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真相編
409.私が行きます
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「危険すぎる」
「分かっています。だから――私が行きます」
と、雪乃はカイたちに向かって、葉をきらめかせた。
男たちは息を飲む。
「駄目だ、雪乃。ムダイ殿に任せろ」
カイが止めようとするが、雪乃は幹を左右に振り、これを断った。そして幹をぐるりと回して、周囲を見回す。
すでに部屋を囲んでいた壁はなく、外との境界は消えている。しかし見える範囲はギルドの内外問わず、嵐に襲われていた。
「このままでは、世界が滅びてしまうかもしれません。これ以上、ノムルさん一人に背負わせるわけにはいきませんから」
無意識に暴走し、人々を消してしまったアラージの悲劇。ノムルはどれほど傷付き、苦しんだことだろう?
彼は雪乃が傍にいれば良いと言っていたが、それが真実だとは雪乃には思えなかった。
失う苦しみを知っているからこそ、ノムルは人を想う心を封印してしまった。そしてその全てを、雪乃に注ぎ込んでしまった。
「大丈夫です。ノムルさんが私に危害を加えるはずがありません」
フードを取った雪乃は、カイたちに向かって笑うように葉をきらめかす。そして向きを変えると、強い眼差しでノムルを見つめた。
「この世界を失いたくなんてありません。ノムルさんの暴走を、止めてみせます!」
決意に満ちた樹人の子供の声を聞いて、それ以上は止められなかった。
三人の男たちは言葉を発することなく雪乃を見つめ続ける。張り詰めた空気が、ふっと和らいだ。
「分かった。一緒に行こう」
「ああ」
「仕方ありません」
微笑を浮かべる男たちに、雪乃は慌てて振り返る。
「それは駄目です!」
止めようとする雪乃の頭を、カイが柔らかく叩いた。優しいほほ笑みを浮かべて雪乃を見つめるが、雪乃は幹を横に振り、受け入れない。
だからと言って、男たちも引き下がるわけにはいかない。表情を引き締めて口を開こうとしたが、先に雪乃の方が言葉を発した。
「大丈夫です。私はノムルさんを信じます。カイさん、ナルツさん、マグレーンさんも、ノムルさんを信じてください」
雪乃は笑う。そして、するりと水の膜から抜け出した。
外は思っていた以上の嵐だった。突風に雪乃の葉が数枚抜け落ち、踏ん張っていないと飛ばされそうだ。
「おや? 雪乃ちゃんも参戦ですか?」
気付いたムダイが眉を跳ねる。
「ヴィヴィさんの誘惑は解けていたんですね。ノムルさんを止めます。もしもの時は――」
「いいですよ。こうも相手にやる気がないと、さすがに面白くないですからね。引き受けましょう」
ムダイはちろりと舌なめずりする。
「お、お願いします」
風や水の刃で葉を落とされながら、雪乃はどん引いた。
そんな雪乃を、ムダイはひょいっと抱え上げる。
「突っ立っていたら、幹まで切り刻まれますよ?」
「かたじけないです」
雪乃の葉は、ほとんど落ち切っていた。枝も短くなっている。
「ノムルさんの所までお願いします」
「お安い御用です」
勇者雪乃は赤い戦闘狂の力を借りて、魔王ノムルの下へと向かった。
風や水の刃が容赦なく斬りつけ、雷や炎が襲う。それら全てをムダイが薙ぎ払い、雪乃をノムルの下へと届ける。
「ノムルさん! 今度は私が、おとーさんを助けますからね!」
雪乃はノムルに向かって、枝を伸ばす。
風の刃に傷付けられ、小枝が切り落とされた。樹人ゆえに痛みはあまりないが、それでもわずかに痛む。
障壁の中から様子を見ていた男たちの表情が歪む。
「やはり俺も雪乃の下へ行く」
カイは駆け出そうとしたが、その腕をナルツに掴まれた。怒気を顕わに睨みつけるが、ナルツは悲しげに眉尻を下げる。
「ユキノちゃんとノムルさんを信じよう」
そう言ったナルツも握り締めた拳に血をにじませ、必死に自分を押さえつけて成り行きを見届けようとしていた。自分の無力さに、憤りを抱えながら。
マグレーンは唇を噛みしめ下唇を赤く染めながらも、水の壁に魔力を込め続ける。
自分たちにできることは雪乃の邪魔をしないことだと、二人は理解していた。
