397 / 402
番外編
とある戦闘狂の誕生秘話。
しおりを挟む
母が苦手だった。
彼女が現れると、誰もが振り向き見惚れる美少女。いつも笑顔を絶やさない、女神のようだと言われていた。
僕が息子だと紹介されると、誰もが驚く。
「息子さんがいる年だなんて、まったく見えない」
と。そして、
「綺麗なお母さんに似てよかったね」
と、うらやむ声を掛けてくる。
誰も僕の名前を呼んでくれなかった。誰も僕を見てくれなかった。僕は母の息子でしかない。
普段は家政婦に預けているのに、たまに顔を見せると僕を抱きしめる。
「会いたかったよ、炎君。元気にしてた?」
母の後ろにいる大人達が、僕を見下ろしている。
母を悲しませないように、母を喜ばせるように、見張っている。だから――
「僕も会いたかったです。お母さん」
「ふふ。ありがとう」
僕は笑顔を作って、母が喜ぶ言葉を口にした。胸がつきりと痛んだけど、なぜだかなんて、幼かった僕は気付こうとしなかった。
父は、よく分からない人だった。
母よりは顔を会わせる日が多かったけれど、それでも月に数回あれば多いほう。長いと数ヶ月ぶりなんてこともあった。
父は母と違ってにこりともしない。いつも不機嫌そうで、だけどちゃんと僕を見てくれるから、近くにいるとほっとした。
ある日、父は僕を道場に連れていった。
僕の家の裏には小さな道場があったんだ。道場といっても、弟子が通っているわけじゃない。
僕がもっと小さかった時は教室を開いていたそうだけど、父は指導者には向いていなくて、すぐにやめたって聞いた。
「好きに攻撃していいぞ?」
母のいないその日、父は僕にそう言った。
僕は意味が分からなくて、首を傾げる。
「色々と溜まっているみたいだからな。殴るでも蹴るでも、そこにある木刀を使ってもいい。ただし――」
と、父は道場の壁に掛けられた木刀を顎で示してから、言葉を切った。
「俺以外には決して、手を上げるな」
思わず後ずさってしまうほどに真剣な目を向けられて、僕は夢中で頷いた。
始めは遠慮しながら叩いたり蹴ったりしていたけど、父はまるで電柱か鉄柱のように硬くてびくともしなかった。
僕は徐々に本気になっていって、最後には父が使って良いといっていた木刀まで持ち出した。
だけど結局、父はそこから一歩も動くことさえなく、僕の攻撃を全て受け止めた。
父がいて、母がいない日だけに行われるソレは、僕の中の尖ったものを削っていき、僕はその日を楽しみにするようになっていった。
「ただい――」
「父さああーんっ!」
父が一人で帰ってくると、僕は部屋から飛び出して玄関まで走った。
「父さん、父さん、父さあああーんっ!」
僕は父に駆けつけざまに回し蹴りを放ち、すぐに拳を連打する。一度間合いを取って渾身の一撃を父の鳩尾めがけて突き出した。
鍛え上げられた鉄板のように硬い父の筋肉で、僕の手のほうが痺れる。
「……。炎、とりあえず、荷物くらい置かせろ。あとただいま」
父の大きな手で頭を抑えられて、手も足も届くなったところで、僕は少し落ち着く。それから父を見上げてにっこりとほほ笑んだ。
「お帰りなさい、父さん。荷物置いたら遊んでください」
「……おう」
父さんの後ろにいた相馬おじさんが、口の端をひくひくと痙攣させていたけれど、僕は気にせず父の荷物を受け取って、父の部屋に運ぶ。
「なあ、なんで炎はあんなになっちまったんだ?」
「お前がいなけりゃ、礼儀正しい美少年なんだけどな。たぶん、両親の人間離れしたところだけを受け継いだんだろ」
僕の後ろを付いてくる父さんと相馬おじさんが何か話していたけれど、その時の僕は父と遊んでもらえることが嬉しくて、あまり聞いていなかった。
了
---------------------------------------
人間離れした美貌・爽やかスマイル←母親(世界的な女優)
人間離れした強靭な身体・戦闘力←父親(護衛・放浪の旅人)
ムダイの両親は、樹人を描く前に慣らしで描いた短編の主人公とヒロインがモデルだったりします。長編を書くときは世界観や登場人物の性格を掴むため、短編を書きなぐるタイプです。
彼女が現れると、誰もが振り向き見惚れる美少女。いつも笑顔を絶やさない、女神のようだと言われていた。
僕が息子だと紹介されると、誰もが驚く。
「息子さんがいる年だなんて、まったく見えない」
と。そして、
「綺麗なお母さんに似てよかったね」
と、うらやむ声を掛けてくる。
誰も僕の名前を呼んでくれなかった。誰も僕を見てくれなかった。僕は母の息子でしかない。
普段は家政婦に預けているのに、たまに顔を見せると僕を抱きしめる。
「会いたかったよ、炎君。元気にしてた?」
母の後ろにいる大人達が、僕を見下ろしている。
母を悲しませないように、母を喜ばせるように、見張っている。だから――
「僕も会いたかったです。お母さん」
「ふふ。ありがとう」
