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真相編
413.駆け出すと同時に
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「なるほど、この赤い印の所に行けば良いわけですね。現在地は校門ですから」
きょろきょろと辺りを見回した雪乃は、
「あちらですね」
と、きらーんと目を光らせてから駆け出した。駆け出すと同時に、こけた。
「大丈夫か?」
心配そうに見知らぬ少年が声を掛けてくる。
「だ、大丈夫です」
手を差し伸べられていることに気付かない雪乃は、自力で起き上がると足元を見つめる。
じいっと凝視してみるが、特に石が転がったいるわけでも、大きな凹凸があるわけでもない。平らな石畳が校門から校舎に向かって敷かれていて、こけるような要素はなかった。
視覚では平らに見えても何かがあるのかもしれないと、雪乃は手で地面を叩いてみる。ついでに撫でてもみる。
「何もありません。何もないところでこけるほど、私はドジっ子だったのでしょうか?」
ふむうっと考えているうちに、残り時間は三分を切っていた。
「こうしてはいられません! 急いで行かなければ!」
慌てて立ち上がると、先ほど声を掛けてくれたらしい男子生徒が突っ立っていた。
雪乃は改めてお礼を述べると再び駆け出そうとして、またこけた。
「何事でしょう? 罠ですか? それとも私は何かの病気になってしまったのでしょうか?」
ふむうっと考えるが、答えは出ない。まあ良いかと、雪乃は立ち上がる。先ほどの男子生徒が手を差し伸べていたのだが、雪乃は気付かない。
残りの時間は一分もない。走ればこけると学習した雪乃は、早歩きで進むことにした。
「そういえば、貴族の令嬢は走ってはいけないと学びましたね。なるほど、礼儀作法を無視するとペナルティが与えられるわけですね」
ゲームの仕様を理解した雪乃は、ちょっと誇らしげに鼻歌を歌いながら歩きだす。
後ろに残された金髪碧眼の男子生徒は呆然としながら去っていく雪乃の後ろ姿を眺めていたが、辺りをきょろきょろと見回すと、こほりとわざとらしい咳をしてどこかへ行った。
結局、雪乃は遅刻してしまった。
仕方ないので会場の出入り口が見える植え込みに隠れて、生徒達が出てくるのを待つことにした。家で鍛えた隠密スキルを使ってこっそり混じってしまえば、きっとばれることはないだろうと、雪乃は目論む。
それはそうと、と雪乃は視線を上に向けた。
視界に入った蜜柑に似た葉を持つ木には棘もなく、二階よりも高く育っている。ルモンではよく見かける、カンミの木だ。
幹も太く上りやすいカンミの木は、学園に何本も植えられていた。
「お仲間ですね?」
隠れるように木の枝に腰掛けている男に、雪乃は小さく声を掛けた。
ちらりと落とされた視線には光がなく、無表情で何を考えているのか読み取ることさえできない。けれど雪乃はその顔を見て、目を瞠った。
「ノムルさん?」
草色のローブも、つば広帽子も被っていない。黒い服を着て肩ほどまでの髪を無造作に束ねていた。さらには無精ひげも生えていない。
冷たいものが、雪乃の首筋に触れる。
「何者だ?」
ひやりとした感触は銀色に光る刃のものか、それとも彼の感情を失った声が与える錯覚か。
樹上にいた男は一瞬にして雪乃の背後に立ち、彼女の白い首筋に刃物を添えていた。
「雪乃です。こんな姿ですが、樹人の雪乃です」
答えながら、雪乃の中に熱いものが込みあがってくる。ふるふると、握った拳が震えた。そして、
「娘の首筋に刃を当てるなんて、おとーさん失格です!」
振り向きざまに渾身の右ストレートを繰り出した。簡単にかわされてしまったが。
黒服ノムルは雪乃を冷めた目に映す。
「俺に子供なんかいない」
淡々とした声に、雪乃は怒りが増して顔が真っ赤に染まっていく。何割かは、渾身の右ストレートをかわされた恥ずかしさだろうが。
「なんですか? 魔王になってからのノムルさんはひどすぎます! たしかに私の態度も悪かったかもしれません。ずっと一緒にいるって約束したのに、近付きすぎたら嫌われるんじゃないかって怖くなって距離を置いてしまったり、成木になって眠ってしまったことは、申し訳なかったです。でも、だからって」