ナルツとマグレーンの意志を感じ取ったカイは、奥歯を食いしばり気持ちを押さえ込んだ。鋭い狼の目はひたと小さな樹人を追いかける。
彼らの視線の先で、ムダイはノムルの正面へと回り込む。伸ばした小さな樹人の枝先が、魔王へと届いた。
「ノムルさんっ!」
その瞬間、ノムルの目が、愛する娘へと動く。
「――ユキ、ノ?」
開いた瞳孔はすぐに歪んで、泣きそうな笑顔を作って、たった一人の娘へと手を伸ばした。
「ノムルさん」
雪乃の表情も緩む。ムダイの胸を蹴ってノムルの下へと飛び込んだ。その体が、炎に飲まれた。
「――え?」
全員が、がく然とした声を漏らす。
ムダイに抱えられていた時にすでに燃え始めていた火が、火への耐性を持つムダイから離れたことで一気に燃え上がったのだ。
「ユキ、ノ?」
炎に包まれた樹人の子供を、ノムルは受け止める。
「ノムルさ、約束、守れなくてごめ、なさい。でも一人じゃありませんからね? ムダイさんも、カイさんも、ナルツさんも、マグレーンさんも、そばにいてくれますから。他にも、ローズマリナさんや、ドインさん、ナイオネルさん、たくさんの人が傍にいるんですよ? ちゃんと周りを見てください」
灰となって崩れていく枝を、雪乃は伸ばす。
「おとーさん、おとーさんにまた会えて、雪乃は幸せでした。ありがと、ござ、ま――」
短くなった枝がノムルの頬に触れた。
「ま、おうに、なり、ま、す」
最後の言葉で、雪乃はそれを引き受けた。
途切れ途切れに発せられた声に引き寄せられるように、黒い霧が魔王ノムルから小さな樹人の体へと流れ込む。
全ての霧――悪意をその身に移すと、樹人の子供は静かに視界を閉じた。
からり、と、彼女のポシェットに入っていたはずの聖剣が床を転がり、ノムルに当たる。
「ユキノちゃん?」
親ばか魔法使いの瞳孔が縮まり、戸惑いに満ちた声がこぼれ落ちた。全ての存在を傷付ける魔力の刃たちは消え、空は青く晴れ渡る。
「ねえ、ユキノちゃん? 起きてよ」
触れていた枝は、白い灰となって風に飛ばされていく。真っ黒になった幹だけの小さな樹人に、ノムルは訴えた。
「お願いだから、起きてよ」
何度も何度も叫ぶ彼の瞳からは、透明な雫がこぼれる。
「すぐに治すから、だから――」
けれど、小さな樹人が再び動き出すことはなかった。
「分かっています。だから――私が行きます」
と、雪乃はカイたちに向かって、葉をきらめかせた。
男たちは息を飲む。
「駄目だ、雪乃。ムダイ殿に任せろ」
カイが止めようとするが、雪乃は幹を左右に振り、これを断った。そして幹をぐるりと回して、周囲を見回す。
すでに部屋を囲んでいた壁はなく、外との境界は消えている。しかし見える範囲はギルドの内外問わず、嵐に襲われていた。
「このままでは、世界が滅びてしまうかもしれません。これ以上、ノムルさん一人に背負わせるわけにはいきませんから」
無意識に暴走し、人々を消してしまったアラージの悲劇。ノムルはどれほど傷付き、苦しんだことだろう?
彼は雪乃が傍にいれば良いと言っていたが、それが真実だとは雪乃には思えなかった。
失う苦しみを知っているからこそ、ノムルは人を想う心を封印してしまった。そしてその全てを、雪乃に注ぎ込んでしまった。
「大丈夫です。ノムルさんが私に危害を加えるはずがありません」
フードを取った雪乃は、カイたちに向かって笑うように葉をきらめかす。そして向きを変えると、強い眼差しでノムルを見つめた。
「この世界を失いたくなんてありません。ノムルさんの暴走を、止めてみせます!」
決意に満ちた樹人の子供の声を聞いて、それ以上は止められなかった。
三人の男たちは言葉を発することなく雪乃を見つめ続ける。張り詰めた空気が、ふっと和らいだ。
「分かった。一緒に行こう」
「ああ」
「仕方ありません」
微笑を浮かべる男たちに、雪乃は慌てて振り返る。
「それは駄目です!」
止めようとする雪乃の頭を、カイが柔らかく叩いた。優しいほほ笑みを浮かべて雪乃を見つめるが、雪乃は幹を横に振り、受け入れない。
だからと言って、男たちも引き下がるわけにはいかない。表情を引き締めて口を開こうとしたが、先に雪乃の方が言葉を発した。
「大丈夫です。私はノムルさんを信じます。カイさん、ナルツさん、マグレーンさんも、ノムルさんを信じてください」