僕は笑顔を作って、母が喜ぶ言葉を口にした。胸がつきりと痛んだけど、なぜだかなんて、幼かった僕は気付こうとしなかった。
父は、よく分からない人だった。
母よりは顔を会わせる日が多かったけれど、それでも月に数回あれば多いほう。長いと数ヶ月ぶりなんてこともあった。
父は母と違ってにこりともしない。いつも不機嫌そうで、だけどちゃんと僕を見てくれるから、近くにいるとほっとした。
ある日、父は僕を道場に連れていった。
僕の家の裏には小さな道場があったんだ。道場といっても、弟子が通っているわけじゃない。
僕がもっと小さかった時は教室を開いていたそうだけど、父は指導者には向いていなくて、すぐにやめたって聞いた。
「好きに攻撃していいぞ?」
母のいないその日、父は僕にそう言った。
僕は意味が分からなくて、首を傾げる。
「色々と溜まっているみたいだからな。殴るでも蹴るでも、そこにある木刀を使ってもいい。ただし――」
と、父は道場の壁に掛けられた木刀を顎で示してから、言葉を切った。
「俺以外には決して、手を上げるな」
思わず後ずさってしまうほどに真剣な目を向けられて、僕は夢中で頷いた。
始めは遠慮しながら叩いたり蹴ったりしていたけど、父はまるで電柱か鉄柱のように硬くてびくともしなかった。
僕は徐々に本気になっていって、最後には父が使って良いといっていた木刀まで持ち出した。
だけど結局、父はそこから一歩も動くことさえなく、僕の攻撃を全て受け止めた。
父がいて、母がいない日だけに行われるソレは、僕の中の尖ったものを削っていき、僕はその日を楽しみにするようになっていった。
「ただい――」
「父さああーんっ!」
父が一人で帰ってくると、僕は部屋から飛び出して玄関まで走った。
「父さん、父さん、父さあああーんっ!」
僕は父に駆けつけざまに回し蹴りを放ち、すぐに拳を連打する。一度間合いを取って渾身の一撃を父の鳩尾めがけて突き出した。
鍛え上げられた鉄板のように硬い父の筋肉で、僕の手のほうが痺れる。
「……。炎、とりあえず、荷物くらい置かせろ。あとただいま」
父の大きな手で頭を抑えられて、手も足も届くなったところで、僕は少し落ち着く。それから父を見上げてにっこりとほほ笑んだ。
「お帰りなさい、父さん。荷物置いたら遊んでください」
「……おう」
父さんの後ろにいた相馬おじさんが、口の端をひくひくと痙攣させていたけれど、僕は気にせず父の荷物を受け取って、父の部屋に運ぶ。
「なあ、なんで炎はあんなになっちまったんだ?」
「お前がいなけりゃ、礼儀正しい美少年なんだけどな。たぶん、両親の人間離れしたところだけを受け継いだんだろ」
僕の後ろを付いてくる父さんと相馬おじさんが何か話していたけれど、その時の僕は父と遊んでもらえることが嬉しくて、あまり聞いていなかった。
了
---------------------------------------
人間離れした美貌・爽やかスマイル←母親(世界的な女優)
人間離れした強靭な身体・戦闘力←父親(護衛・放浪の旅人)
ムダイの両親は、樹人を描く前に慣らしで描いた短編の主人公とヒロインがモデルだったりします。長編を書くときは世界観や登場人物の性格を掴むため、短編を書きなぐるタイプです。
0
お気に入りに追加
3,547
あなたにおすすめの小説
神の種《レイズアレイク》 〜 剣聖と5人の超人 〜
南祥太郎
ファンタジー
生まれながらに2つの特性を備え、幼少の頃に出会った「神さま」から2つの能力を授かり、努力に努力を重ねて、剣と魔法の超絶技能『修羅剣技』を習得し、『剣聖』の称号を得た、ちょっと女好きな青年マッツ・オーウェン。
ランディア王国の守備隊長である彼は、片田舎のラシカ地区で起きた『モンスター発生』という小さな事件に取り組んでいた。
やがてその事件をきっかけに、彼を密かに慕う高位魔術師リディア・ベルネット、彼を公に慕う大弓使いアデリナ・ズーハーなどの仲間達と共に数多の国を旅する事になる。
ランディア国王直々の任務を遂行するため、個人、家族、集団、時には国家レベルの問題を解決し、更に心身共に強く成長していく。
何故か老化が止まった美女や美少年、東方の凄腕暗殺者達、未知のモンスター、伝説の魔神、そして全ての次元を超越する『超人』達と出会い、助け合い、戦い、笑い、そして、鼻の下を伸ばしながら ―――
※「小説家になろう」で掲載したものを全話加筆、修正、時々《おまけ》話を追加していきます。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?
西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね?
7話完結のショートストーリー。
1日1話。1週間で完結する予定です。
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。