雪乃の目からぽろぽろと涙が溢れた。悔しさと、寂しさと、悲しさと、不甲斐なさと、罪悪感で、次々と涙が溢れてくる。
黒服ノムルは何の感情も浮かべずに、雪乃を見ている。
「そんなに樹人が好きなんですか? 人間は嫌いですか? ロリコンなんですか?!」
泣き叫ぶ雪乃の言葉に、ついに黒服ノムルの顔に変化が訪れた。とはいえ、ほんの少し眉が動いただけだが。
「誰と間違えているのか知らないけど、俺は樹人に惚れるような変態でもロリコンでもないぞ? どんだけ変態なんだ? そいつは」
表情はあまり動いていないが、声はとても困惑しながら不快そうだ。
「ノムルさんのことですよ。ノムル・クラウさん。『最強にして最凶の魔法使い』『動く災厄』『闇の道化師』の二つ名を持つ、変態魔王様です!」
苛立ちに任せて言い切った。隠れていたことなんてすっかり忘れている。とはいえ雪乃が気付いていないだけで、周囲にはノムルによって防音魔法が張られていたので、声が漏れることはないのだが。
「クラウ? 俺に家名なんてないぞ。それに二つ名も一つは知ってるけど、後は知らない。というより、二つ名どころじゃないだろ? 幾つあるんだ?」
言われて雪乃もぽてりと首を傾げる。確かに多すぎる。だが他にも気になることがあったので、二つ名への疑問は投げ捨てた。
「それにしてもノムルさん、学生に見えないのですけど」
と言ったところで、黒服ノムルの目が鋭くなった。すぐに気付いたユキノは、きりりと顔を引き締める。
「大丈夫ですよ、ノムルさん。気にしないでください。留年しちゃったんですね。そういうこともありますよ」
年齢から教師役も考えたのだが、今の反応を見るにこっちだろうと雪乃は判断した。
うんうん、と納得したように頷く雪乃を、ノムルは冷ややかな目で見る。
「はっ、貴族のお嬢様ってのは、頭の中がずいぶんとお花畑なんだな」
蔑むように鼻で笑ったノムルに、雪乃はむっと顔をしかめる。
「違いますよ。私の頭は薬草です! ……お花を咲かせることもありますが」
自慢げに胸を張る雪乃を、なんだか可哀そうなものを見てしまったように、ノムルは見ていた。
きょろきょろと辺りを見回した雪乃は、
「あちらですね」
と、きらーんと目を光らせてから駆け出した。駆け出すと同時に、こけた。
「大丈夫か?」
心配そうに見知らぬ少年が声を掛けてくる。
「だ、大丈夫です」
手を差し伸べられていることに気付かない雪乃は、自力で起き上がると足元を見つめる。
じいっと凝視してみるが、特に石が転がったいるわけでも、大きな凹凸があるわけでもない。平らな石畳が校門から校舎に向かって敷かれていて、こけるような要素はなかった。
視覚では平らに見えても何かがあるのかもしれないと、雪乃は手で地面を叩いてみる。ついでに撫でてもみる。
「何もありません。何もないところでこけるほど、私はドジっ子だったのでしょうか?」
ふむうっと考えているうちに、残り時間は三分を切っていた。
「こうしてはいられません! 急いで行かなければ!」
慌てて立ち上がると、先ほど声を掛けてくれたらしい男子生徒が突っ立っていた。
雪乃は改めてお礼を述べると再び駆け出そうとして、またこけた。
「何事でしょう? 罠ですか? それとも私は何かの病気になってしまったのでしょうか?」
ふむうっと考えるが、答えは出ない。まあ良いかと、雪乃は立ち上がる。先ほどの男子生徒が手を差し伸べていたのだが、雪乃は気付かない。
残りの時間は一分もない。走ればこけると学習した雪乃は、早歩きで進むことにした。
「そういえば、貴族の令嬢は走ってはいけないと学びましたね。なるほど、礼儀作法を無視するとペナルティが与えられるわけですね」
ゲームの仕様を理解した雪乃は、ちょっと誇らしげに鼻歌を歌いながら歩きだす。
後ろに残された金髪碧眼の男子生徒は呆然としながら去っていく雪乃の後ろ姿を眺めていたが、辺りをきょろきょろと見回すと、こほりとわざとらしい咳をしてどこかへ行った。
結局、雪乃は遅刻してしまった。
