るのも不愉快だ」
「酷い!」
「父上? 何ということを仰るのですか!」

 夢子はわっと雅彦に泣きつく。
 父に叱られて子供のように小さくなっていた雅彦は、愛する女性を傷付けられた怒りからか、恐怖を忘れて食って掛かった。
 雅彦を映す雅伸と雅之の目は、それはそれは冷たいものだったが、気付いているのか。

「事実を言ったまでだ。私は出かける。帰ってくるまでに荷物をまとめておけ。お前など私の息子ではない。出ていけ」
「父さん?!」
「お供します」

 立ち上がった雅伸に追従して雅之も部屋を出ていく。
 雅彦は夢子が胸にしがみ付いているため追いかけることもできず、呆然として父と兄の背を見送った。

 屋敷を出た雅伸と雅之は、馬車で葛城邸に向かう。
 栞と雅彦の婚約を解消したと言って雅彦が夢子を連れてきたということは、葛城亨真と蝶子は知っているのだろうと察しが付く。知っていて、止めなかったのだ。

「揃いも揃って何を考えているのだ」
「雅彦は夢子さんと結婚して葛城家を継ぐと言っていましたよ? 言い間違いだと思いますが」

 二人は揃って顔を苦くしかめた。
 栞は無事なのだろうかと、不安が渦を巻く。早く着かないかと、いっそ馬に乗って駆けようかと、急く心を必死になだめすかす。
 我慢の限界も近づいてきた頃、ようやく馬車は目的地にたどり着き馬の足は止めた。

「これは高遠様、お久しぶりですね。夢子は雅彦さんと共にそちらのお宅に伺ったはずですが、行き違いましたか?」

 亨真と蝶子夫妻は笑顔で雅伸と雅之を迎え入れながら、怪訝な表情を見せる。

「失礼。息子が勘違いしてお嬢さんを連れ出したようです。栞さんは御在宅ですな? お会いできますか?」

 栞に会ってまずは愚息が仕出かしたことを謝らなければと、雅伸は亨真夫妻への挨拶もそこそこに切り出した。
 縫い物や読書を好む栞は、誰かが誘いでもしない限り自ら外出することは滅多にない。だから今も部屋にいるはずだと雅伸は目処を付けていた。
 けれど亨真と蝶子は気まずそうに視線を泳がす。

「今は少し出かけておりまして」
「どこに?」

 雅伸の目がすっと細まり、声が低くなる。
 ひっと小さな悲鳴を上げた亨真と蝶子が、よろめくように半歩後退った。
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