雪乃は笑う。そして、するりと水の膜から抜け出した。
外は思っていた以上の嵐だった。突風に雪乃の葉が数枚抜け落ち、踏ん張っていないと飛ばされそうだ。
「おや? 雪乃ちゃんも参戦ですか?」
気付いたムダイが眉を跳ねる。
「ヴィヴィさんの誘惑は解けていたんですね。ノムルさんを止めます。もしもの時は――」
「いいですよ。こうも相手にやる気がないと、さすがに面白くないですからね。引き受けましょう」
ムダイはちろりと舌なめずりする。
「お、お願いします」
風や水の刃で葉を落とされながら、雪乃はどん引いた。
そんな雪乃を、ムダイはひょいっと抱え上げる。
「突っ立っていたら、幹まで切り刻まれますよ?」
「かたじけないです」
雪乃の葉は、ほとんど落ち切っていた。枝も短くなっている。
「ノムルさんの所までお願いします」
「お安い御用です」
勇者雪乃は赤い戦闘狂の力を借りて、魔王ノムルの下へと向かった。
風や水の刃が容赦なく斬りつけ、雷や炎が襲う。それら全てをムダイが薙ぎ払い、雪乃をノムルの下へと届ける。
「ノムルさん! 今度は私が、おとーさんを助けますからね!」
雪乃はノムルに向かって、枝を伸ばす。
風の刃に傷付けられ、小枝が切り落とされた。樹人ゆえに痛みはあまりないが、それでもわずかに痛む。
障壁の中から様子を見ていた男たちの表情が歪む。
「やはり俺も雪乃の下へ行く」
カイは駆け出そうとしたが、その腕をナルツに掴まれた。怒気を顕わに睨みつけるが、ナルツは悲しげに眉尻を下げる。
「ユキノちゃんとノムルさんを信じよう」
そう言ったナルツも握り締めた拳に血をにじませ、必死に自分を押さえつけて成り行きを見届けようとしていた。自分の無力さに、憤りを抱えながら。
マグレーンは唇を噛みしめ下唇を赤く染めながらも、水の壁に魔力を込め続ける。
自分たちにできることは雪乃の邪魔をしないことだと、二人は理解していた。
ナルツとマグレーンの意志を感じ取ったカイは、奥歯を食いしばり気持ちを押さえ込んだ。鋭い狼の目はひたと小さな樹人を追いかける。
彼らの視線の先で、ムダイはノムルの正面へと回り込む。伸ばした小さな樹人の枝先が、魔王へと届いた。
「ノムルさんっ!」
その瞬間、ノムルの目が、愛する娘へと動く。
「――ユキ、ノ?」
開いた瞳孔はすぐに歪んで、泣きそうな笑顔を作って、たった一人の娘へと手を伸ばした。
「ノムルさん」
雪乃の表情も緩む。ムダイの胸を蹴ってノムルの下へと飛び込んだ。その体が、炎に飲まれた。
「――え?」
全員が、がく然とした声を漏らす。
ムダイに抱えられていた時にすでに燃え始めていた火が、火への耐性を持つムダイから離れたことで一気に燃え上がったのだ。
「ユキ、ノ?」
炎に包まれた樹人の子供を、ノムルは受け止める。
「ノムルさ、約束、守れなくてごめ、なさい。でも一人じゃありませんからね? ムダイさんも、カイさんも、ナルツさんも、マグレーンさんも、そばにいてくれますから。他にも、ローズマリナさんや、ドインさん、ナイオネルさん、たくさんの人が傍にいるんですよ? ちゃんと周りを見てください」
灰となって崩れていく枝を、雪乃は伸ばす。
「おとーさん、おとーさんにまた会えて、雪乃は幸せでした。ありがと、ござ、ま――」
短くなった枝がノムルの頬に触れた。
「ま、おうに、なり、ま、す」
最後の言葉で、雪乃はそれを引き受けた。
途切れ途切れに発せられた声に引き寄せられるように、黒い霧が魔王ノムルから小さな樹人の体へと流れ込む。
全ての霧――悪意をその身に移すと、樹人の子供は静かに視界を閉じた。
からり、と、彼女のポシェットに入っていたはずの聖剣が床を転がり、ノムルに当たる。
「ユキノちゃん?」
親ばか魔法使いの瞳孔が縮まり、戸惑いに満ちた声がこぼれ落ちた。全ての存在を傷付ける魔力の刃たちは消え、空は青く晴れ渡る。
「ねえ、ユキノちゃん? 起きてよ」
触れていた枝は、白い灰となって風に飛ばされていく。真っ黒になった幹だけの小さな樹人に、ノムルは訴えた。
「お願いだから、起きてよ」
何度も何度も叫ぶ彼の瞳からは、透明な雫がこぼれる。
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