仕方ないので会場の出入り口が見える植え込みに隠れて、生徒達が出てくるのを待つことにした。家で鍛えた隠密スキルを使ってこっそり混じってしまえば、きっとばれることはないだろうと、雪乃は目論む。
それはそうと、と雪乃は視線を上に向けた。
視界に入った蜜柑に似た葉を持つ木には棘もなく、二階よりも高く育っている。ルモンではよく見かける、カンミの木だ。
幹も太く上りやすいカンミの木は、学園に何本も植えられていた。
「お仲間ですね?」
隠れるように木の枝に腰掛けている男に、雪乃は小さく声を掛けた。
ちらりと落とされた視線には光がなく、無表情で何を考えているのか読み取ることさえできない。けれど雪乃はその顔を見て、目を瞠った。
「ノムルさん?」
草色のローブも、つば広帽子も被っていない。黒い服を着て肩ほどまでの髪を無造作に束ねていた。さらには無精ひげも生えていない。
冷たいものが、雪乃の首筋に触れる。
「何者だ?」
ひやりとした感触は銀色に光る刃のものか、それとも彼の感情を失った声が与える錯覚か。
樹上にいた男は一瞬にして雪乃の背後に立ち、彼女の白い首筋に刃物を添えていた。
「雪乃です。こんな姿ですが、樹人の雪乃です」
答えながら、雪乃の中に熱いものが込みあがってくる。ふるふると、握った拳が震えた。そして、
「娘の首筋に刃を当てるなんて、おとーさん失格です!」
振り向きざまに渾身の右ストレートを繰り出した。簡単にかわされてしまったが。
黒服ノムルは雪乃を冷めた目に映す。
「俺に子供なんかいない」
淡々とした声に、雪乃は怒りが増して顔が真っ赤に染まっていく。何割かは、渾身の右ストレートをかわされた恥ずかしさだろうが。
「なんですか? 魔王になってからのノムルさんはひどすぎます! たしかに私の態度も悪かったかもしれません。ずっと一緒にいるって約束したのに、近付きすぎたら嫌われるんじゃないかって怖くなって距離を置いてしまったり、成木になって眠ってしまったことは、申し訳なかったです。でも、だからって」
雪乃の目からぽろぽろと涙が溢れた。悔しさと、寂しさと、悲しさと、不甲斐なさと、罪悪感で、次々と涙が溢れてくる。
黒服ノムルは何の感情も浮かべずに、雪乃を見ている。
「そんなに樹人が好きなんですか? 人間は嫌いですか? ロリコンなんですか?!」
泣き叫ぶ雪乃の言葉に、ついに黒服ノムルの顔に変化が訪れた。とはいえ、ほんの少し眉が動いただけだが。
「誰と間違えているのか知らないけど、俺は樹人に惚れるような変態でもロリコンでもないぞ? どんだけ変態なんだ? そいつは」
表情はあまり動いていないが、声はとても困惑しながら不快そうだ。
「ノムルさんのことですよ。ノムル・クラウさん。『最強にして最凶の魔法使い』『動く災厄』『闇の道化師』の二つ名を持つ、変態魔王様です!」
苛立ちに任せて言い切った。隠れていたことなんてすっかり忘れている。とはいえ雪乃が気付いていないだけで、周囲にはノムルによって防音魔法が張られていたので、声が漏れることはないのだが。
「クラウ? 俺に家名なんてないぞ。それに二つ名も一つは知ってるけど、後は知らない。というより、二つ名どころじゃないだろ? 幾つあるんだ?」
言われて雪乃もぽてりと首を傾げる。確かに多すぎる。だが他にも気になることがあったので、二つ名への疑問は投げ捨てた。
「それにしてもノムルさん、学生に見えないのですけど」
と言ったところで、黒服ノムルの目が鋭くなった。すぐに気付いたユキノは、きりりと顔を引き締める。
「大丈夫ですよ、ノムルさん。気にしないでください。留年しちゃったんですね。そういうこともありますよ」
年齢から教師役も考えたのだが、今の反応を見るにこっちだろうと雪乃は判断した。
うんうん、と納得したように頷く雪乃を、ノムルは冷ややかな目で見る。
「はっ、貴族のお嬢様ってのは、頭の中がずいぶんとお花畑なんだな」
蔑むように鼻で笑ったノムルに、雪乃はむっと顔をしかめる。
「違いますよ。私の頭は薬草です! ……お花を咲かせることもありますが」
自慢げに胸を張る雪乃を、なんだか可哀そうなものを見てしまったように、ノムルは見ていた。
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